18、仲睦まじい長兄とロード妻と、異能の人攫い
私は確信した。
(潤いって……なんて大事なの?)
万緑叢中紅一点と言うが、まさに男所帯に女性がいる華々しさよ! 瑞々しさよ! 一服の清涼感よー!!
エメライン義姉上がそこにいるだけで空気の汚いものが洗い流され……マイナスイオンすら発生する。
「オフィーリア……貴方も女の子でしょう?」
いや、いやいやそうですが、私では力不足で澱みを浄化できないというか……早々に根詰まりを起こしてゴポ、ゴポポとさらに悪化するというか?
とにかく、女子力の差は歴然だわー!
「そうね……ここは特に息が苦しくなるほどの男性ホルモンとその匂いが“ミチッ”って詰まっているものね……?」
そう、そう、そうなのぉ〜!
「だけどオフィーリア……そろそろお口でお話をしてくれると嬉しいわ? その……概念と話していると人から変な誤解を受けるから?」
ん?
「義姉上も……もしや、人の心が読めるんですか?」
「もう、そんなこと出来るわけ無いでしょう? ただ義姉上にはお見通しなのですよ。フフッ、オフィーリア……お菓子やジュースは美味しかった?」
怖いっ。やっぱり……心読んでます。この方ー!?
「まあ……初デートだし、それくらいは大目にみましょう」
「え……えへへ……」
それについては助かった……。
お茶の時間の子リスを飢え死にさせる量のナッツやドライフルーツまで取り上げられては敵わないもの!
「それにしても……オフィーリアは何でこんなに殿下と離れているのかしら? なぜ、そんな避けるの?」
「え、それは……」
私はカクカクシカジカとことの経緯を義姉上に説明する。
「あら、あらあらあら……あらまあ? ジャレッドにジェフリーがそんなことを……?」
だがしかし、エメライン義姉上に私が話し始めた途端。
双子は逃げ出していて、その姿はすでに見えない。
「……とはいえ、“高速ジャンピング・ボール”のリミッターを使ったとしても、まだ私の“ロード”の範囲内からは出れてはいないでしょう?」
あ……双子。終わったな。
「あの子たちの行動範囲はすでにお見通しよ……せいぜい盛大に迷子にして今夜の晩ごはんは抜きにします」
そう言い、パチ、パチンとエメライン義姉上が指を鳴らした。
「“ロード”……エメライン殿は“ロード”なのかグエン!?」
私が殿下を遠巻きにしているので、代わりに隣のグエンに殿下が聞く。
「はい、エメライン義姉上は俺達リミッターと違いロードで『空間迷路』の使い手です」
そう、空間迷路。
人によっては体験したこともあるのではないだろうか?
山などで違う場所を歩いているはずなのに……何度も、何度も、同じ場所に戻ってきてしまう現象。
「あれ、またこの祠だ……」
「いったいどうなってるんだ……ここから出られないぞ!?」
それをエメライン義姉上は意のままに作り出せるのだ。
だからコレを使われた敵は、どんなに馬を走らせているつもりでも、実はある一定の範囲にずっと閉じ込められた袋小路になる。
「地味なロードでお恥ずかしいですわ?」
そう、エメライン義姉上は謙遜するが……このロードは相手から逃げるにしても、標的にするにしても、兵糧攻めにするにしても大変に重宝する。
戦争においての可能性はまさに無限大だ。
そうロードはリミッターと違い、自分自身ではなく世界に干渉できる異能の力!
「はは……モンディスカは嫁いできた人物まで傑物ぞろいか……。他の貴族が警戒心も露わにヒステリックになるわけだな?」
ディアベルゼ殿下が顔から噴き出す汗を拭いながら言う。
それにグエンは肩を竦めた。
「いや〜……これでもめっちゃ空気読んで、周りに合わせているつもり何すけどね、俺達的には……?」
まあ、それでも他の貴族から浮いているとは末っ子の私も思うわ。
……周りの反応が差別や偏見って言うよりも、畏怖なのがまだマシだけど。
「そうですわ。これでも、ものす〜〜〜〜〜〜〜〜っごく、我慢していますもの……?」
「義姉上ぇ……」
グエンが眉間にしわを寄せてエメライン義姉上を見ると、義姉上は少し肩を竦めてみせる。
「あら、これは失敬?」
「確かに……コレだけの御力があれば、守りだけでなく、もっと前へ前へと進みたくなるのは道理というものですね?」
二人があえて口にしなかったことを、殿下はちゃんと察して汲み取る。
やはり、ディアベルゼ殿下は頭がいいわ。
すごいなー!
