24、【閑話】間に合わなかったヒーロー ※三人称視点
《今一度モンディスカ家一覧》
父 オノレ辺境伯
母 カタリナ辺境伯夫人
長兄 ブラッドフォード次期辺境伯……(無呼吸・不眠・不排泄のリミッター)
長兄妻 エメライン次期辺境伯夫人……(迷路のロード)
次男 ギデオン(炎のリミッター)
三男 グエン(気化・液体化のリミッター)
四男 ジャレッド(双子1)……(高速ジャンピングボールのリミッター)
五男 ジェフリー(双子2)……(ジャレッドと同上)
六男 レスター……(フェロモン人間のリミッター)
七男 ヴァージル……(未来脳・完全記憶のリミッター)
末っ子長女 オフィーリア(主人公)……(ヒグマのリミッター)
「檻に入れて!」とパニックになった十二歳のオフィーリアをなだめ……ブラッドフォード長兄夫妻やオフィーリアの乳母や侍女にオフィーリアは辺境伯の元へと連れて行かれた。
残されたのは当時、近々二十一歳になる次兄ギデオンと三男で十八歳のグエン。
双子もオフィーリアについて行った。
が、途中で揉めていたので果たして最後までついて行けたかどうかは分からない……。
そんな様子を終始、見届け……やがて二人きりになった時にグエンがポツリと話しだした。
「……というか、起きていていいのかギデオン? 顔が赤いし……まだ熱があるだろう?」
「はは、俺が熱が高いのは元からだぞ。グエン」
「そうじゃなくって……背中の傷と火傷。数ヶ月は安静にしないといけないものだろう?」
「俺は鍛え方が違うんだよ」
そう。ギデオンの背中の肉は今現在、大きく抉れていた。
……いいや、違う。正確には食いちぎられている。
「“リミッター暴走”したリミッターの能力は通常時の十倍から百倍だ……ギデオン。生き残ってるのが、不思議なくらいだよ」
「そりゃあ……俺はオフィーリアのヒーローですから?」
そう言ってギデオンは白い歯を見せ笑ったが、やがて口を真一文字にしてから、目からは光が消えて真顔になった。
「……間に合わなかったヒーローだけどな」
◇◇
オフィーリアが攫われたその日。
モンディスカ家はすぐに動いている。
ところが最初、オフィーリアが攫われて連れて行かれたのが、交易盛んな港だと踏んで動いたのが運の尽きだった。
……というが誰が地下深く掘られたアジトに連れ去られたなどと予想できただろう?
オフィーリアが攫われた時、痕跡らしい痕跡は残されていなかったのだからそれも無理はない。
馬車の跡すら相手の異能で土で綺麗にならされ、分からなくなっていたのだから……。
「私たちのせいです!」
「私たちが付いていれば!?」
そうオフィーリアの乳母も侍女も絶望したが、このことは絶対の守りを誇る辺境伯家の城の敷地内で起こったことで……誰もが油断していた。
「いいや、違う。我が城内を過信していた……全ては私の責任だ!!」
モンディスカ家当主、現辺境伯オノレが重苦しい様子でそう言う。
オフィーリアがいなくなり、日がたつにつれ城内の空気は沈鬱なものになっていった。
そこに――。
「出来た! ……探索機が出来たよ!?」
モンディスカの頭脳。
七男ヴァージルがそう言ってオノレたちのいる部屋に飛び込む。
メガネの奥には濃いクマができ、何日も徹夜でオフィーリア探索用のマシンを彼は急ぎ作りあげていた。
「これで、城内にもともとなかった異物を検出できるし、消えた馬車の跡も発見できるよ! それに、オフィーリアの血液から髪の毛……基礎的な情報も入れたから、……オフィーリアの居場所を正確に指し示すはずだ!」
その希望の光にオノレをはじめとする……部屋に集まっていた妻カタリナや兄弟たち。近しい侍従が沸きに沸いた。
「でかしたぞヴァージル!?」
「さすが大天才!!」
だが時にはすでに何日も……一週間近くも経っている。
「じゃあ俺達が出てくるよ。構わないだろ父上!?」
ギデオンが先頭に立って言うとオノレは頷いた。
「ああ……オフィーリアを連れ帰ってきてくれ!」
「もちろんだ!」
しかし、その心はいまだ全員が不安に覆われている。
(どうか……どうかお願いだ。無事でいてくれ!)
