13、【閑話】百合姫③ ヒグマ姫 ※ディアベルゼ視点
※シャペロン……社交界デビューした令嬢の介添人、世話役。主に親族の女性があたることが多い。
僕らはパレードを回ることになり、どこの店に行くかの候補をまずは決める。
その際、彼女は周りをキョロキョロしてから、行きたい店の候補を次々とあげていく。
「ホットチョコレート、串焼き、チュロス、ドーナツ、ポテト、ポン菓子、フルーツ串、真桑瓜、焼き飯、焼き麺、饅頭、牡蠣、焼肉、ソーセージ、焼きとうもろこし、それから……」
「どんだけ飢えてるんだ!? ……やめてー、うちがご飯あげて無いみたいでしょー!?」
「だってそこら中から美味しそうな匂いがプンプンするんだもん!」
「…………」
目の前で繰り広げられる兄妹漫才を眺め、彼女の様子をひたすら、まじまじと観察する。
今のところ……本当に無邪気な十代の女の子なんだよな……?
「あー! コットンキャンディー!?」
「まーた、ベタベタと邪魔になるものを……」
「グエン買ってよ〜!」
「何でお前はいっつも金欠なの? ……小遣い何に使ってんだ」
そうブチブチ言いながらちゃんと買ってあげるのだから、グエンは良い金づ……お兄ちゃんだと思う。
「ん〜〜! ふわふわ~」
そう綿菓子をキャッキャッと喜び、グエンの妹――改めオフィーリアが噛み付いている。
「ほら、ちゃんと手を拭けよ。ベタベタするんだから?」
「はーい」
……お兄ちゃん……!!
「グエンは面倒見がいいんだな?」
「下に五人もいるんで……どうにも自然と」
仕事だけでは見えないグエンの新たな一面だった。
「ディアードさん。はい、一口あげる!」
「え……」
基本的に人と食事をシェアしたことが無いため思わず戸惑う。
「コッチ側は口をつけてないから綺麗なのよ? それでも……嫌ですか?」
そう小首を傾げられ、素直に可愛いと思ってしまった。
(いやいや……冷静になれ、相手はモンスターだ)
「…………」
とはいえ、邪険にしたら機嫌を損ねるかも……僕は恐る恐る綿菓子を口に含んだ。……甘い。
「えへへ、やっぱりお祭りにコットンキャンディーは欠かせないよね!」
そう笑った瞬間、仮面ごしなのに周りがキラッと輝いた。
それも目がチカチカするくらいに……。
「じゃあ次はソーセージとポテトと焼き麺を買ってきてよ、兄さーん♪」
「調子に乗ってんじゃねーぞ、バーカ!」
「…………」
そこで僕はすっと前に出た。
「……ソーセージ、ポテト、焼き麺。他には?」
「え?」
「買ってくるよ。このままじゃグエンの財布の中身も心配だし」
それにオフィーリアが慌てた様子で両手をブンブンと振った。
「いや……駄目よ! ディアードさんにそんな迷惑掛けられないわ? ……この金づるならまだしも!」
「おい、言い草!?」
グエン。不憫なり!
「……さっきグエンから聞いたでしょ? 僕はボンボンだからお金ならかなり余裕があるんだ。どうか気にしないで!」
「それでも……」
「……というか、一人じゃ何種類も食べられないから、オフィーリアとグエンにも手伝ってほしいんだよ。……駄目かな?」
「!!」
それにオフィーリアは迷うようにモジモジとしてから、控えめに言った。
「本当に? 無理してない?」
「してない、してない!」
「じゃあ……ディアードさんと一緒に食べる!」
そう、ぴょんと跳ねてオフィーリアがにこっと笑う。
可愛い……妹って、こんなに可愛いものなのか?
正直、グエンがちょっと羨まし……って、アレ?
「こら、ちゃんとお礼言いなさい」
「ありがとうございます。ディアードさん!」
そしてやっぱり圧倒的お兄ちゃんん――!
そうした流れで、ソーセージ、ポテト、焼き麺、……ついでに焼きマシュマロや牛の串焼きや飲み物も買い、広場に設置されたテーブルへと三人で運んだ。
あれ? 僕、普通にパレードに馴染んでないか?
