27、昔話④ お菓子の家
《今一度モンディスカ家一覧》
※オフィーリア十二歳時点
父 オノレ辺境伯
母 カタリナ辺境伯夫人
長兄 ブラッドフォード次期辺境伯……(無呼吸・不眠・不排泄のリミッター) 二十三歳
長兄妻 エメライン次期辺境伯夫人……(迷路のロード) 二十歳(※学年であればギデオンと同級生)
――(一部省略)――
末っ子長女 オフィーリア(主人公)……(ヒグマのリミッター) 十二歳
「オフィーリア……なんか肥えた?」
十二歳の当時の私は人攫いに遭い、危機一髪のところで自分のリミッターが暴走。
……敵はみごとに全滅したがその後の記憶を私は手放していた。
だからどうやって帰ったのかはすっかり覚えてない!
……だけど、どうやら次兄のギデオンに助け出してくれたみたい。
ただ家に帰って以来、私は人の血肉の味を異常なほど欲しがるようになっていた……。
実の兄や義姉がこれ以上ないほどのご馳走に見える。
それに危機感を覚えた私は急にすごく怖くなって「檻に入れて」とパニックを起こした。
そうして……それから暫くは長兄ブラッドフォード以外の兄たちとは離れて生活していたのだけど……?
そんなふうにして、久々の再会を果たした双子その二の兄ジェフリーからもらい受けた開口一番が、それだった。
「え……?」
そ、そんな……確かに顔の輪郭は丸みを帯び、顔自体ちょっぴり大きくなった気がするわ。それは認める!
あと……ウエストは何故か苦しく、以前と同じ運動に息切れを起こしたりするけど……まさか……そんな、そんなはず無い!?
「いや、現実を見ろよ」
だとしたら……あれかな〜?
もうそろそろ冬眠の季節に突入するから、身体が省エネ蓄えモードのなのかもしれない!?
「それなら去年はどうだったの?」
……もう。
過去を美化して懐かしむなんてナンセンスの極みというものよ?
そもそもリトル・レディーにそんなこと言うだなんて……デリカシーをお母様のお腹に置いてきたんじゃないかしら!?
「ふ〜ん……レディーというなら、まず両手に持つ、どデカいドーナツを皿に置いてから、人とは話すべきじゃない……?」
「え、あ、あれ〜? いつの間に〜!?」
ミ、ミステリー……!
時空が歪んだのかもしれないわ?
「……オフィーリア……?」
その時。
七番目の一番歳の近い兄ヴァージルが現れた。
「オフィーリアじゃないか!! そうか、ようやく元気になっ……って、めっちゃデブってる?!?」
私を見つけた瞬間。嬉しそうに駆け寄ってきたヴァージルが、私の姿を直視するなり驚愕と共にそう叫ぶ。
「ヴァージル……しばらく合わないうちに、メガネの度がだいぶ合わなくなってきたんだね?」
ヴァージルは研究のしすぎだぞ☆
「んなわけあるかッ!?」
だが、ヴァージルは私の考えを全面的に否定しツッコんだ。
い、いやいや……違うもん!
オフィーリアがデブなわけ無いよ!?
そりゃあ、ちょっぴり浮腫んでるかもしれないけど……!
「そうだ。オフィーリアは太ってなんかいない。……お前たち妹に失礼だぞ!」
「――ギデオン!」
え、どうしたの? ギデオンが珍しくカッコいい!
やれば出来るんだね、ギデオン!?
…………て、おい待て。
「何で……人のほっぺらをむいむいするほ? (訳て:人のほっぺたをムニムニするの?)」
「ハッ……あ、あんまりにもムッチムチもっちもちだったもんだから……ついっ――!」
遠回しに太いって言ってるじゃん!?
……前言撤回! ギデオンはやっぱりキショ兄枠だ!! バーカ!
「なんでなんで……? だって私は一般人の十倍は動いてるはずなのに!」
そうよ、離れている間もブラッドフォードに毎日、稽古してもらってたんだよ!?
「あのね、オフィーリア……両手のどデカドーナツがすでに消えてるよ?」
え?
「あと、そのホイップクリームがタワーになった飲み物はなに?」
……芸術的だね!