ギデオンの心臓はすでに不穏な予感に早鐘を打っていた。
敵のアジトを見つけ、入り口の門番を脅し扉を開けさせてから息の根を止め、兄弟やモンディスカの兵士が一気に雪崩込む。
こうなればモンディスカの敵になる者はまずいない。
ギデオンは先頭を爆走し、敵を切り捨てながらヴァージルの探索機が指す方へと一直線に駆け抜けた。
そしてついに――。
「どけッ!!」
厳重に守られた通路の前に立つ者の顔を自分の炎で黒く焦がし、喉から肺を火に焼いて、そいつらが持つ鍵を奪い取る。
その奥の扉の先に自分の最愛の妹のオフィーリアが待っているのだ。
そして扉の錠を開け開いたそこにいたのは……。
「―――!」
まず飛び込んだのは一面の赤い景色。赤の世界。
その真ん中にはひしゃげた鋼鉄製の檻と横たわる中身を披露された、一部バラバラになった数人の男たち。
その真ん中に泥の中に咲く白い花の様に、十二歳のオフィーリアがうずくまり童謡を口ずさんでいる。
「……オフィーリア!」
呼ばれて振り向いたオフィーリアは痩せて虚ろな目をしていて、上半身の服が破かれ……はだけて白い肌が丸出しになっていた。
それを目にした瞬間、ギデオンの全身の血の気が引き潮のように一気に引いた。
「な……あ……はっ!?」
悲痛な妹の姿に息が上手くできない。
(間に、合わ……な……かった!?)
力が抜けて思わずびしゃんと血溜まりに膝をついた。
顔を手でぐちゃぐちゃに覆い、腹の奥から声の死んだ絶叫の咆哮を上げる。
(オフィーリアが……? オフィーリアが……?? オフィーリアが……! オ……オフィーリアが……!? オフィーリアがーーーッ!!)
頭の中が、後悔と絶望と自分への怒りでぐるぐると目まぐるしく回った。
だが。
(……いいや……しっかりしろ、ギデオン。今はまず……オフィーリアをここから連れ出すんだ……!)
歯を食いしばり顔を上げる。
しかし、先ほどまでうずくまっていたオフィーリアの姿が今は見えない。
「!! オフィーリア……!?」
果たしてあの子はどこに行ったのか?
だが、その時だ。
耳元で唸る様に喉を鳴らす音と、生臭く質量の重い息がギデオンの首筋と耳をぬるりとなぞった。
「グルルルルゥッ……」
「!?」
思わず振り返るとそこには、赤く血走った白目と金に光る眼光。
剥き出しの牙に唾液を纏わせ、全身の毛を立たせた一頭の羆がギデオンの背中のすぐ後ろに立っていた。
そして次の瞬間、気付けば壁を破壊する威力でギデオンが殴り飛ばされてクレーターができている。
「かっは……ッ」
あまりの衝撃は筋肉の奥……骨までガタガタと鳴り響き、口からは血の混じった息が飛沫状になって吐き出され、床にボタボタと散った。
さらに、つるはしにも似たヒグマの鉤爪がギデオンの脇腹を大きく引っ掻いて殴られたため、服が破け大きな最初の傷痕をからだに残す。
ヒグマ……オフィーリアがさら次の攻撃を加えるために近付こうとして、ギデオンはとっさに威嚇の炎の壁を作ると――予想通り野生の獣であるオフィーリアが一歩、火を恐れをなし後退った。
これで一瞬、ギデオンが考えるための時間稼ぎができる。
(いくら……羆姿になったからといって、この威力は何だ? ……もしや、これはリミッター暴走!?)
オフィーリアのリミッター発動時は、オフィーリアの実際の成長・発育に比例するかのように、ヒグマもそれに合わせた月齢の姿をしていた。
だから十二歳の思春期であるオフィーリアに対し、ヒグマは独り立ちをはじめた一から三歳といった姿。
……つまり、子熊ではないが……成獣には遠く及んでいない。
それだというのに今の姿から生み出された力は、恐らくオスの成獣すらも軽く凌駕していた。
このクレーターもしかり。
このひしゃげた檻についても……ヒグマは確かに鉄格子をも破壊する力を有するが、それは細い鉄格子の話で……彼女が入れられていた檻は最も頑強な形のものだったのが柱の分厚さから伺える。
となれば、その力……リミッター暴走以外には考えられない!
その事実にますますギデオンの肝と頭の奥がキンと冷えた。
(“リミッター”は命を生贄にした異能……それが暴走し、無理やり力を引き出されたその先の答えは――!)
過去に何度かリミッター暴走した個体とギデオンは戦ったことがある。
また、その結末はどれほど凄惨なものばかりだったかも記憶に新しい。
一番衝撃的だったのは……二回目のリミッター暴走に至った敵が、全内臓と目玉が破裂してそのまま息を引き取ったことだ。
(早く……早くオフィーリアを止めなければ!?)
自身の命の危機と妹のリミッター暴走。
究極の絶体絶命の最中。
ギデオンの孤独な戦いがその時はじまった。