「ウフフ……それはご想像にお任せしますわ?」
そう義姉上は優雅に微笑む。
「でも、今はただ夫に食事を届けたいだけの新妻ですの!」
そうして要塞のお掘り部分へとやって来た。
モンディスカのお掘りは敵の侵入を防ぐあちら側だけでなく……生活用水としてこちら側にも流れている。
何というか人口の川? みたいな……。
だけど普通の川に比べてずっと深い作りなのよね。
一応……魚も泳いでる。
「あなた〜……ブラッドフォード〜!」
エメライン義姉上が声をかけた。
果たして届くかな?
「…………」
シーンとしてる、やっぱり声が届いてないわ!?
すると義姉上がお弁当のカゴを侍女に渡し、代わりに侍女から愛用の自身のヴァイオリンを受け取った。
すうーっとエメライン義姉上が一つ息を吐き、やがて心震えるような音色のヴァイオリンを弾きだす。
するとあら不思議!
……さっきまで大人しかった水面がボコボコボコと泡立ち始めたではないか!?
ザバーーーーッ。
現れたのは海坊主……じゃなく海パン一丁の次期モンディスカ辺境伯ブラッドフォード。
……髪が顔に張り付いているが、異様に鍛えあげた身体がすでに堅気ではなかった!
「………………良いヴァイオリンの音だ」
「お疲れ様ブラッド。殿下がおいでよ。……あとお弁当を作って来たわ?」
「ああ!! ……も、もうそんな時間だったか?」
どうやら本人的には十分、二十分だけ潜っていただけのつもりみたい。
明らかに殿下を前にしてオロついている。
「いいから、早く着替えてらっしゃいな。そのために侍女を四人も連れてきたのよ?」
な、なんですと……!?
確かに「いつもより何だか今日は連れが多いなー」とは思っていたけど……そういうことなの?
さすが過ぎるわ、エメライン義姉上……!
「すまない。ありがとうエメ!」
「うふふ。早くいらしてね……アナタ?」
そうエメライン義姉上はふりふりと手を振って、慌てて着替えに走るブラッドフォード兄さんを見送った。
「仲睦まじいのですね。……実に微笑ましい」
殿下が感服したように言う。
「はい……お恥ずかしいですが、私たち夫婦は相性が良いのです」
そう、はにかむ義姉上は同じ女でも堪らなくお可愛らしい。
「では殿下、要塞にも応接間がございますので、そちらにご案内いたします。宜しいかしら、どう思うオフィーリア? ギデオン?」
ここまでのガイド役の私やギデオン兄さんの顔を立ててエメライン義姉上が聞いた。
だけど私たち二人の答えは決まっている。
「「はい、そのように!」」
だって、エメライン義姉上に任せてまず間違いは無いんだもの?
あと……正直あちこち歩き回って頭を使うのは、いつもの筋肉とは違う箇所を酷使するため、ちょっと椅子に座りたいのもあった。
(……皆がいると自然と殿下とは距離が出来ちゃうな)
いや、ヤギの件で先に避けだしたのは、まあ私なんですけど……。
でも、それが無くても家族の結婚の許可なく交際するのはやっぱり少し後ろめたいわ。
こんな私にもなけなしの貴族令嬢としての恥じらいがあるっちゃありますから。
まあ、ギデオン兄さんには牽制するためにハッキリ伝えちゃったんだけど……。
(でも……じゃあ、私は殿下と婚約したいのかなぁ?)
正直、まだピンと来ないわ?
だってそもそもお相手の殿下は王子様で……その時点でキャパオーバーで脳が強制ダウンしてしまう。
まず私があの伏魔殿といえる派閥バリバリの王宮で上手く立ち回れる気がしない。
他のご令嬢のような腹の探り合いもいまだ訓練できていないし……。
私が他より優れた点は殺し合うような戦う術だけ。
(そういえば、殿下の追っ手はどうなったのだろう?)
モンディスカに入ってからはまるで嵐が止んだみたいに大人しいわ……?
(でも……もし、差し向けているのが王宮の誰かなら、モンディスカでゴタゴタを起こしてここの守りが弱まるのは避けたいはず……。だって敵に突破されれば真っ直ぐ自分たちの所まで降りてきてしまうもの!)
そうしたら王宮内の派閥闘争どころでは無いだろう。
国の存続にもかかわる。
(……あれ? モンディスカって私が思っているより、もしや重要?)
いや……普段から防衛の要、要、言っているが……それは自己紹介の枕言葉っていいますか?
ぶっちゃけ大して意味なんて意識してなかったよ。
「…………」
あれ? しかもそんな軍事力バリバリの我が家と超絶お金持ちの側室マリー妃殿下の嫡男のディアベルゼ殿下が繋がるのって……果たして良いのかな?
……だって、何だか強すぎない?
それで果たして王妃派閥との上手いバランスなんて取れるのかな??
