29、ディアベルゼシャツ
「おい……そんな格好で何をしているんだ!?」
「ギデオン!」
そんな格好……と言われギデオンにディアベルゼ様と引き剥がされたが……。
はて? リミッターは解除したし、いったい何のことかしら?
「殿下……いくら何でもこれはあんまりではありませんか? 婚約もしていないこんな薄着の娘の部屋に押し入るなどと!?」
そう、真剣な目でディアベルゼ様を睨みつけるギデオン。
え、違う……それは誤解よ!?
「ち、違うわ! 殿下は押し入ってなんかない! これは……ディアベルゼ様が一日着ていたシャツをそのまま着ているだけで……!?」
その時。周囲がどよめいた。
ん? と思い顔を上げれば、いつの間に集まっていたのか、兄弟あんどエメライン義姉上が大集合している。
「え、え……は?」
「つまり……一線を越えたってこと?」
え?
「え、一線って何? ……一線って!?」
「一線の意味なんて一つしかないだろ……ヴァージル」
あれ……何か、ちょっと大ごとになってない??
「いやだってさ……男の着用済みの服を肌着にする意味なんて、他には……なあ?」
「いやゴメン……マジ腹たってきたんだけど……?」
え、え、待って待って……誤解が誤解を生んで大火事を起こしてない?!
「………………」
というか殿下も何かおっしゃって〜!?
だが、しかしそこに救世主が現れる。
「お待ち下さいませ!」
それは私の頼れる侍女ルパーシア!
「誤解です。お嬢様は清らかで、殿下は紳士的な御方にございます!」
ルパーシア。なんて頼もしいの!? (じーん)
「では何故お嬢様がディアベルゼ殿下の生シャツを所持しているのか……? そうお思いですよね。ですが……それはお嬢様が初デートの際、殿下からの贈り物に殿下の所有物を欲したからにほかなりません!」
ん? でも、ルパーシア……ちょ〜と微に入り細を穿つ位、あまりに詳しく話し過ぎなような〜……(汗)?
「殿下はその際……喜んでご自分の宝石のついたタイピンを差し出そうとされました。ですが、お嬢様はそこでおっしゃいました……『否』と!」
よし。彼女を止めよう!
「え、あ、もういいわ、ルパーシア……それくら」
「『そんなのじゃなく……殿下の一日の汗と匂いが染み込んだそのシャツを我に賜らん!!』と」
え、ええ、ちょいっ!?
「そうしてゲットしたシャツをお嬢様は大事に箱に収め……毎日、朝起きては手を合わせ、スンスンと嗅ぎ、スリスリスリスリと頬ずりしているだけなのですよ!?」
ぎゃあああああああーーーーーーっ!?
「いいや、何を聞かされてるの僕ら!?」
ヴァージルの一言を契機に、先程とは違う戸惑ったどよめきが、どよどよと巻き起こる。
「……特殊性癖の話か?」
「すげー変態じゃん」
「むしろ、なら一線を越えろよ……?」
私の隠れた痴態っぷりに、兄弟の感想がさっきと真逆になっているよ!?
「で、殿下……その習慣についてはですね、ち、違くないけど、あのその……!?」
「…………っ」
ガーーーン。
ヒグマでも引かなかった殿下がプイッと顔を背けてる!?
「で……ででで……で、殿下……私が変態で……お嫌いになりましたか」
「いや……ゴメン。そうじゃなくって……オフィーリア、頼むから何かを羽織ってくれ! さ、さすがに目のやり場に困ってしまう……」
そう耳まで赤くなる殿下。
え、何の話?
あ、もしかして、シャツのこと??
それがあまりに身体の線を出しすぎ――。
「ああ確かに……乳首が少し透けてるぞぉ、オフィーリア〜!」
デリカシー・ゼロのレスターに、思わず扉の前に飾られる花瓶を顔面クリーンヒットで秒で投げつける。
そんな私にギデオンが無言で自分の上着を私の肩にかけてくれた。
「うう……殿下、お目汚しを……」
「いや、汚してなんか! ……むしろ“嬉し困った“と言うべきか何というか」
そう、いまだ私から盛大に視線を逸らし、戸惑っている殿下。
うう……この数分で私はいったいいくつの生き恥を晒すのかしら? 恥ずか死ぬ……。
「あと、ギデオン様……先ほどの続きですが殿下は誠実な方でらっしゃいますよ。お嬢様のリミッター姿も可愛いとおっしゃいました」
「……そうなのですか?」
そこでギデオンの剣呑とした空気が和らいだ。
それに殿下も胸に手をやりギデオンを真っすぐに視線を合わせて宣言した。
「はい!」
「ヒグマの……どんな恐ろしい姿を見ても?」
「はい、例え彼女が本物のヒグマのように僕を食べることがあっても……僕は喜んで受け入れます!」
ディ……ディアベルゼ様!
私は嬉しくなり思わずギデオンをにっこりと見上げた。
だけど……あれ?
ギデオンは確かに笑っていたわ。だけど――。
「…………っ」
次の瞬間、ギデオンは扉の隣の壁を穴が空かんばかりに打ち付け……実際かべの中身の柱や土が“こんにちは“させた。
「「「………………!」」」
「…………」
兄弟たちも私も唖然としてギデオンを凝視する。
え? い、いったい何がいけなかったの、今……?
しかし、それに対してグエン一人が真っ青な顔で急ぎ殿下の横まで来て、何かを即座に耳打ちし、それを聞いた殿下が驚いて弾かれたように再度ギデオンを見た。
「そんな……ギデオン殿。まさか、その背中は――!」
「殿下……お言葉には、重みがございます。どうか今後はよくよく噛み締めてから、発せられますように……」
そういって、ひんやりとした空気をまとってギデオンは笑顔のまま皆に軽く手を振り行ってしまう。
ただ、そこに残された私は……。
(…………背中?)
新たに浮上したその謎に、脳内が埋まりはじめていた。