「それとそのペロペロキャンディーもどこから出したの?」
ふ、不思議、ミステリー……ペロペロ。
「どうだ。……もうオフィーリアの精神状態や病状もだいぶ落ち着いただろう?」
そして、そこに長兄ブラッドフォードが現れた。
ブラッドフォードはそのまま私の肩に手を置いて私に尋ねる。
「オフィーリア……今もギデオンやジェフリーやヴァージルが美味しそうに見えるかい?」
「え……?」
そう言えば、兄たちを見てもとくにランチに見えることもなく普通だわ。それよりも……。
「……見えない。むしろもう秋も深まるのに、そんなに肌を出して、少し馬鹿なんじゃないかなと思ってる……」
「一言余計だな?!」
だってジェフリーお腹出してるんだもん……。
「肌を出させたのは私の指示だ。よし……オフィーリアはもう、大丈夫そうだな」
う〜ん、というか……。
「……それにもう、お肉もあまり好きじゃない」
「え?」
「オフィーリア……雉とか鴨とか家鴨の肉が大好物だったろう?」
「そうだけど……」
今はむしろ肉汁とか見るとちょっと気持ち悪いというか……? あんまり自分から進んでは食べないかな?
だけど、そんな私の何気ない話を聞いた兄たちが難しい顔をして、とくにヴァージルが詰め寄るようにブラッドに聞いた。
「ブラッドフォード……精神干渉系は禁じ手なんじゃないの?」
「『それは時と場合による』。……と、法律にもあるよ」
「時と場合って……!」
……そんなに深刻なことなの?
思わずブラッドフォードとヴァージルを交互に見上げた。
「ギデオンはオフィーリアを救出したから知ってるが……この子はリミッター暴走をしていた。それがどんなに深刻なことか……ヴァージルも知っているな?」
「…………!?」
「そのまま正気に戻らないリミッターは山ほどいる。また……リミッター暴走を一度経験した者は、再度の暴走を起こしやすい。……挙句のはてに、二度目のリミッター暴走時の死亡率は七十五パーセントを超えるんだ!」
「…………っ」
「おまけに、オフィーリアはまだ未成熟な十二歳で……完全にリミッターに自我を食われかけていた」
「そんな……オフィーリアは攫われた時に、本当は何があったの? 詳しく教えてよ!」
ヴァージルが当然の疑問としてそうブラッドフォードに聞く。
だけど、私もそれに関してはハッキリと覚えていたはずなのに……今は何故かその部分に変なもやが掛かっていてちっとも思い出せない。
でも、それをとくに思い出さなきゃって思うほどの興味もわかないかなぁ?
「それは……」
ブラッドフォードがヴァージルの質問に珍しく言い淀む。
けれど……そもそも私は言うほど大変な治療なんか受けていたのかしら?
だってヴァージルたちと離れていた数ヶ月、お兄ちゃんたちには悪いくらい、本当にいい思いばかりしていたんだよ?
何しろそこには、お菓子の家が待っていたんだから――!
◇◇
(兄弟を食べようとしたんだもん。私はきっと地下牢に入れられるわ……)
モンディスカ城の城の地下牢は今も捕虜を入れるのに使われる。
簡素なベッドにマットレスとブランケット。
トイレや洗面台やテーブルや椅子。
これからはあそこで暮らすのかな……?
だけどブラッドフォードやエメライン義姉上は、地下ではなく階段を上に上る。
それは地下牢でも個室でもなく、軽いダンスパーティーに使われる小ホールの扉。
「オフィーリア……開けてごらん」
ブラッドフォードに言われて、不思議に思いながら開けるとそこには……。
「……わあ!」
現れたのはお菓子の国。
マカロンやミニシューで出来た三角錐の塔や、大皿に乗った色とりどりのお菓子やケーキ。
何より圧巻なのは、もっとちっちゃい頃によくおままごとで遊んでいたミニハウスによく似た家が、クッキー、ビスケット、チョコや飴やケーキで、屋根や壁や窓や扉が作られている……本物のお菓子の家がそこにあった。
「…………」
一度扉を静かに閉じる。
「あれ、オフィーリア?」
すーはー、すーはーと、とにかく深呼吸よ。
「今……夢、幻が見えたわ。私、錯乱しているみたい」
危なかった……うっかり現実かと思っちゃった。
えへへ、でも、そんなわけないよ?
