14、欲しいもの
「そうだ、聞きたいのだけど……オフィーリアは何か欲しいものはある?」
「ありません! お菓子もお茶もたらふく頂いたので、満足しております」
あの後、さんざん殿下に甘やかされ、ホイップたっぷりのハニーホットミルクや桃のジュース。
他、色とりどりのケーキをこれ以上ないほどご堪能して、私はに貼り付いていた食いしん坊オバケはすっかり裸足で逃げ出していた。
あと、殿下はさらにこっそり部屋でも食べられるようにキャンディまで買ってくれたのだ。
嬉しいし缶まで可愛い……ああ、何て幸せなのだろう?
「うぅ、貴族で……それも名門貴族なのに……! 何故かな? 少し涙を誘うよ。オフィーリア」
そう言って、殿下が目頭を抑える。え? え?
「いや……そうではなくて。せっかく恋人同士になったんだ。オフィーリアに何か特別な物を贈りたいんだよ」
「特別なもの……」
「城でもいいよ。海外含めていくつか持ってるから」
「……さすがにそれはご遠慮いたしますわ」
そこはキッパリ申し上げる。
そうだった……王子の中でもディアベルゼ殿下が黄金の王子と呼ばれる由縁がここにもあったんだったわ。
(何しろこの国には七人の王子様に王妃様と別に四人もお妃様がいるんだもんね? その中でもディアベルゼ様は……)
我が国は基本的に重婚は認められていない!
……が、特別な例外はある。
国王陛下と王太子殿下は複数の妃を召し上げることが慣例となっていて……ディアベルゼ殿下のお母様のマリー妃殿下もそんなお一人だった。
マリー妃殿下が嫁いでらした当時、我が国の王室は戦争をし過ぎたために、領土は大いに拡がったが……おサイフについてはスッカラカンの火の車。
そんな王室の財政再建のために、王妃様が自ら苦渋の決断の上に、自分の夫である国王陛下に……新たなる妃。
マリー妃殿下と国王陛下の結婚を用意したのである。
マリー妃殿下の母国は、商売がすこぶる上手い上、資源ザックザクに産業うっはうは。
しかしそれにばかり邁進したせいか逆に軍事力にひどく乏しく……鴨ネギとして他国からは常に涎ダラダラで周りをウロチョロと狙われ、チョッカイをだされかけていた。
対して我が国はモンディスカを筆頭にケンカだけは馬鹿みたいに強い。……いや冗談抜きで。
そんなわけで我が国とマリー妃殿下の母国の利害ががっちりとハマり……。
マリー妃の母国が我が国に無期限の資金援助と多額の持参金を持つということで、無事にこの政略結婚が適ったのである!
だ〜が、めでたし、めでたし……と誰もが思っていたところで大誤算が発生した。
元々はお金目当てだけのはずだったこの形ばかりの結婚。
しかし……マリー妃殿下はあのディアベルゼ殿下のご母堂なだけあり……あらまあ、なんということでしょう?
実にあり得ないほど可愛らしく美しかった。
ゆえに国王陛下、ズキューンとマリー妃殿下に一方的に陥落!
そう、そうして国王の寵愛がマリー妃殿下に集中したのであーる。
しかもお金イコール権力のためか、マリー妃殿下支持派の貴族があれよと言う間に膨らんでしまった。
これについては元々、戦争に大勝したはずなのに恩賞が少ないと……多くの貴族が王室に不満を抱えはじめていたことも原因にあった。
というか、王室にお金が無くなって……一時は貴族にお金を借りて回り、頭が上がらない逆転現象が起きたくらいだ。
もう本当にその時のこの国ときたらぐっちゃぐちゃのゾンビ状態。
……とはいえ、そんなどうにもならない国をもまとめ、王室の権威を復活し、財政を完璧に立て直したのは……他の誰でもない王妃様だ!
そのため一般国民とマリー様派以外のほとんどの貴族は、そんな王妃様を全力で支持した。
こうして、王室にはブォオーブォオーとラッパのごとき法螺貝を鳴り響かせ、主たるバチバチの二大派閥(※でも他にもチョコチョコ小競合いもあります)がここに誕生したのである!
(モンディスカは一応中立だけど……きもーちマリー妃殿下派なのよね? ……マリー派の王弟殿下と元々懇意だったから)
だけど、王室ワイドショーはあくまで他人事で対岸の火と眺めるくらいが丁度良い。
だってやっぱり、おっかないもん。
(そんなマリー妃殿下の莫大な財産をほとんど引き継ぐのは間違いなくマリー妃殿下のご嫡男であるディアベルゼ様だわ……)
殿下が命狙われるのも頷ける。
お立場だけで見知らぬ、恨みつらみ、憧憬、欲望のオンパレードが絡んでいる……。
(しかも殿下はさらに特別なお力もあるようだし?)
それは世界干渉型の超能力や魔法の類に酷似するロード系か、はたまた超人肉体、改造人間的リミッター系なのか……?
殿下は最初のキス以外は使っている所を見てないから、そこから先は推理もしようがない。
「オフィーリア……聞いている?」
「は!? 申し訳ございません。ディアベルゼ殿下のことを考えていました!」
「はは、何それ、僕はここにいるのに?」
ええ、目の前に居らっしゃるわ。マイ・ダーリン!
「…………欲しいもの。何でも、よろしいのですか?」
殿下がぐっと前のめりになった。
「いいよ……何が欲しい?」
「ひ、引かないで下さいね……?」
「うん!」
「殿下の……持ち物がほしいです」
カーッと顔に熱が集まる。
殿下はああ言ったけど……ああ、やはり引かれてしまうかも!?
