20、ルドルフお祖父様
ディアベルゼ殿下との初デートを終えた翌日。
私はガラガラと台車を押していた。
後ろからは自分の侍女が付いてくるが、この朝食の台車……キッチン・ワゴンは自分で運びたい!
因みに朝食のメニューも毎朝コックと決めている。
お祖父様のお部屋に着いて、扉をノックすると明るい声で返事が返ってきた。
「ハロ、ハ〜ロ〜、お祖父様〜! 可愛い孫娘が来ましたよー?」
「お〜来たか〜! 私の可愛い天使よ〜!」
ベッドに座るお祖父様の元へ駆け寄り、ぎゅうっと抱き締め合うが相変わらず腕の力が強すぎて、息が出来ない!
「お祖父様ーギブ、ギブ! いや……ロープ、ロープ!?」
「ハッハッハッ!! 次はへし折ってやるぞ?」
可愛い孫になんてことを言うの!?
「もう!? 下半身の代わりに腕が異常に仕上がってるんだから、止めてよー!」
「いや〜スマンすまん」
そう。
祖父はリミッターを使い過ぎて、身体の下半分がもげてしまった。
日常的な移動を腕や車輪付きのボードを手で漕いで動かすため、腕の太さが私の太腿より大きい。
「お祖父様……ごめんね。部屋に閉じこめるようなこんな状況で……」
私はそう言いながら祖父のためにその場で生卵を五つ順に割ってグラスへと溜めていく。
終わると祖父が一息にそれをあおり、飲み終わると美味しそうに口の周りをペロリとしてにっこりとした。
「いやいや、構わん、構わん! ……殿下も異能持ちなんだろう? ……こんな姿の異能持ちの成れの果てを見たらショックで倒れかねん!」
「殿下はそんな人ではないけれど……」
「未来ある若人に変なトラウマを植え付ける趣味は、私には到底無い!」
「お祖父様を見たら一部希望が湧くと思うけど? ……年を取ってのちの腕周りの太さとか?」
私はさらに祖父の好きな焼いたライ麦パンにバターを厚塗りし、コックが朝に焼いたステーキを山盛りに盛っていく。
お祖父様もモンディスカの男らしく、肉食に偏重しているのだ!
だからか、朝からモリモリとそのお肉を食べた。
「ま、窮屈は窮屈だな……今度、夜にデートに連れ出してくれんか? オフィーリア!」
「ええ、喜んで!」
お祖父様はディアベルゼ殿下とは違う意味で太陽のような人だ。
パワフルで、声が大きくて、人懐っこい!
「あ〜美味い。美味いぞぉ」
信じられないわ。
こんなお祖父様が本当にあと一、二年で亡くなるだなんて……?!
「お祖父様……ディアベルゼ殿下と会ってくれない?」
「いやいや、だからな……オフィーリア?」
「私……ディアベルゼ殿下とお付き合いしているの。私の初めての恋人よ!」
「…………」
「だから、大好きなお祖父様に会ってほしいの……」
「そうか……そうなのか……!」
お祖父様。お祖父様……。
「――つまり『どうしても我が孫が欲しければ……この老いぼれを倒していくんだな……難儀するがいいぞ。この小僧ッ!?』――を私にやれということだな?」
「――いいや、何でそうなるの!? 普通に会って下さい! ……あとお祖父様は今でも平気で人の首をへし折れるんだから、止めて〜!?」
本当にしそうだわ。
誰か止めて!?
「オフィーリア……そいつ……殿下はモテるのか?」
お祖父様、すでにディアベルゼ殿下を敵認定してないですか?
「うん、モテるわ。……『黄金の王子様』と呼ばれているの!」
「え〜じゃあ……駄目だ、ダメ。いかんイカン!! 女の影がチラつくような男は駄目だぞーオフィーリア?」
「いや……貴方の孫たちも相当、女の子にモテますが?」
そして女癖も悪いですよね?
「男は地味なくらいが一番!」
いいや、そう言いますけれどね。お祖父様?