「あっちで結婚式やってたよ。後で見に行こうよ!」
「お、飯をたかりに行くのか?」
「ちっがうよ!」
パレードではそれに合わせて結婚式もいくつも行われるが……その際に見知らぬ人にも食事や菓子が無料で提供される。
これは結婚式で徳を積んで、二人の結婚が幸先の良いものにするための、ゲン担ぎ的な意味合いがある。
「綺麗な花嫁さんが見たいの! 白いドレスに頭にヴェール乗せて……いいなぁ〜」
「へえ……オフィーリアも結婚したいんだね?」
「え、ううん、全然? 私は結婚なんかしないもん!」
「え?」
「でも、花嫁さんは大好きよ! だって、とっても綺麗なんだもん♪」
そう言って、恐らく仮面の下はニコニコしながら彼女はポテトを「いただきます!」とパクつき、スイカジュースを機嫌よく飲んでいる。
「ま、それでもうちの男どもは反対しないだろうしな。……特にギデオン兄さんは大喜びだろ?」
「それは……かなりウザい。グエン、ギデオン兄さんに誰か女の人を紹介してよー。もう、ヤダーあのシスコン!」
「兄貴には一応、形だけの婚約者ならいるだろ?」
「でも婚約してから十二年になるのに、全然絡んでないのよ? 私は……ギデオンと結婚してお義姉ちゃんになってほしいけど……」
「…………」
やはり、貴族ゆえにすでに婚約している兄弟もいるのか?
二人はどうやらそれらしい気配は無いみたいだが――。
「というか、グエンも婚約者さんとは連絡とってるのー?」
……は?
「いいや、取ってない。というか正式に婚約解消を申し出た。俺が不能だって言って。……あっちが十代のうちに間に合って本当に良かったよ」
「は?」
は?
思わず、オフィーリアのリアルな声と自分の心の声が重なる。
「え……ふ、不能ってぐ、グエン……?」
「あ、もちろん嘘です。健康です。……だってそうでもしないと、相手にまるでケチがあるみたいに言われるでしょう?」
「どーして、どーして解消するの!?」
「だって気持ちもないのに不誠実だろ? 元の婚約者……ソフィーは器量よしで愛嬌も良くて、感心するほどの働き者だ……。十代なら結婚の話はそれこそ五万と舞い込む」
「そんな……良い人なのを知ってて、何で?」
「ソフィーがいい娘だからだ。だからこそ、いい男と結ばれるべきなんだ。――俺とじゃなくて」
「……グエンは……いい男だよ!」
オフィーリアの声が震えている。それくらい彼女にとって衝撃的だったようだ。
「兄貴としてはな……。だけど旦那には不向きなんだ」
その言葉には確固たる意志が感じられた。
それだけは何か譲れないものがあるかのように。
「あと……男どもは、って言ったけど母さんやエメライン義姉上や伯母たちが、お前が結婚しないなんて絶対に許さないと思うぞ?」
「ぐふっ!」
何か、オフィーリアが知らぬダメージを受けている。
「とくに伯母はお前の教育係でシャペロンなんだから、お前を結婚させるためなら、どんな手も使うだろうな?」
「ううう〜〜伯母上の名前を出さないでよー! お化けより、おっかないんだからー!?」
「稀代の猛獣使いだからな……」
数分の会話の中の情報量が多過ぎる。何なんだよモンディスカ!?
だが、そんな過剰気味な話にもオチがつきかけた時。
オフィーリアがピクリと反応した。
「……子供のすすり泣くような声がする」
「え、泣き声?」
「――何も聞こえないぞ?」
「ううん、絶対に泣いてる。迷子かもしれないわ!」
そう言うとオフィーリアは立ち上がり、一目散に人混みの中へと飛び出した。
な…………考えて動き出すまでノータイムとか……!?
僕もグエンもポカンとして一歩出遅れ、慌てて立ち上がる。
(シンプルか……確かに)
グエンが前にオフィーリアを『シンプル過ぎる』と評していた意味をここで実際に目にしてようやく理解する。
考えていることと行動がまさに一直線なのだ。
(―――って、動物かよ!?)