「……困ったな。まさかそんな可愛いことを言われるだなんて……」
そう言って殿下は首に巻いたタイにつけたタイピンをとった。
そのタイピンには百カラットは下らないだろう大きさの美しい宝石がハメてある。
「今持ってるもので、よく身に着ける物はコレ位しかないんだ。……受け取ってくれる?」
「あ、すみません。そういうのじゃありません。全然違います」
「え」
殿下の出鼻を挫いて申し訳ない。
だけど私が欲しいのはそう言うのではなくって……。
「出来れば……今日、殿下が一日着ているそのシャツを、私に……くださいませ」
「…………」
うえ〜ん、ひ、引いてるわ!?
自分でも分かってるもん。変態だって!
「え……なんで? これを一体どうするの……?」
そう聞かれてしまった。
さあ、私よ。何て答える?
「……まずはスンスンと匂いを嗅ぎます」
「え」
「で『わ〜殿下の匂いがするよ〜!』と堪能して、次に自分も着てみます」
「ほ、ほぉ……?」
「『わーい、殿下と身体の大きさが違う!』と姿見の前で一人ファッションショーの開幕です」
「また……活用法が具体的だね……?」
「仕上げに着るか枕の上に敷いて寝ます。するとあら不思議! 殿下が隣で寝ているみたいに、ぐっすりといい夢をみて安眠できるのです!」
「…………」
「……以上となります!」
こうして見事にプレゼンは終了した。
「…………」
あ、殿下が頭を抱えている。でももう口に出してしまって戻せないよ。どうしよう。オロオロ……。
「じ、じゃあじゃあ……百歩ひいて今殿下の匂いを嗅ぐだけでもよいです!? ……それを脳内補完するので!」
「脳内補完って」
「だって……匂いが一番忘れないんだもん?」
殿下はピタリと止まり暫く思考した後、やがて、ふわりとその両手をひろげた。
「じゃあ……おいで?」
「!!」
私はチャンスが逃がしてはならないと殿下の胸に飛び込む。
その私の身体を殿下が優しくふわりと抱きしめた。
でも、今は抱き締め合うことが目的ではない。真剣に匂いを嗅ぐのよオフィー!
まずは首や耳周辺の匂いを丹念に嗅いでいくわ。
「? 殿下はどうしてこんなにいい匂いがするのかしら……うちのお父様の耳の後ろは時にえづくほどの臭いがするのに?」
若さ。これは若さだろうか?
「木の匂い……オレンジ、レモン、柑橘系の匂い……それに大好きな紅茶の匂いにも似ているわ……?」
しかも、殿下の肌はキメ細かくスベスベで毛根すら判別不可能なのは何故?
スリスリと思わず殿下のほっぺたを頬ずりしてしまう。
!?
痛くない。
痛くないわ!?
うちの兄たちなら夕方には一部ジョリついているのに……むしろ、下手したら美のエメライン義姉上よりスベスベかもしれない!! わ〜お! ハレルーヤ!
「オ、オフィー……?」
「ツルツル……すべすべ……気持ちいい。ふふ……」
ついこれでもかと右頬、左頬とその奇跡の美肌を堪能する。
……ハッ! て、いけない、いけない。今は匂いを嗅ぐんだった!
肌の質感を心ゆくまで貪り楽しんでいる場合じゃないわ!?
真剣職人モードにチェンジ。チェンジよオフィーリア!
「あと……他に匂いが強い場所は――?」
血管が太い所だから……脇ね。うん、間違いない。ディアベルゼ純度百パーセント!
それから胸でしょ……背中……お腹……それから足のつけ根。
「……!? いや……待った! ちょっと、たんま!?」
「ん?」
ディアベルゼ様……どうしたのかしら? 顔を真っ赤にしてるわ?
「な……ななな、何で……下へ……?」
う〜ん……何故と問われましても。
「だって、下の方がよりディアベルゼ様の匂いが強い気が致します! 因みに……これは私の勘です!?」
「っ〜〜〜〜!」
だって、私の鼻に絶対に狂いは無いもの……それこそ逸品なのよ?
「オフィーリア……その辺りはその……せめて最低でも婚約してからでないと、近付けるわけには……」
「え〜、そんな〜!」
せっかく興に乗ってきたのにー!?
「本当に……君は動物なの? オフィー」
「……わん」
「動物もいいけど……良い子にしてようね? じゃないと、帰ってからこのシャツをあげられないよ」
「えっ……!?」
く、くくく、くれるんですかシャツ!?
「ブラボー、御主人様〜!」
「あ、でも条件がひとつ……」
「え……条件!?」
どんな無理難題をふっかけるおつもり!?
「もし婚約したら……僕のシャツを着て見せて? 二人っきりで……その時であれば僕の好きな場所をいくらでも嗅いで構わないよ」
そう、殿下は私の耳元甘く囁く。
え、でもそんなことでいいの?? 楽勝! あれ? むしろ私だけ得してるのでは?
「はい! 分かりました!」
「約束だよ。オフィーリア……?」
そう言ってまた不意打ちでキスされた。
「あ……殿下、駄目。人に見られちゃう……っ」
「…………さっきしていた事の方が、よっぽど人に見せられないと思うけど?」
え? どうして?
「……じゃあ、お茶も楽しんだことですし……それでは殿下。いよいよ視察の本丸へと向かうことに致しましょうか?」
そう。次はいよいよ“あそこ”へと行くの!
こうして領地視察けん初デートは、いよいよ佳境を迎えようとしていたのだった。
※更新は9/15に変更になります。




