19、長兄ブラッドフォードの異能
「私は『無呼吸』、『不眠』、『不排泄』のリミッターなんです」
ブラッドフォード……次期辺境伯である兄がそうディアベルゼ様に説明する。
それにディアベルゼ殿下は目を丸くした。
「そんな珍しいリミッターが……しかも三つも……!?」
それにブラッドフォードはゆるく頭を振る。
「元々、生まれた時は『無呼吸』だけでした。しかし、己のリミッターがどう運用されるか自己理解すれば、リミッターは恐らく……自ら開発が可能なんだと私は考えています」
対してはディアベルゼ殿下は信じられないと眉間にしわを寄せる。
「実際、私だけでなく三男グエンも……私と同じ様にして元々もっている『気化』のリミッターを進化させ、自在に自身の身体を『完全液体化』することを可能にしています」
だけどディアベルゼ様はもう一つ引っ掛かているみたい……。
「しかし、リミッターもロードも『命を生贄にした』異能……開発するほどリミッターを酷使することに……恐怖は無いのですか?」
それは確かに外から見ればその通りだと思った。
だが、モンディスカは違う。なぜなら――。
「我が家はリミッターについて独自のデータの蓄積があり……それを元に家族全員が定期的に血液検査をしているんです。……頻度は最低、月に一回。……多いときは三日に一回で様子をみています」
その時、エメライン義姉上がスッと手を挙げた。
「……なんだ? エメライン」
そう問われ、エメライン義姉上が手を挙げながら小首を傾げる。
「ブラッド。ちょっとだけお話が堅いわぁ? ……皆が退屈しないように、お茶を飲みながらもっと具体的なお話に入らない? そのほうが口も柔らかくなって言葉も滑らかになると思うの……」
「おお……確かに!」
長兄・ブラッドフォードのよい所は、この様に人の話を最後までウンウンと聴けて、いいものには良いとすぐに採用するところだと、妹は個人的にそう思う。
「殿下。夫は生命維持活動に必要な項目を三つも削れますが……この様に普段はお茶もぐびぐび飲みますし、あくびも噛み殺しますし、必要ならお昼寝も嗜みますわ?」
義姉上のお茶目な物言いに殿下や兄まで笑っている。
本当に……義姉上はコミュ力がカンストしているわ。
というかこんな義姉上に弱点なんてあるの?
「水の中にいたのは『無呼吸』のリミッターの開発の一部ですか?」
侍女がテーブルに着く全員にお茶を配り……義姉上が作ったパイやサンドイッチも皆に配る。
中身はビーフステーキと西洋わさびのサンドイッチと、カラシとカツレツのサンドイッチと、ひき肉とグリーンピースのパイ……。
なんで、なんでモンディスカの男共はこうも肉が好き何だろう?
――ライオンか!
私はまだお腹がいっぱいのため、食べ物は遠慮しておく。
甘いものなら別腹なんだけどなぁ……。
「はい、そうです。もはや日課になっていまして」
兄はそう爽やかに答える。
「ブラッドフォード殿……『無呼吸』のリミッターを維持できる時間を伺っても……?」
殿下はそう真剣な顔で前のめりになった。
そんな勉強家な殿下も大好きです。ラブ。
「今のところ最大二十四時間です」
「そ、そんなに!? ……というか能力の数だけでなく、能力そのものも拡張できるんですね……?」
「はい……どうやら私は体内での循環をある程度自己完結できるようです。それが異能的な不思議というか……『オンとオフ』。『インとアウト』が確かに私の中に存在するのに……それを一定の期間、外を介さずに済んでしまう」
まるで工場の運用のように自己の身体を語る兄……。
身内だけど兄は相当、変な人だと思う。
「『不排泄』の間の飲食はどうなるんですか?」
「それも普段より必要な分は著しく減少しますね。……まあ『飲まず食わず』と言うほどではありませんが」
「それは……どれくらい維持が可能なんですか?」
「『不排泄』なら最大三十日。『不眠』なら最大九十日ですが……さすがに最後は死にかけます」
「きゅ……九十日!?」
殿下が驚きで仰け反る。
無理もないわ。
私たち兄弟ですらブラッドフォード兄さんが本当に人間なのか時々疑っているもの……?
「……ブラッドフォード殿が“キング”の盤面では、さぞかし対峙する相手には脅威でしょうね? ……指揮官が不屈であればあるほど、軍や隊の士気は下がりにくいに違いない」
実際、それはその通りで……兄さんが寝ずに動き、常に何かあれば気軽にいつでも相談できるのは、私たち兄弟も非常に心強かったりするのだ。
こう……常に見守ってくれる屋根に近いというか……?
呼べばいつでも現れる安心感というか?