「あ……殿下……ディアード、いました!」
「!!」
そこには確かに泣いている女の子と……その前にはしゃがんで頭を撫でているオフィーリアの姿があった。
「大丈夫。大丈夫だよ!」
「「オフィーリア!」」
「グエン……ディアードさん!」
駆けつけた僕たちに合わせ女の子と手を繋ぎながらオフィーリアが立ち上がる。
「というか、お前がいなくなってどうするんだよ!?」
「ご、ごめん……」
さすがにグエンに怒られている……。
「でも、ちょっと待って……この子をほっとけないよ。……まずは話を聞こう?」
そう言ってオフィーリアは嗚咽をあげながら不鮮明に紡がれる言葉を、ひとつひとつ取りこぼさないように、真剣に耳を傾ける。
話はこういうものだった。
女の子は家族とパレードに来ていたが、そこにいつも自分に意地悪してくる男の子が現れたそうだ。
それで彼は女の子の大切な人形を奪って逃げ……それを必死に追いかけていたら、男の子も家族も見失ったという。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
「ひっ……ひっ……おにん、ぎょ……っ」
「うん、お姉ちゃんがお人形もお母さんも必ず見つけてあげる。――じゃあ、まずは手を出してくれる?」
「……?」
女の子は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったが、オフィーリアがそれを自分のハンカチで拭い。
続いて女の子に手を出させると、オフィーリアはその手を優しく両手で掴み……顔が手にぴったりとくっつきそうなほど近付け、目を瞑った。
「?」
いったい何をしているんだ?
「……なあに?」
女の子も不安気に尋ねる。
「ふふふふふふふふ……お姉ちゃんは実は占い師なのだよ! ――うん、よし、まずはお人形の方へ行こうか?」
え? 人形? ……家族を見つけるより、だいぶ難易度が高くないか……。
「あっちだね。あっち! ゴーゴー」
そう言い、オフィーリアは女の子と手を繋いで迷いなく歩き出した。
「…………」
その後ろをグエンと僕も無言でついていく。
右に行き、左に行き、坂を少し登り、やがて街路樹のひとつに辿り着いた。
オフィーリアはその周りをぐるぐると確認すると、ある一点でしゃがみ込み、近くにあった木の棒でぐりぐりと掘り始めた。
すると――。
「!! ……お人形」
女の子がオフィーリアが掘り起こした人形に飛びつく。
「埋めるなんて……ひっどいわ。なんてくそガキなの!?」
「………………」
なんで……埋まっている場所が分かったんだ?
「お人形はお家でお母さんに洗ってもらおうか?」
「……うん」
「じゃあ、次はお母さんたちの所に行こう!」
そう言い、オフィーリアはまたスタスタと歩き出した。
時々キョロキョロ下を向いたり、空を仰いだりするが、それでもその足取りには迷いがなく、彼女にだけその道筋がはっきりと見えているのが分かる。
暫くすると女の子がピクリと反応した。
「―――お母さん!!」
「ミミ……良かったっ!? どこに行っていたの!!」
母の胸に飛び込み女の子はわんわんと泣いている。
それにオフィーリアは後ろでウンウンと頷いた。
「うっふふ〜、私のきらめく才能がまた世の役に立ってしまった〜!」
「……さすがだな? つーかやっぱりお前、侍女の監視から逃げて来ただろう?」
「うっ、……な、何のことかな?」
そりゃそうだ。元々はオフィーリアこそ侍女とはぐれた迷子のはずなのだから。
こんな超能力があればすぐに侍女なんて見つかるだろう。
「まあまあ……オフィーリアもたまには羽を伸ばしたかったんじゃないか? 今日くらいは大目にみよう……せっかくのパレードなんだから」
だけど、つい匿ってしまった。
(まあ、逃げだしたくなる気持ちは自分にも痛いほど分かるし)
「そう! そうなのよ!? ディアードさん、本当に優しい〜」
いやいや、それなら……。
「いや、オフィーリアの方がよっぽど優しいよ。困ってる人をほうっとけないんだから!」
だが、それにオフィーリアはきょとんと目を見開いた。
「私、親切だけど優しくなんかないわ。だって必要なら躊躇なく人を殺せるもの」
ヒュッと息が喉に引っ込む。
「……え?」
「お前な〜、相手がびっくりするからそういう事をいきなり言うな!」
「え、だってぇ……」
ゴクリと唾を飲みこみ、手が震える。
「……人を殺したら、自分も殺されるかもしれないよ。それでもいいの?」
しかし、オフィーリアはあっけらかんと答えた。
「人を殺すんだから当然よ。誰だって死にたくないし、誰かを殺されたら死ぬほど許せない人だって当然いる」
仮面ごしなのにオフィーリアの目が真っ直ぐこちらを向いていることが分かる。
「だから、私は殺されないために強くなきゃいけないの! ……絶対に負けない!」
それは……あまりにもアッサリと出された。僕を長年苦しめ続けた生き方への答えだった。
ああ、僕の勘は間違っていない。
彼女はやはりモンスターだった。
(だから……こんなにも僕とは違う生き方が出来るのだろうか?)
