12、【閑話】百合姫② モンスター ※ディアベルゼ視点
「…………」
先日、ある一人の少女に僕は殺されかけた。
別に毒を盛られたわけではない。
「グエン……君の兄弟に妹を含め“ロード”はいるか?」
「え? ……殿下もご存知でしょう。モンディスカは純粋なる“リミッター”脳筋家系だって?」
「…………」
ということで“ロード”関連の呪いの可能性もゼロだ。
(じゃあ……純粋に目が合っただけで殺されかけたのか? あり得ない!)
「だとしたら……僕が脆弱すぎないか? 壁に当たったら死ぬガガンボかよ?」
思わずあの針金のような蚊に似た……そよそよと頼りなげに飛ぶ虫と自分自身を重ねてしまった。
(というか殺されかけて以来、彼女のことが頭から離れない……)
それも当然だろう。
死ぬのを何より恐れる僕を視線だけで死の間際に追い込んだんだ。
絶対に近付いてはならないモンスターと変わらなかった。
(「見るな」「考えるな!」……と、思うほど考えてしまう人間の脳の仕組みよ……)
禁止されるほど人は近付きたくなるものらしい。
思わずため息が出る。
「頼む…………いっそ遠く海外に嫁いでくれー」
「何の話ですか?」
そう言われグエンを見る。
短い灰銀色の髪。瞳は菫色よりより深く、群青色に近い。
これら髪色などはともかく、顔は……似ているか?
グエンは男男した顔立ちで、目と眉が近く、彫りが深いこと以外は彼女に似た要素は見受けられない。
だって彼女はもっとこう……。
「って…………ぬわぁに、また考えてるんだ。この!? 悪霊退散ッ!!」
「殿下、大丈夫ですかー? あ、医者呼んできましょうか?」
自分でも自分がまともとは思えないよ!?
くっそー……どうなってるんだよ。この脳ミソは!
「そうだ。もうすぐパレードだし……殿下、よければ一緒にパレードに行きません?」
「は? パレード」
「殿下……最近、切羽つまってるからさ、“自分じゃない誰か”になって遊んだほうが良いかもなって? 俺と一緒なら防犯的にもイケるでしょ?」
「…………」
パレードとは……変装や仮面をして、身分、老若男女、民族、国籍など一切関係なく誰とでも歌い踊って、豊穣を祝うこの国の大祭のことだ。
この時期にあわせて行われる結婚式も多く。
道行くだけで菓子や食事のフルコースさえ振る舞われ、一年の中でも最も盛り上がるイベントの一つにあたる。
「男同士で? ……ちょっと、潤いが足りないんじゃないか」
「……殿下でもそういうの気にするんですね。じゃあ分かりました。ナンパしましょう。ナンパ!」
「ナンパって……」
「別に変なことしないで、一緒にご飯食べて踊って遊ぶだけなんだからいいでしょう? あまり深く考えずに」
「…………」
確かに……最近、自分で自分の首を絞めている自覚はある。
気付けば遊びらしい遊びなどもせず……なるべく人目に自分を晒して危険を遠ざけようと、大使やら国賓やら使節の相手を朝から晩までやっている。
「というか……そうやって、まめまめしく目立って評価もうなぎ上りだから、逆に前より目をつけられているのかも……?」
「…………!?」
それは……そうかも!?
「……殿下の異能を本気で使えば、命を狙われる可能性もぐっと減ると思いますけど……」
「止めてくれないか。……僕は、この力をあまり使いたくないし、知られたくもない」
それに異能も使いすぎれば命を縮める。
なにしろリミッターもロードも“命を生贄にした祝福”なんだから。
「殿下は俺と少し似てますね……。省エネ主義者で」
そうかな? グエンと違ってただ臆病なだけだと思う。
情けないよ。
これで一国の王子かと思うと。
はあっとため息が出た。
確かに少し遊んだ方がいいかもしれないな?
