11、【閑話】百合姫① ※ディアベルゼ視点
初めて彼女を見かけたのは一年半前の王宮でのデビュタントデビューした令嬢を招く、晩餐舞踏会の席のことだった。
「まあまあ、ご覧になって……なんて美しい少女かしら!?」
「銀灰色の長い髪……ああ、ではきっとモンディスカ辺境伯の末のお嬢様ですわ。きっと」
華々しく社交界デビューする少女たちの中。
一際輝く銀の星の様に……人々の視線が吸い込まれ集まる。
その目も覚めるような美しい少女に誰もが噂をした。
銀灰色のウェーブがかった長い髪は歩くごとにシャンパン色の光を反射し、まるで狼の毛並みのように気高く。
瞳はこれまた珍しい菫色だと周りが色めきだった。
(モンディスカの兄弟は美形揃い……その妹が美人でも、まあ不思議は無いか)
モンディスカは強い。
歴史も血統も力もトップ三本の指に入る名門中の名門だ。
昔、遺伝学の教授が強い遺伝子を伴侶を探す上で人は美しいと感じると言っていたが……。
実際、モンディスカはそれを証明するように兄弟全員が、異能者の“リミッター”。
強いから美しいのか、美しいから強いのか――鶏が先か卵が先かみたいな話になるが……モンディスカを見る限り、教授もデタラメを言っていたわけではないようだ。
(まあ、僕にはモンディスカが美しかろうが醜かろうがどっちでもいいけど……)
何しろ美しい女性なんて山程いる。
今は噂になっている彼女も、来年の今頃には新たな目立つデビュタントに、その地位を譲っているに違いない。
(でも、モンディスカ程の地位の娘だと、妃候補にと周りが勝手に騒ぎそうだな。面倒だから、ちょっと離れておこう……)
どうでもいいと思った。
恋愛や結婚より、その時は自分の問題の方が重要だったから。
(馬鹿な死に方はしたくない。……頼むから長生きさせてくれよ)
人は子孫を残すのが本能だというが、それより先に生き残るのも本能。
僕はただ……ただ生き残りたかった。
「本日より殿下の影より護衛に当たります。グエン・モンディスカです」
(モンディスカの名をやたら最近は聞くな……)
というかこれ、オフィーリア・モンディスカとの縁談のまさか布石じゃないよな……?
「いきなり来て、隊長とはこれは驚いたな?」
「王弟殿下の元、下積みを六年しておりました。また、モンディスカでも何度か前線に立っておりましたので」
「そうか……つい変な勘繰りをしてしまったよ。すまない」
叔父上は完全なる母上のシンパ。
母の母国で叔父上が手広く商売が出来ているのは、ひとえに母の口添えと強権があってこそだ。
――利害が一致している。
ならとりあえずは心配は無いか?
「これから宜しく」
そうして彼は表向きは貴族の友人という形で、……実際には非公開の影の前衛ポジションの護衛についた。
グエンはたいへん優秀な男だった。
いきなり来て隊長になる事を不満を持つ者も最初こそいたが……彼はそれを実力で難なくねじ伏せた。
暗殺者をいち早く排除し、時に自ら拷問して尋問し、証拠隠滅すら完璧。
人が嫌がるリスクの最も高い仕事を、誰よりも飄々とこなしていたのはグエンだった。
「!? グエン……口の端から血が出ているぞ」
「あ、すみません。さっき毒見した毒が体内に残っていたみたいです。げほげほっ」
「は?」
「あ、今の食事なら大丈夫ですよ? ……あと、やりやがった給仕もボコって三階から投げときました」
いや、飄々と淡々としすぎだな!?
「というか……なんで、毒慣れなんか……?」
「俺の“リミッター”と合わせると攻撃効率が良いんですよ。だから人間が飲んじゃいけない毒も割といけます」
聞けば農薬や虫殺し、カビ止めの類も飲んだりするらしい。
いやいや……控えめに言って、死ぬぞ?
「あー……俺、育ちのせいかそういう基準が変にバグってて……、自覚はあります。気ぃつけます」
軽いな……。命が自分のも含めて軽い。
なんか僕の悩みがグエンを見てると、自然の摂理に反しているような錯覚さえ覚えるな。
て、いや……いやいや、いや? 僕は正常、正常だ。しっかりしろ!?
……とにかく、何度も窮地を救われたのことと歳が近かったことで、次第に互いの話し方も砕けていき、気楽な友人のような間柄に変化していった。
またグエンの存在は、無駄に警戒していたモンディスカを好意的に見るきっかけにもなり……色んな話を彼から聞いているうちに、興味が湧いた。
「……今度、モンディスカの風土記でも取り寄せようかな」
「うへ〜マジですか? 物好き〜。……止めた方が良いですよ。時間の無駄だから」
「はは……ドライだなぁ。普通、王家が自分の家に関心持ったら喜ばない?」
「俺……出世欲とかあんまり無いんで」
「誰よりも仕事をしているのに?」
「まあ、実家にはあんまりいたくないんですよ。その……好き過ぎて。仕事を真面目にしてれば、とりあえずここを追い出されないかなって、思ってます。……だから追い出さないでね?」
「?」
(好きなのに離れたいのか……変わってるな。出世欲は無いけど自立心はあるってことか?)