下手すれば、ディアベルゼ殿下が王太子様より実質、力を持ってしまうような……?
「あれ? あれ? あれれ?」
それ……すごく危ないのでは?
「殿下。大変お待たせしました!」
気付けば私は応接間の椅子に座り……というかメンバー全員が座っていて、そこに着替えをバッチリと整え、軍服をさらりっと着こなした長兄ブラッドフォードが現れた。
髪を後ろに撫でつけ、厚い胸板で恐ろしくキマったその姿は……実兄といえど、ほほ~っとつい感心してしまう。
「いいえ、見どころ満載で少し頭を整理したかったので丁度よかった。何しろ私の頭は鈍いので」
「またまた……そのようなご配慮とご謙遜を! 鋭い視点や意見については下の兄弟や妻から聞き及んでいます。……どうか外から見て問題や欠点があれば遠慮なくお教え下さい」
兄のこの言葉はおべっかではなく、きっと本心に違いない。
「そうですね……正直、圧倒されています。あまりの想像以上の力に、というか……これだけのリミッター。子供の頃はさぞ、もっと皆さん大変だったのでは?」
そう殿下が顔を曇らせる。というのも――。
「いや……はは、確かに。何度、私も人攫いに合いかけたか分かりませんね。リミッターやロードの子供は人買いにとって垂涎ものの商品ですから」
「…………」
そう。何しろリミッターもロードも“命を生贄にした力”だ。
そもそもリミッターとロードは人より平均寿命が短いが、使いすぎれば死に至るし、力を使っている最中に身体や顔の一部が風化した土壁みたいにモロリと取れたりする。
だから、目に見えなくても力には回数制限があるのだ。
だから、リミッターやロードの子供を攫い……使い捨ての便利すぎる道具として裏では積極的に売り買いされている。
それは、例え財産と権力を持つ貴族の子供でも例外ではない。
「……他にも謎多き異能者を解剖して解明したがる研究者や国もあります。自分たちで新たなリミッターやロードを作れないかと考える者も……」
「それについては全く……神への冒涜です」
ブラッドフォード兄さんがそこですっと私へと視線を投げた。
「我が家はとくに末っ子のオフィーリアが、上の兄弟が全員リミッターなこともあり……次の子もリミッターに違いないと、最初からそういうリストが裏で交わされ狙われました!」
そう。特に私は女の子だから大人しいと思われたのか執拗に狙われた。
「その度に家族総出で奪い返しました……」
思えばギデオン兄さんや双子をはじめ兄たちが過保護で私を構いすぎるのは、それが原因かもしれない。
「そんな……」
殿下が絶句し青ざめている。その姿にかつての家族が重なり胸が痛んだ。
だが――。
「まあ……とはいえアイツがデカくなるにつれ、『本当に人の心があるのか?』って、レベルで本人が自らやり返すようになりましたけどね?」
そうグエンがポツリと呟いた瞬間。
全員がこちらへと振り向いた! 思わずサッと顔を背ける。見るなー!
「そういえば、犯人の馬車の後ろで犯人をロープに繋げて、市中引き回しにして笑っていたこともあったわね?」
「生きたスズメ蜂の巣に、犯人の顔をグリッとねじ込んだり……」
「金棒で犯人の股間を『カキーン♪』とか言いながらフルスイングでバッティング練習していたこともあったよな? ……さすがにあれには同情したし血の気が引いた」
ギャーッ、ギャーッ!? 止めてやめて〜!!
よりによってディアベルゼ殿下の前で!?
思わずバッと殿下を見ると、さっきとは違う意味で顔色が青黒く変色しているぅ!?
「いや、さすがに今はあんなことしないよ! あれはまだ十三歳だったからであって!?」
「こえーよ、十三歳……」
いやー、それを聞いて殿下が小刻みに震えているわぁ!?
「殿下、殿下……!? ち、違うのです!」
「いや、大丈夫。……オフィーリアらしいよ」
私のイメージはすでに手遅れなの!?
「ただバッティングだけは駄目だよ、オフィーリア……それだけは絶対にいけない!」
ディアベルゼ殿下が一段低い声で言う。
……目が、マジだった。
「はい。フルスイングで股間バッティングは二度といたしません!」
それで私も涙目でグスンと答える。
また、それが一回じゃなく過去に二回あったことは永遠に黙っておこうこと今、固く心に誓った……!
「まあ、今回はその話はこれくらいにしましょうか……」
ブラッドフォード兄さんもそう話を切り上げる。
すでに致命傷だよ。遅いよ長兄!?
「代わりに、私のリミッターについてお話をします」
そうして、ブラッドフォード次期辺境伯であるブラッドフォードが、いよいよ自身のリミッターについてついに語りはじめたのだった。