また、本人が二十四時間稼働しているので、誰よりも戦況を深く理解している。
だから急に襲われても速攻で動けるし……兄の寝込みを襲うこともまず不可能だ。
「まあ、居眠りする政治家よりは部下からの信頼が得やすいと感じますね?」
そんなブラッドフォード兄さんは尊敬を集めやすいとは私もそう思う!
「まあ、そのかわり毒には人よりかなり弱いけどな……?」
グエンのそんな横槍にブラッドフォード兄さんが眉間にしわを寄せる。
「そうなんだよ……リミッター発動時に、それだけは注意しないといけない!」
確かに……?
兄さんの中で循環が完結しているということは、逆に悪いものが外には出にくいということ。
あと、病気も人より長引くと思うんだけど……私は兄さんが、今まで風邪を引いたのすら見たことがないから、それについては除外しよう。
「それなら大丈夫よ。……ブラッドの毒見は積極的に私がするし、腐った食べ物も全て私が代わりに引き受けるもの」
そんなグエンの横槍にエメライン義姉上が当然とばかりに微笑む。
「……それはまた美しい献身ですね。義姉上?」
「あら? そんな大袈裟なものではないわよ……。大切な人に出来るだけのことをしたいだけ。……グエンも結婚すれば、そのうち分かるんじゃなくて?」
それにグエンは変な顔をして、黙って肩を竦めていた。
「とはいえ……私個人の戦闘力については弟たちに比べれば圧倒的に劣る自覚があります」
それに対してもグエンは物申す。
「世にある武芸武術や武器の扱いのほとんどを……師範クラスか有段者クラスの人間が何言ってんだ?」
「まあな。……私は鍛錬しようと思えばいくらでも出来るから、それはな?」
ブラッドフォード兄さんって本当に謙虚だわ。
ただ――。
「だからと言って、夜中にこっそり抜け出して楽器の練習をするのは止めてちょうだい。……せめて、護衛くらいは連れて行って!」
そう……兄はその能力をこっそり己の音楽馬鹿のために最大限、活用している……。
「で、何時間も何時間も……息継ぎ無しで練習して、リミッターの限界突破して泡吹いて倒れるんだもんな〜!」
「そ、それは……昔の話じゃないか!?」
でもそれもリミッター限界時間が大幅に拡張したからなのでは……?
「あなたが強いのは分かるわ……だけど、命をいつ狙われてもおかしくない立場だって、そう自覚は常に持って頂かないと……?」
「そ、それは、すまない」
「あと……夜の一人寝は寂しいわ?」
お、おや?
「エ……エメ……家族の目があるから!」
ブラッドフォード兄さんが明らかに動揺している。
「……散々、人をヤケドするくらい熱くしておいて、夜中にふと目覚めた時に隣に誰もいない時の絶望感とやるせなさと、悲しさが……あなたは本当にお分かりなのかしら?」
「エメ……エメ……あの、エメ……?」
「兄さ〜〜ん……よくないぞ。そういうの?」
そう背もたれに体重を預けたギデオンがニヤリと言った。
「くっ! 何をにやにやしてるんだギデオン!?」
「だって子作りも次期辺境伯の重要な役割だろう? 役割は最後まで全うしないと! ……次回ベッドに入れてもらえないんじゃないか?」
「こ、こら……殿下の御前だぞ!?」
「……そうだよ。それくらいにしとけよギデオン?」
グエンがそう温度の無い低い声で間に入った。
……あれ? でもそもそもは兄さんのイジりをグエンが始めたんじゃなかったっけ? あれ、違かった?
「エメライン……そのことについては後で二人きりで話し合おう!」
「……よしなに」
はあー……仲の良い夫婦にも夫婦なりに、それはそれで悩みがあるのね〜。
「話を戻すけど……異能拡張についてならオフィーリアもそうよね?」
そう、突如エメライン義姉上がぶち込む。
「ぐふッ……げほごほ!?」
油断してた。器官に入った、喉ヤケドした!
ひかえめにいま死ぬ!
「あの……オフィーリア、むせてるけど大丈夫?」
「そ、それより義姉上! ……私のリミッターについては話を振らないで下さいな!」
「あらあ、何故ェ? ……すっごく可愛いのに!」
「か、可愛くないです!」
「え〜……私があなたに初めて会った時はそれこそ小さくて生きたぬ」
「わ〜! わわー、わ〜、わわーっ!?」
「もう……そんなに隠すほどのことっ!?」
「いや……義姉上。可愛いか可愛くないかで言ったら……可愛くは無いですよ?」
それにグエンが私を擁護? 罵倒? して止めに入る。
それにさらにギデオンが火をつけて……。
「普段のオフィーリアが大変可愛いのに何の異も唱えませんが……アレで殴られたら普通に死にますよ」
「ああ、細い鉄格子なら軽〜く破壊できるしな?」
そうブラッドフォードまでがウンウン頷く。
「止めて!? ヒントになる様なことを次々と列挙していかないで!?」
「それに失せ物があればオフィーリアがいればすぐに見つけてくれるでしょう? ……素晴らしい能力なんだから胸を張ったらどう?」
「うう……別に誇ってないわけではなくないですよぅ」
「いやいや、どっちなんだよ?」
グエンが困惑気味にツッコむ。
「オフィーリア……僕は君が例えどんな能力でも引いたりはしないよ?」
ディアベルゼ殿下がそうフォローするが、私は頭を振って否定する。
「いいえ……話しませんよ? これは墓場まで持っていかなくては……!」
「ど、どんだけ〜」
兄が引いているが、んなの知ったことかー!