「……前に伯母様が持ってきた婚約話に、『地味な男はバッタやコオロギと見分けがつかないし、気付いたら靴裏に潰れてひっついてるぞ』とか、前は言っていなかったっけ?」
「いや〜加減がな……加減。加減!」
「殿下は真面目な人よー。お祖父様、会ってー!」
「ごほ、……ゴホゴホ……ゲボげほ……かはぁ。あ、急に、昔撃たれて残っていた銃弾が熱を持ちだしたぞ。ああ、こりゃあ、いかんな〜!」
「生卵五つを平らげといて、わざとらしい仮病を使わないで?! 無理がある!」
もう……頭が痛いよ!?
「そ、それに……その、も、もしかしたら、このまま、婚約? もするかもしれないし」
自分でディアベルゼ殿下との婚約話を持ち出すとモジモジしてしまう。
え〜でもでも〜! 無いとは言えなくも無くもないしぃ……?
「なるほど……私がかつて愛用した呪われしウォーハンマー『ダイザベル』が……久々に唸る時が来たなようだな……?」
いやいや、何を壁から『ダイザベル』鎖ごと引き千切ってるの!?
「殿下をぺしゃんこに潰そうとしないでー!」
「いや、頭をうっかり吹き飛ばすだけだ!?」
「いや、同じよ!!」
誰!?
このアウトロー極まりない老人を野放しにしているのは!?
「お嬢様〜、もう無理やり今夜の晩餐の席に連れていっちゃいましょう。……さすがにリミッター軍団のご家族が周りを固めれば、殿下をどうこうは不可能かと? そうですね……まずはエメライン様の迷路にさっとルドルフ様を入れてしまいましょう!」
後ろに付いていた私の侍女――ルパーシアがそう言う。
「ルパーシア……助言をありがとう! だけど、なんで、うちの人間はいちいちアドバイスが物騒なの!?」
どうかしてるよ、モンディスカ!
「申し訳ございませんが、その必要はございませんね……」
だがその時、涼やかな声が響いた。
その人は半分開いていた扉をコンコンとノックして部屋に迷いなく足を踏み入れて笑う。
「でぃ、ディ、ディアベルゼ様っ?!」
「ご挨拶が遅れました。ルドルフ卿。……こちらに暫く厄介になる“ディアベルゼ・グランディオス”です。我が国の誇る七英雄たる貴方様にお会いでき……大変光栄にございます!」
そう殿下は滑るような滑らかさで祖父のベッドの前に膝を着き、胸に手を起くと、真摯な瞳で祖父を見上げた。
祖父も突然の殿下の登場に目を見開くが、次の瞬間。
「え―――危ないっ!?」
振るわれるウォーハンマー!!
――それは鋭く躊躇なく空を走った。
顔に当たれば全ての顔のパーツが頭蓋骨と共に吹っ飛ぶことだろう。
しかしそれは殿下の鼻先一寸でピタリと止まった。
「……さすが、オフィーリアのお祖父様だ。彼女によく似ていらっしゃる……」
だが、殿下はそう微笑む。
ああ、なんてこの人は格好良いの?
……だけど、その凶暴性を似てると言われてもちっとも嬉しくないわ。ディアベルゼ殿下!?
「ほほ~……なかなか肝が座っておいでだな?」
「いえいえ……内心、心臓がバクバクしております……。だけど、想定していた百場面の一つにあったため……何とか体裁を保てました」
答えまで完璧っ!?
「だが孫は貴方に嫁がせる訳にはいかない。何故なら貴方はマリー妃殿下のご嫡男だ。……そんな方と私の孫オフィーリアが結ばれたなら、この国のパワーバランスは大きく乱れることでしょう」
え……?
