21、昔話① 土の中へ
その時、私は十二歳で、庭先で土をイジって花の世話をしていた。
だって、もうすぐ母の誕生日だったから。
私は自分で育てた百合を母に贈ろうと密かに計画していた。
(お母様は百合が大好きだもん。きっとすっごく喜んでくださるに違いないわ!)
だけど私は、あんまり女らしいところを兄に見せるが本当に嫌で……だから庭の端っこでヒッソリとこの計画を遂行することにする。
当時、男所帯だった我が家で女の子らしさは弱さだと、私はそう愚かにも信じていたのだ。
……もちろん、そんなことは無いと今は知っている。
女らしさが弱さというのなら……エメライン義姉上は? 伯母上は? お母様は?
うん……一人として弱くないのが逆に怖いわ。
だけど、それは思春期特有の自意識過剰が招く必然で……だからもう、仕方がなかったのよ。
(ここに居るのは誰にも言ってないけれど……外に出ているわけじゃないもん。これくらいは平気だよね?)
私は小さい頃から人攫いに何度となくあっていた。
だけど、それは全て外で起きた出来事で……だからこのモンディスカ家の城の敷地内にいる分には、格別な心配なんてしていなかった。
けれど――。
「お嬢さん……」
それは突然おきたのだ。
「え……だ、誰?」
服装はわが家に出入りする商人か役人風だが……私はすぐにこの人物がここの土地の人間でないことが分かった。
(だって……こんな匂いの人知らない!)
私は鼻があまりに効きすぎて、時に香水やハーブの匂いに酔って吐くことさえあったが……同時に、何度も自分の危機を救ってもらった。
(しかも、この人……ハーブで隠しているみたいだけど、すっごく変……まるで人間じゃないみたい!)
私はすぐに駆け出して、声を張り上げる。
「……誰かーー!! 怪しい者がいっ」
だけど叫び声を上げ、走り出した先の地面が突然ぐにゃグニャリと歪んだ。
「ヒッ!?」
(コレは……異能!?)
足を地面に絡め取られないよう……わざと前に転んで足は折れずに事なきを得たが、そのせいで私はその男に捕まってしまった。
「離せー!? この……無礼者ーっ!!」
私は手足を男の身体に何度も叩きつける。
だけど、ビクともしない。
……それもそうだ。
その男すら異能によって作られた土人形だったのだから。
……そうしてその男の形をした人形は、丸ごと私を包み込み、まるでフンに埋もれたフンコロガシの形で、そのまま私は城の敷地から連れ出された。
(何これ……怖い)
土はある程度の空間と空気だけ残し、無理やり中から掘ろうとしても、すぐに元に戻った。
(だ、誰かー!)
だけど、土の中ではそんな声も届くはずもなく……。
それから私は土に入れられたまま乗り物に乗せられ、運ばれた。
食べ物は袋に入ったパンやリンゴが土壁からぐにっと、おできの様に現れたものを手に取り……トイレ代わりの小びんと紙も……そうやって、中へ外へと出し入れされた。
それは信じられないほどの屈辱だったが……漏らしたくないなら従うしかない。
(この態勢も……つらい……)
だって、ほとんどがしゃがんで丸まるような格好しかできないのだ。
これじゃあ本で読んだ昔の奴隷貿易まんまよ。
(でも、きっと家族は助けに来てくれる。……希望を捨てては駄目よ。オフィーリア……)
ひたすらに自分に言い聞かせて、そう鼓舞する。
その時の私はリミッターでも、辺境伯家の令嬢でも何でもなく……単なるか弱い一人の子供でしかない。
そうして、ようやく土から出された時は、まるで生まれたての赤ん坊の心地だった。
「……しょんべん臭えな……ちゃんとビンは出し入れしてたのに失敗したんじゃ無いのか、これ?」
そう出て最初に目にした仮面の黒づくめに言われ、思わず赤くなる。
(しょうがないじゃないの!? あんな体勢で用なんか足したことが無かったし、ましてや……小びんをトイレになんて生まれて初めて使ったんだから!)
「とはいえ、これで体液のサンプルが取れたな……これだけでも金になるぞ……?」
それを聞いてゾッとした。
ああ、私は馬鹿だわ。いっそ漏らすべきだったのよ!
自分のおしっこをまさか売られるなんて……最低……最低だわ!?
「……この娘はこのまま売るんですか?」
黒づくめに、別の黒づくめがそう尋ねる。
「いいや違う」
それを聞いて一瞬だけ、ホッとした。
売られないのなら、単なる身代金目当てかしら?
それなら家にも帰れる!
「コイツは異能を大量生産するための孕み袋だ」
「――“孕み袋”?!」
その言葉の意味は知らないのに……嫌な予感がする。
「……モンディスカ家は多産な上に、子供が全員リミッターだ」
何故だろう。身体が勝手に震えて止まらない。
私の本能が逃げろと叫んでいる。
「この娘はそんな類まれな母親の血を受け継いでいる……まさに金の卵を産むニワトリだ!」
私はまた走り出そうとしたが、付けられていた首輪の鎖をぐんと引っ張られ、そんな抵抗すら容易く封じられる。
「こいつはリミッターだ……ロード製の檻に入れておけ」
「ハッ!」
そうして今度は部屋の檻に一人残され……。
四日間、水だけを与えられた。
(お父様……お母様……お兄ちゃん……)
お腹が空き過ぎて意識や視界が朦朧とする。
(早く……助けて)
そう思った時、部屋のドアが開く気配がした。
「――――――っ!!」
助けが来たと思い、寝ていた身体を無理やり起こす。
だけど現れたのは……。
「………………」
黒い覆面をした数人の男たちだった。
「この娘がそうか?」
「ああ、そうだ」
「商品を生産するために“具合を良くしておけ”だとさ」
「だけどこれ……風呂にすら入れてないんじゃないのか? ……ちょっと臭うぞ」
「ああ、リミッターだからな……。まずは身体が弱るのを待ったらしい」
心臓がさっきから変な音を立てている。
目の前が真っ暗だった。
彼らの話し方は冷静で……けっして怒鳴ったりはしていないのに、それでも味方でないことはすぐに分かった。
「……まだほんの子供だな?」
「いや、だからだろう。……若ければ若いほど沢山の異能が産める。それにほら、顔を見てみろ。随分と可愛い作りをしているし……意外と悪い話じゃないぞ?」
私は思わず胸の前で身体を守るように腕をクロスさせる。
来るな……来るな!
檻が開けられ、ぞろぞろと覆面男たちが入ってくる。
「ほら、いい子だから変に暴れないでね〜。傷が付けば病気もしやすくなるよ?」
そう言いながら周りに合図を送り、無駄の無い動きで、私の両手両足を覆面の男たちにそれぞれ拘束させ……。
さらに号令を送った覆面の男が、私の真上へと覆いかぶさった。
「じゃあ皆さん、いいですか? では……はじめまーす」
そう言って私のドレスの前部分が、遠慮無しにビリビリと破かれた瞬間。
私の中で、大切な何かがプツリと音をたてた。
(あ…………これは、自分がやらないと、やられてしまうわ?)
その後は……アレ?
いったい、どうなったんでしたっけ?
ごめんなさい、よく覚えてはいないの……。
ただ。
「〜♪」
気付けば私はひしゃげるように破壊された檻と真っ赤な血溜まりと複数の肉塊の中にいて……。
指先や手の甲についた血を……鼻歌まじりに美味しそうにペチャペチャと舐めていた。