「まあでもオフィーリアが本格的に覚醒したのは十二歳のと…」
「馬鹿野郎っ!!」
ギデオンがうっかり口を滑らせそうになったのをグエンが慌てて止めた。
あ………………ついでに嫌なこと、思い出しちゃった。
「ご、ごめん」
ギデオンが謝る。別にいいけど……。
「……殿下。話を戻しますが、異能は大変便利です。ですが、その力が強すぎるゆえに本人の性格や性質を能力に添うように知らず変えてしまう」
ブラッドフォード兄さんが空気が重くなるのを避けてだろう。
……そんな話をする。
「だから、オフィーリアにもそういう時期があったというだけの話です。……どうか、お忘れ下さい!」
兄がそう言えば殿下は素直に頷く。
「ええ……分かりました」
殿下はきっと気になっているはずだわ。なのに、そういって了承してくれる。
それは一瞬およんだ空気の変な流れに気付いたからだろう。
(やっぱり……殿下はお優しい!)
だけど、この時ばかりは一瞬。むしろ逆に追求してほしいと思ってしまった……。
矛盾。ええ……ひどい矛盾だわ。
何でそう思うのかしら?
それは、きっと私が殿下に知られたら絶対に嫌われると知りながら……それでも大好きな殿下にそんな私を受け入れて欲しいと、わがままを起こしているからだわ。
それでいて……さらに殿下を信じきれず勝手に疑っている。
(私って……本当に最低よ)
思わず自己嫌悪が頭をもたげた。
「お茶を今度はローズヒップ・ティーにいたしましょう。殿下、こちらわが家の自家製ですのよ? 酸味は平気でらっしゃるかしら」
エメライン義姉上がそう微笑む。
「はい、酸っぱいものは嫌いじゃありませんね」
「あら! 殿方には珍しいこと! ……ローズヒップ・ティーは女性ウケが良いのに比べると、男性にはあまり人気が無いように思うので……ですが、とても薫り高いんですのよ?」
「それは楽しみだ」
そうしてまた、空気が正常に戻っていく……本当。この夫婦はわが家の空気清浄まで担っているんだわ。
「ブラッドフォード殿……最後に質問を一つよろしいですか?」
ディアベルゼ殿下がそう告げた。
「はい。私が答えを持ち合わせているものでしたら……」
それを聞いて、殿下は一つを息を吐いてから話しはじめる。
「不快に思われたら申し訳ない。……ただ貴方は異能者を解剖し研究することを『神への冒涜だ』と憤慨していましたよね?」
「はい」
そう、確かに憤慨してたわね?
「ですが、自身の能力拡張は人によっては同じものに見えると思うのです。……それについて、ご自身でどう、その矛盾に折り合いをつけたのですか?」
それに兄はローズヒップ・ティーを一口含んでから微笑む。
「確かに矛盾といえば矛盾ですね? おっしゃる通りだ」
そう言って、頷いた。
「……ですが、我々は動物ではなく、人だから……知らぬ誰かに解剖される謂れはないし……他人よりずっと自分の異能とも真剣に向き合ってきている自覚がある」
さらにブラッドフォードは続ける。
「それは時に嫌になろうと剥がすことは出来ないからです。……母を通して神に与えられた、この身体と同じ様に」
そう異能者は一度は自分の異能にほとほと嫌気が差す。
使うごとに削られる身体と寿命。
能力に変えられる性格と悪い癖。
しかも世間からは時々……人間ではなく便利すぎる道具として、欲望と奇異の目に晒される。
「でも、だからと言って『これはこういうものだから仕方無いんだ』と運命までをも、全て無条件に受け入れる必要はないと思います」
そして、このリミッター家系の長兄であるブラッドフォードは、きっと誰よりもそれについて、己に問い続けた人に違いない。
「軍人として何人も人を屠っておいて言えた立場ではありませんが――それでも私は弟や妹に死んでほしくない」
兄の瞳に鋭い閃光が走る。
「私はただ弟と妹に、五体満足で長生きしてほしいのです」
それが次期辺境伯である、兄の答えだった。
※私用で多忙ゆえ、次回の更新は9/24になります。
ご了承下さい。