「――仮装と仮面の準備を頼めるかな?」
「お! はいはい、おまかせあれ〜」
命のことばかり考えると気が滅入ってくる。頭をクリアにしなくては……。
そうして、パレード当日はすぐにやって来た。
「殿下。このアメを舐めてください。一粒で二、三時間は声が変えられます」
「へえ、便利なものがあるんだね」
「はは、知り合いのロードのばあさんがこういうの作るの得意なんですよ。……あ〜、あ〜、ほら、変わった」
「え、すごい、何その即効性!?」
さっそく舐めてみる。カラコロ。
あれ? 舐めてから気付いたけど……毒だったらどうしよう。
「あ〜あ~」
「お! 変わった変わった!」
「…………」
嫌だな……グエンすら疑うだなんて。
ここまで命をさんざん救ってもらって、そんな奴じゃないのは当に分かっているはずなのに……。
「じゃ……行きましょうか!」
「……ああ」
そうしてパレードに向けて街へと降りた。
さすがの賑わいで、様々な格好をした人が街に溢れている。
化け物のようなものから、際どい格好のもの。
顔やボディペインティングしたものや、被りものまで様々だ。
「ん〜殿下、まずは誰に声かけましょうか?」
「というか、声も格好も怪しいのに……女性が付いてくるだろうか?」
「いや、大丈夫でしょう? 貴方は麗しの顔が隠れていても……イケメンオーラと育ちの良さが匂い立つようですよ」
それは……むしろグエンの方じゃないのか?
僕より背が高いし、衣装を着ていても胸板の厚さと二の腕の太さ。
引き締まった身体付きはかなり目立つ。
実際、顔も見えないのにグエンを見てキャーキャー言ってる娘とすれ違った。
(……僕も、少し鍛えようかな? 最近、剣術や鍛錬も、公務にかまけてだいぶさぼっているし)
なんだか、思わぬコンプレックスを刺激された。
別に腹はたるんじゃいないが……。
「殿下は、どういうのがタイプなんですか?」
「は……タイプ?」
「まさか二十二にもなって、誰とも付き合ったことが無い童貞じゃないでしょう?」
「そういう言い方は余計な敵を作るよ。グエン」
いやまあ、童貞じゃないし、付き合ったことはあるけど、タイプ……タイプか。
「じゃあ髪が長いのと、肩くらいのと、短いのなら?」
「長いの」
「チリチリ、ウェーブ、ストレートなら?」
「ウェーブ」
「色白、褐色……?」
「どちらかといえば色白、まあ、肌色関係なく血色良くてツヤがある健康的な肌が良いな」
「胸のでかさ」
「……まぁ、無いよりはあった方が正直。楽しいかなと?」
……って、何をいったい言わされてるんだ!?
「いや、何で僕ばかり答えなきゃならないんだ!? そういうグエンこそどんな子がタイプなんだよ?!」
「え……俺?」
と言って答えないかもしれないな〜。コイツの場合。
「めちゃくちゃ頭が切れて、隙のない女」
いやいや、答えるのか。しかも想像以上に具体的だな!?
「それはまた……どうして?」
それにグエンは、んーっと唸りながら腕を組む。
「……何でも『はいはい』いう子とか、素直すぎる子って……最後には責任を男に丸投げしませんか? 『貴方の言うとおりにしたのに、ひどい!』って、あと、やっぱり不満を常にためているというか?」
「…………」
それは予想外なほどまともな答えだった。
「それにやたらセクシーでしょ? 頭のいい女って!」
「あまり、頭の良し悪しで人のことを考えたことがないから、僕にはピンと来ないな?」
「そっかー」
そうグエンが肩を竦めるが、初対面で頭の良し悪しってそもそも判別つくのか?
その時、人混みの奥がザワザワと騒がしくなった。
「い゙やぁ、ひったくりよー!? 誰かーっ!!」
ひったくりと聞いて、グエンに目配せする。それでグエンが走り出そうとした瞬間。すぐ横を突風が駆け抜ける。
「――待ちなさい。この、泥棒っ!!」
パァンと、鉄砲玉のように一目散に飛び出したそれは、人間の速さを超えていた。
(なんだ、あの速さは――!?)