殺されないために息を潜めて生きてきた僕と、殺されるのを当然としながら、同時に生き残るのを当然とし、堂々と自分を人前に晒し挑む彼女。
そこには隠れたり誤魔化す気持ちなど一切無く。
ひたすらに眩しかった。
(正直……彼女が恐ろしい)
なのにどうしようもなく惹かれていく。
(死ぬ思いで高すぎる山に挑んだり、命懸けの冒険する奴の気がしれないと、なんなら今までは馬鹿にしていた……)
だが、僕はそんな馬鹿に逆に今はなりたいとさえ思いはじめている。
「オフィーリアおっ嬢様〜〜〜!? そこですねーー!?」
そしてちょうどそのタイミングを見計らうように、モウモウと砂塵をあげながらオフィーリアの侍女がこっちに向かって突進して来た。
モンディスカ……恐ろしいことに侍女までぶっ飛んでいる。
「ギャーッ!?」
それに気付いたオフィーリアは、当然、慌てて逃げようとしたが……ガシッとグエンに腕を掴まれ引き戻された。
「THEエンド。THEエンド」
「う、裏切り者〜!」
そうして呆気なくオフィーリアは侍女に回収され……短い彼女との交流はこうして幕を閉じた。
(本当の地声も聞かせないまま、行ってしまったな……)
残念だった。彼女に正体を明かせなかったことが。
「グエン……オフィーリアの参加予定の茶会や夜会を教えてくれないか?」
「え……」
グエンがひどく驚いている。当然だ。
職権濫用も甚だしいし、彼が不愉快に感じてもおかしくない。
しかし、グエンは――。
「ま……別にいいけど」
いつもと変わらず飄々としていた。
それから十二日後のよく晴れた日。
僕はさっそくオフィーリアが参加するお茶会に赴いた。
人好きする笑顔と清潔感を心掛ける。
声をかける瞬間は……さすがに声が震えそうだった。
「初めまして……君がオフィーリア・モンディスカだね? ……僕の名前はディアベルゼ。良ければあちらで一緒に話をしないか?」
「………………」
「………………あれ?」
そこに居たのはゴゴゴゴゴっと地鳴りさえ聞こえそうなほど警戒心を露わにし、見た目は優雅に最大限に威嚇した彼女……。
(あ、ヤバい、しくった。そうだった……この子、絶対に結婚したくないんだった)
普通。用もないのに王子が見知らぬ令嬢に声などかけたりしない。
だから声をかけた時点で半分、相手を見初めたも同義。
うん、合ってるな。
さすがは彼女は野生の勘が冴え渡っている。
……て、そんなの関係なく、普通に貴族の常識か?
それにしても世の中というのは皮肉がきいている。
かつて彼女との婚約を打診されないよう……距離を置いていた僕が、逆に今こうして彼女に迫ろうとしているのだから。
本当、過去に戻って何も知らない当時の自分に、教えて笑ってやりたいくらいだ。
「うふふ、そんな……他の人を出し抜いてそのようなことなど出来ませんわ。それもあろうことか……“黄金の王子”と呼ばれるディアベルゼ殿下とだなんて、畏れ多い」
「またまた……“百合姫”と呼ばれる貴方に比べれば、僕など塵芥です。……どうか、そんな僕に一時の情けを与えては下さいませんか?」
「またまた……! 太陽は月でも隠せませんのよ? それを塵芥だなんて……無理がありますわ。近付けば私など簡単に干上がってしまいます!」
「――ああ、じゃあやはり飲み物が必要ですね? そのままだと花が枯れてしまう。では、一緒に参りましょう!」
「ぃぃや、だからっ……! あ、まあ、うふ、ウフフフフッ」
獣が漏れ出てますよ? オフィーリアさん。
出だしを間違えて彼女にはいきなりひどく嫌われてしまったが……だからといって引く気も無い。
だって絶対にその他大勢になりたくないんだ。
(嫌われてるのに、何故だろう? 何だかすごく楽しいや)
こうして、この日を境に僕たちの長い長い追いかけっこが、この時はじまったのだった。