だって、普段はあんなにお菓子を禁じられているんだから。
「オフィーリア。現実ですよ? ……実はあなたが救出されてからすぐに準備をはじめていたんです!」
エメライン義姉上がそう目をより細めてニッコリと微笑む。
「う、嘘っ!」
「嘘じゃありませんよ?」
じゃあ一緒に入りましょうか? とエメライン義姉上とブラッドフォードに両手を引かれ中に入った。
よく見ると、中にはお父様やお母様……城代や家宰までいる。
「何で皆いるの? お仕事は??」
だって普段はみんなすごく忙しくて、お父様やお母様は夕食は何とか一緒に食べれても……それ以外は会えないことも多いのだ。
城代や家宰だって、いつ座っているのか不思議なくらい毎日忙しそうにしているし……。
そんなメンバーが揃っているのがますます現実的じゃない気がした。
「お嬢様……嘘だと思うならまずはこのクッキーで出来たレンガを味わってからでも遅くはありませんよ?」
城代ガスパールにそう言われ、私はとことことガスパールに近付く。
ガスパールが大きなクッキーが剥がれないよう押さえながら端っこをポキリと折り、それをミルクに浸しながら食べるのを見て、私も同じく折ってみる。
それをガスパールのミルクを拝借して浸してから口に含むと、バターの香りと中に挟んだチョコクリームが何とも言えず……私は思わず目を瞑った。
「ガスパール……これは本物です!」
そう言うとガスパールも髭を撫でながらニコニコと頷く。
「お嬢様。こちらのジャムサンドもいかが?」
そう差し出してきたのは家宰のレミ。
背が高く肩まで髪を伸ばしていて物腰が柔らかく、一見すると中年のカッコいい女の人みたいだが、レミはれっきとした男性だ。
そんなレミに言われてジャムサンド……という名のケーキをもらい食べた。……お、美味しい!
「今日は祝祭日でも結婚式でも無いのに……いいのかしら?」
さらば現実。
夢ならどうか覚めるな。
「オフィーリア。母の膝の上にいらっしゃい?」
さらにそう言われて、えっ!? となる。
お母様の膝の上に座るなんて……それこそ五歳以来とかじゃないかしら!!
本当にしてよいものかとモジモジしていると、ブラッドフォードとエメライン義姉上に背中を押された。
「……いってらっしゃい!」
私はそう言われ、一度二人を振り返ってから唇をかんでから母の元へとダッシュで走り出す。
「お母様!!」
母の胸に飛び込めば、母は力強く私を抱き締めた。
「ああ……オフィーリア」
いつもならお母様に抱きつくにしても……兄弟八人で平等にその時間は分けられる。
きっとお兄ちゃんたちはそれが三分の一や、四分の一や、七分の一だった時代もあったのに……こういう時は末っ子は不公平だと思ったものだ。
けれど、今は他にいる兄弟はブラッドフォードだけで……私は母をひとり占めできた。
「お母様、お母様、お母様、お母様……っ!」
別に普段から愛情不足だなんて思ってない。
兄弟はしつこいくらい構ってくるし、乳母はいつでも私をいっぱいに抱きしめてくれる。
だけど……それでも、母の腕の中はいつでも格別に柔らかく良い香りがした。
ああ、ずっとここにいられたら、それはどんなに素晴らしいことだろう?
「オフィーリア……暫くは母と一緒に夜は寝ましょうね」
「ほ、ほほ、本当ですか!?」
ウソウソ、これはやっぱり夢? 天国!?
「お、お母様と二人!? わ、私がひとり占めにしても良いということぉ??」
「ええ、そうですよ……」
「…………」
どうしよう。
嬉しすぎて泣いてしまいそう。
そんなの一生叶わないと思っていたのに!
