23、昔話③ 血の渇望
《今一度モンディスカ家一覧》
父 オノレ辺境伯
母 カタリナ辺境伯夫人
長兄 ブラッドフォード次期辺境伯
長兄妻 エメライン次期辺境伯夫人
次男 ギデオン
三男 グエン
四男 ジャレッド(双子1)
五男 ジェフリー(双子2)
六男 レスター
七男 ヴァージル
末っ子長女 オフィーリア(主人公)
強くなる――そう決意した私だが、朦朧とした意識の中で聞いた女医の先生の言葉がいかなる意味を持つのかを……十二歳の私は、後に痛いほどその意味を知ることとなった。
(ごくり……)
喉が勝手に鳴る。
兄の筋肉で膨らんだ腕や、生き生きとした血管が浮く様を目にすると、勝手に口中に涎があふれた。
思い出すのはあの時の血の味。
他の動物とは違う肉の匂い。
脂が甘くてジューシーで、先ほどまで脈打っていた生物は新鮮そのもの。
そんなグルメな感想が脳内をぐるぐるぐるぐると駆け巡る。
(ヤバい……お兄ちゃんたちが出来立てほやほやのランチに見える……)
思わず物陰から密やかに観察してしまう。
ドアの隙間。
階段の上の手摺りからの覗き見。
テーブルの下からと目を爛々と付け狙う。
(……食べるなら、やはりもも肉? いやいや脂の乗ったバラ……は残念ながら脂あんまり乗ってなさそう。でも、ほっぺたならさすがに柔らかいよね?)
って、だめ駄目! 完全に牛肉の部位みたいに兄弟を見ているわ!?
……じゅるり。
「お前。……そこで何やってんだ?」
ハッ、この声は!
「キャーッ鴨ネギー!? ……じゃない。ぐ、グエンー!?」
「……誰が鴨だ」
ハァハァ……獲物からこちらへエンカウントしてきたわ? ハァハァハァ……お、愚かな人間めぇ!
「もぉ、ランチにされたいの!? あっちに行って! シッシッ!」
「え……何言ってんだコイツ?」
グエンが本気で困惑しているが、こっちは情けでいってあげてるんだ!
「何故かグエンが『鴨のソテー〜春ねぎの気まぐれを添えて〜』に見えるの! だからあっちに行って!」
「そうか……オフィーリア……豚肉。生で食べちゃったか?」
「脳みそが豚の寄生虫にヤラれたわけじゃないっ!?」
馬鹿ばかアホー!
私の胃の中で後悔しても遅いのよ。ボケー!
「おーい、グエン、オフィーリア何してんだ〜?」
「「僕らもい〜れて〜……」」
ハッ!
ギデオンと双子まで……。
メインディッシュが続々と大集合してくる!?
(う、う、……ごくり……ごくり、ゴクリ……涎がいくら、飲みこんでも、次々にあふれてくるよ!?)
私は、そっと兄を上目遣いに見上げる。
うわぁ……なんて、プリプリツヤツヤと血色がいいんだろう。
(………………………………ちょっとだけ、味見をしてみようかな?)
そうよ。
ようは簡単で、その一口で止めればいいんだもん!
それならノーカン……ノーカンだよね!?
「…………」
私はギデオンとグエンと双子その一のジャレッドに、双子そのニのジェフリーのほっぺたを……それぞれチロリと舐めた。
「…………」
(……汗をかいてるから、ちょっとしょっぱいだけで、何の味もしないや……)
密かにがっかりとしてしまう。
「オフィーリア……」
って、ハッ!?
あまりに私らしくない行動で皆、固まってる!
「お兄ちゃんにキスしてくれるのか!?」
え。
「何て可愛いんだ!? かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい……」
「ぐ……ぐるじい……!?」
ギデオンにこれでもかと抱きしめられ、あらゆる箇所の骨がミシミシと音をたて……肺が兄の胸筋の圧に今にも潰れかけている!?
さらに、ジャレッドとジェフリーがお返しとばかりにほっぺたにキスを雨あられと降らせ、私の頬が大型犬に舐められたみたいに、涎でデロデロになっていく……。
「た……たすけ、グエ……ン……たす……け」
「……兄貴、オフィーリアの顔色が黒紫になってるから離したほうがいいぞ」
「よし、わかったオフィーリア。お兄ちゃんと結婚しよう!?」
「いや、何でだよ……というか法律違反だから」
「は? 愛の前に法律なんて不要だ!?」
「うん、最高にキモいよ」
この中でまともな人間はグエンしかいないの!?