「なるほど……」
「モンディスカは国の守護者。……自ら国内を不要に乱すは、己の存在を否定するも同じです」
胸がドキドキする……以前、ちょっとだけ考えていたことが、お祖父様が口にすることでぐっと現実味を持つ。
それを考えた時は私自身、婚約者という立場に及び腰になったのに……祖父に否定された瞬間、胸がざわざわとして息が一瞬できなかった。
「オフィーリア……?」
私。
どんなに殿下が好きだろうと結婚しちゃダメなんだ……。
「オフィーリア」
え……そんなの、嫌。
「いや……! ディアベルゼ様と別れたくないわ!!」
気付けば、私の頬には涙が零れていた。
「オフィーリア……泣かないで? 大丈夫だからね」
……ディアベルゼ様。
「でも、でもぉ……お祖父様が……!」
そう私がさらにポロポロと泣くと、ディアベルゼ様が私をその胸にぎゅっと抱きしめ、私の頬に優しく手を置いた。
「大丈夫。ルドルフ卿が懸念していることは僕も想定しているよ。……だから、それについてはちゃんと考えがあるし、僕だってオフィーリアを誰にも渡すつもりはないからね」
「……ディアベルゼ殿下〜!」
「愛してるよ。オフィーリア……」
「ディアベルゼ様……私も!」
ディアベルゼ様の顔が近づいて、思わずまぶたを閉じた。
「おいおいおーーーい!? 人の部屋で何イチャついとるんだーー!? 止めんかー!!」
そうベリッとお祖父様が私とディアベルゼ様を剥がす。
チッ、邪魔ね。このじー様ったら!
「というか、お主もオフィーリアの何を知っていると言うんだ!? どうせ、この子の可憐な容姿に惹かれただけだろう? 盛りのついた猿が!!」
「もちろん、オフィーリアの姿形は世界一可愛いくて美しいです。ですが……!」
キャーッ!! そんな〜! ディアベルゼ様ったら〜、もおっ!
「その中身の可愛さと面白さはさらに輪をかけていますっっ!!」
……ん?
「最初こそ、僕がついていけない時もありましたが……今では『次はどんなことをしでかして、言い出すんだろう……?』とドキドキハラハラ……わくわくしている自分がおります」
え? え?
「あまりにエキサイティング過ぎて、彼女じゃないともう、他では全く物足りないんです!」
何だか私に惹かれている部分が私の想定外なんですけど!?
わ、私ってそんなに変!?
「ほほ〜…………意外とよく見ているではありませんか!?」
共感するの、お祖父様!?
「ルパーシア……私、戦闘力などはともかくとして、基本的に普通よね?」
「………………」
おい。何を盛大に私から目を逸らしてるのよ。私の侍女!?
「では……私の孫が『ヒグマ』のリミッター持ちなのはご存知か!?」
「……――!!?」
「うっわあ、それ言うな!? じー様!!」
そこにいつから居たのか、扉にいるグエンがそう叫ぶ。
「普段は清らかな娘だが……その気になれば鉄格子や馬車を軽く破壊し、平地、坂道にかかわらず百メートル七・二秒で走り抜けるために逃げられない。しかも嗅覚は犬の数十倍だから浮気も不可能だ!?」
え、何……この、足もとからガラガラと崩れていく感じ?
「毛むくじゃらで生臭い息を吐き、体長は二メートル以上、体重はその際には二百から三百キロは下らない……!」
リ、リミッター時のた、体重までバラすの……?
「前足の爪は五センチを超え……それで顔でも撫でられれば果たしてどうなるだろうな?」
「……お、お嬢様?」
「オフィーリア?」
「………………」
苦しい。苦しい。……すごく苦しい。
「そんな娘と……猛獣と、……果たして添い遂げられるのか!? 小僧よッ!!」
気付けば私はご自慢の俊足で走り出していた――。
途中、階段もあったが関係ないとひとっ飛びで駆け上がり、皆の制止する声もみんな無視する。
「…………」
音は暫くして聞こえなくなる。
そうね……高い音なら広い範囲の音も人より拾いやすい……でもそれ以外は、そこはあまり変わらないもの。
けれど――。
(殿下に……知られてしまった――!)
殿下にケダモノの化け物だと知られてしまった。
涙が次々と溢れてくる。
何か考えなきゃならないのに、何も考えられないのは……私が単細胞な獣だから?
「―――!」
バフンとベッドに飛び込んでルパーシアが整えたシーツをぐちゃぐちゃにする。
そうして私は部屋でブランケットを被り、そこから一人部屋に引きこもったのだった……。
次回の更新は9/28からになります。