「嬉しいです。……お母様……!」
母に膝抱っこされ、しがみつくように抱きつくと、母はよしよしと優しく私の頭をなでた。
「ええ、そう……あなたは甘えて良いのです。まだ……あなたは小さな女の子なのですから」
何故か母の声は鼻がかっていて、気のせいか泣いている気がした。
「ごめんね。オフィーリア……あなたには今後、ロードによる精神干渉をしようと思っています」
「セイシン……カンショウ?」
「あなたはお兄様たちを食べるかもしれないと、恐れているのでしょう? オフィーリア……」
そう母に言われ私はびっくりして、ぴゃっと母から身体を離した。
「ああ、責めているわけではなくって……そうなるのも当然と言いたかったのよ」
「……当然?」
お兄ちゃんたちを食べたいことが!?
「そうよ。あなたがなったのは“リミッター暴走”。……あなた自身を守ろうとリミッター本体が過剰反応を起こし……異能が前に出過ぎて、主人であるあなた自身の肉体と精神を食い尽くそうとしてしまったの」
「???」
え、何だそれ……リミッターは私の番犬か何かなの?
というか、私とリミッターは全く同じものなんじゃないの??
「だけど本来リミッターは貴方に絶対的な忠誠を誓う従順な存在で、本当なら一生そんなことはあり得ないわ」
「???」
お母様のおっしゃることの半分も理解ができずに私は首を傾げる。
「そして……オフィーリアのリミッターにそうさせたのは守りきれ無かった私たち……大人の責任です」
守れなかった……。
「守りきれなかったことは……それなら、もう平気です。だって私はこの通り元気だから!」
それに私は今回、学んだ。
人にどんなに守られようと守られまいと、最後は自分自身でどうにかしなきゃいけないんだってことを。
いつも、いつでもラッキー、ベストタイミングだなんて、そんなことはあり得ない。
「…………そんなことを、言わせてしまうなんてね」
母は何かポソリと言ってから、さらにぎゅっと私を抱き締めた。
「……あなたは優しいからそう考えるのです。でも、もっと大きくなれば……何をされそうになったのか……その真の重大な意味をあなたは知ることになる」
「…………」
「それは耐え難い、あなたの一生の心の傷になりかねないものなの!」
それって、やっぱり時に殺されるよりひどいことなのかな?
「なら、お母様……聞いてもよろしいですか……“はらみぶくろ”って何?」
「―――!?」
私には分からなかったけど、お母様ならきっとその真の意味が分かるはず。
しかし、お母様は固まってしまって、暫く動けなくなってるみたいだった。
「そう……言われたの!?」
「……モンディスカは多産で全員リミッターだから、私は金の卵を産むニワトリで……たくさん生むなら若ければ若い方がいいって」
「ハハハっ…………ど外道が…………っ!」
母の身体が熱い。
全身が燃えるように怒っている。
「残念ね。……生きていたら、全員の男性の分身を削ぎ落とし……本人の口に咥えさせて見世物にしてやったのに……もう、死んでいるだなんて?」
「か、カタリナ……」
あまりのお母様の激しさにお父様がたじろいでる。
「子供を一人も死ぬ気で産んだことも無いくせに、痴れ者共の恥知らずが……」
「お、奥様……」
いつも冷静なレミすら今のお母様の様子に怯えている。
……やっぱり、モンディスカの女の人は普通より怖いのかな?
「……子供がリミッターだから死ぬ気で産んだとでも思っているの? リミッターふつう関係なく……ただ会いたかったから産んだだけだわ! ――我が子に!!」
「…………」
けれど私は……。
何故かわからないけど……お母様が怒れば怒るほどなんだか嬉しかった。
「……ふぅ……ふぅ……ごめんなさい。オフィーリア……お母様ったら興奮してしまったわ」
「いいのよ!」
「ん、んん、……おほん。では今後について詳しくお茶をしながらお話しましょうか?」
「はい!」
そうして私は母と手を繋いでその場を立ち上がり、歩き出したのだった。
《新しい登場人物》
ガスパール……モンディスカ家の城代。城主《※辺境伯》が不在の際に、その代わりとして城の管理や周辺の警備、政務を行う役職。
剥げていていかついヒゲだが、意外とチャーミングな性格で甘い物にも目がない。
レミ……モンディスカ家の家宰。
家長に代わって一家や一門の事務や財政などの家政全般を取りしきる人物。
ただ財務に関しては主人に事細かに確認してもらっているもよう。長髪長身で物腰柔らか。中年女性にもみえる風貌。
※そろそろ皆がディアベルゼを忘れていないか心配です。