その後、風が走り抜けたその先を見つめていると、ワッと人込みから歓声が上がる。
――どうやらひったくりは無事に捕まったようだ。
「はいはーい……このバッグの持ち主さーん、いますかー?」
「あ、はい、わたし……私です!」
ひょいひょいと人混みを抜け、現れたのは灰銀の三つ編みに、猫か狐の様な上半分の仮面をした女の子……。
「どうぞ〜、……中も無事かしら?」
「え……と、はい、な、中も無事ですわ!」
「そう、良かった〜!」
朗らかな明るい綺麗な声。
それは人柄をそのまま現すようだった。
そんな彼女にグエンがおもむろに近付く。
え、まさか今ナンパする気か、グエン!?
「おーう、苦しゅうない」
そう言ってグエンは馴れ馴れしい様子で彼女の肩を抱く。それに違和感を覚えた彼女がバッと振り返った。
「げっ、グエン!」
え? 知り合い?
「さすがは百メートル七.二秒。やるじゃんか妹よ。うむ、誉めて使わす!」
「いや……何もしてないくせに、自分の手柄みたいに偉そうにするな!? というか、その声なに!?」
………………い、妹?
「あ、そうだ。グエン……お兄ちゃん。お小遣いなくなったから。お金チョーダイ!」
「我が妹ながらどんな育ち方してんだ、お前は? ……俺を何だと思ってんの?」
「金づる」
「即答かい!」
「え……と、グエン?」
「あ、失礼しまし……すまん、コイツ妹なんだ」
グエンが僕の正体を隠すため、あえて馴れ馴れしい態度を取る。
……恐らくごく親しい友人という設定にするためだろう。
「……誰?」
小さな卵型の顔が不思議そうにする。
鮮やかな小さな唇がきゅっと引き結ばれ、知らない人物に警戒しているようだ。
「……“ディアード”。こっちで友達になったんだ。実家は商いをしてるボンボンだよ」
「は、初めまして……“ディアード”です」
いやいやいや……この子は自分を苦しめたあのモンスターだぞ!?
接触しないと決めたのに、何を挨拶してるんだ僕は?
「……じゃあ、貴族じゃないのね?」
はい、王族でーす。
「な〜んだ、警戒しちゃった! 貴族ならイメージを守らなきゃいけないから……思わず焦ったわ? ごめんねディアードさん。変な態度とっちゃって!」
「は、ははは……よくは知らないけど、大変なんだね?」
「うん、そうなの……面倒くさいったら! あ、私はオフィーリアです。どうか気兼ねなく呼んで下さい」
なんか……めちゃくちゃ普通に人懐っこい子だな。
「ところでオフィーリア、連れの侍女はどうした?」
「人混みではぐれちゃった……まあ、でも都の屋敷に戻れば会えるし、大丈夫でしょう?」
「いや、あっちも心配してるだろうから黙って迷子センター行っとけよ」
「え〜!? まだ、何も食べてないのに!」
「何でそれで金無いんだよ?」
そんでもって普通にめちゃくちゃ仲の良い兄妹だな。
「……グエン。このまま一人で帰すのも防犯から鑑みて心配だし、暫く一緒に行動したらどうだろう? ……もしかしたら探している相手にもそのうち会えるかもしれない」
「え、いいんですっ……いいのか?」
「ああ」
何で自分でもこんな事を言い出したのかは、分からない。
「えへへ、やったー! ……ディアードさんもお腹空いていたりしますか? 何が好き?」
でも、逃げてばかりで、いつまでも恐怖に怯えているのも違うんじゃないか?
(……恐怖はほとんどの場合、知らないことによる不安からやってくる。それならば――)
「まだ僕らもお店をよく見てないんだ。とりあえず、この辺りをぐるっとしない?」
「OK! それで行きましょう。それでは、レッツゴー!」
「……何でお前が仕切ってるんだよ、オフィーリア!」
(徹底的に解剖……分析してやる――!)
こうして僕らは行動を共にすることになったのだった。