「あらあら……皆さん。オフィーリアは療養中なんだから、安静にしなくちゃいけないのにいったい何をしているの?」
ハッ! この美しい鈴の音のような声は……。
「「「――エメライン義姉上!」」」
「かわいいのは分かるけど、お手柔らかにね?」
あ、義姉上……、ごくり。
義姉上もなんて美味しそうなんだろう……滑らかなキメの細かい白い肌。
キラキラうるうるとした瞳……(※普段は閉じられている)。
唇は血を思わせるように鮮やかに瑞々しく赤い。
(それに何より……)
兄たちには無い、上部と後ろのまあるく形よい膨らみが、何てふわふわと柔らかそうで美味しそうなんだ!?
(だ………ダメ!! やだやだ、エメライン義姉上をそんな風に見るだなんて駄目よ!? ……エメライン義姉上に……軽蔑されて嫌われちゃう!)
私は必死に頭をブンブンと振るが……彼女の芳しい甘く良い薫りが、私の理性を侵食する……。
(……そう言えば、食人族にとって、極上のご馳走は、幼い子供と若い娘なんだって本で読んだことがあるわ……)
悔しいことに今なら嫌というほど理解できた。
だって、これは確かにご馳走に違いない……。
食べたい。
食べたい、食べたい、食べたい。
その肉を噛み締め、溶けるその脂に恍惚と目を閉じてしまいたい。
気付けば、私はその手を伸ばしていた。
「……オフィーリア?」
だめ。
ちょっとだけ。
駄目よ。
ちょっとだけ。
駄目だったら!?
ちょっと……だけだからぁっ!?
「あらあら? オフィーリア……どうしたのです?」
気付けば私は指が食い込むほど義姉上の胸を一心不乱に揉んでいた。
「「「オ……オフィーリア……?」」」
兄達が戸惑ったような赤い顔で、固まっている。
だけど、やめられない止まらない。
「……何てはね返すような素晴らしい弾力! ……なのに信じられないほど円やかで、やわらかで……至高のマシュマロみたいだわ……!」
ああ、口に含めばどんな味がするのかしら?
最高級の肉の極小部位のステーキすら霞むような、それは美味に違いないわ。
「……ああ、美味しそう……食べたい」
「お、オフィーリアが“百合”に目覚めてしまったか!?」
へ? 百合って……何で急に花が出てくるの?
だけど、そんな私の手をそっと離す者がいた。見上げたその先いたのは……。
「お兄ちゃん……ブラッドフォード!」
「オフィーリア。……私の妻に何をしているんだ?」
静かに問われて、ハッとする。
え、え? わ、……私、いま何をしていた!?
「あ、あ、私……私……エメライン義姉上に! ……ご、ごめんなさい……違うのです。……違うのです!?」
ううん、違くなんかない。いえ、違う。
で、でも、でもでも違うの……!?
私はパニックで目からダバダバと涙が洪水のように溢れて、それは落ちて服さえ濡らした。
「大丈夫。大丈夫ですよ、オフィーリア?」
「義姉上……! 違うのです……あの、あの……」
「まずは深呼吸いたしましょう? ……はい、吸って〜吐いて〜……」
嗚咽を上げながら私は義姉上が導くリズムで呼吸を繰り返す。
だけど、しゃっくりが途中で邪魔をした。
だからか、ちっとも心は落ち着きやしない。
「ブラッドフォード……私を……檻に入れて」
「……何だって?」
ブラッドフォード兄さんが眉間に皺を寄せる。
「お願い……!! 私を檻に入れて、檻に入れて!!」
「オフィーリア、落ち着いて、まずは深呼吸よ?」
エメライン義姉上がそう私の背中をさすってなだめたが当時の私はそれを払い除けた。
「――今の私に触っちゃ駄目っ」
だって、さらに美味しそうな甘い薫りがして……怖かったのだ。
体温が上がる……涎が口の端から垂れる。
もうどうにも止まらない。
「じゃないと、私……お兄ちゃん達を食い殺してしまうわ!? お願い――助けて……!!」
それはその時の魂からの叫び声だった。