「君が居たいだけいればいいよ。変わり者」
「……あざっす!」
本当。変なやつだ。
「あ、殿下。今度の金曜日は休んでもいいですか?」
「いいけど……君から“休み”の単語を聞くのは何だか違和感がひどいな」
「ああ、俺、ここ半年くらいは休んでなかったから……確かに?」
ん?
「え……超ブラック。それはもはやブラックホールだよ……言ってくれよ!?」
「? いや、官舎暮らしだから帰ったら飯あるし、掃除、洗濯してくれるし……え〜……基本いりますか、休みって?」
おい、やめろ。
その論理だと世のほとんどの妻帯者と実家暮らしを敵に回すことになるぞ?
「貴族のはずなのに、貴族と同じ宇宙に生息していると思えない。……いるよっ!」
貴族なんて基本、三六五日休みで「週末? 何ですのそれは?」と労働などしたことが無い者がほとんどだというのに……名門貴族出のくせに!
「へえ〜休んでないとそれが当たり前で、身体が楽っちゃ楽なんですけどね?」
「バグってる。圧倒的にバグってる……」
どうなってんだ、モンディスカ?!
「あ、で、話戻すと舞踏会で妹のエスコートしないといけないんです。兄弟命令で」
「妹って……あのこの間デビューした?」
「です。です。そのうちの一番下のチビ。……だからか、他の兄弟が心配してて……変な虫が付くんじゃないかって」
変な虫って……そもそも舞踏会には未来の伴侶を探しに行くんじゃないのか?
「まあ、アイツも顔だけはそこそこ良いから、確かにつけ回されたりは少なくないんですよ。……まあ、何より相手のためにも安全弁は必要かなって?」
「へえー……」
あの子はずいぶん家族に愛されているんだな。
七人も兄がいるし……やはりチヤホヤ大切に育てられたのだろうか?
「あ、殿下にもご挨拶させましょうか」
そうグエンに言われ、思わず身構える。
「いや……僕は大丈夫」
するとグエンが胸を撫で下ろした。
「うっわ、良かった〜! 正直、やるとしたら超面倒くさいから断ってほしかったんですよ〜。さーすが殿下!! ありがてぇ」
「おい」
何だろう。
確かにこれで良かったんだが……まるで告白もしてもないのに振られたような気分だぞ……?
「殿下はエヴァンジェリン嬢とご参加ですか? それともキアラ嬢? あ、ヒメナ嬢もいたか」
「…………」
ため息をつく。
何処からが敵で味方か……味方だとしても、なら、僕に何を何処まで出させるつもりなのかと想像すると、それだけでぐったりと疲弊する。
いや、分かってるさ。
彼女たちだって自分の立場があり、家のために尽くしている被害者なんだってことは……。
しかし、この先も僕はずっと誰かの顔色を伺いながら生きていくのだろうか?
……そこまでして生きなければならない意味は? そんな人生に果たして価値は?
「いけない……最近、身を守ることばかりに集中して相当、頭がキているみたいだ」
生きるのが、もういいやと投げやりになるだなんて……どうしてしまったんだ、僕は!?
「……美味いもんたらふく食べて、身体を温めて、よーく寝てください。脳の疲れは馬鹿にできないです」
「グエンありがとう。……だけど君に心配されると、いよいよ末期な気がしてくるよ……?」
半年間も命懸けの仕事を休まず、窓から水を捨てるみたいに人を投げる男に心配されてしまった……。
え、僕ってそんな危険な状態??
「殿下は考え過ぎなんすよ。うちの妹を見るといい。恐ろしくシンプルだから!」
「…………」
何だか……彼女は世間と家族では、ずいぶん見え方が違うみたいだな?
というかグエンはさっきからいい加減ひどいぞ。
たった一人の妹だろうに?
「あいつ、物でも何でも説明書読まないでぶっ壊すなんてしょっちゅうですよ。……でも、人間に対してもそれくらいで大丈夫です。案外、人間は丈夫だから」
「丈夫って……」
「ほら、鎧、服、肉、脂肪、骨、内臓と固いのから柔いもの……ついでにベタベタした脂まで交互に詰まっているから、盾にするとかなり重宝するでしょう? 丈夫。丈夫!」
「…………」
グエンに『肉の盾』を例に励まされ、さすがにスンと冷静になる。
なんかもう全部あほくさい……とりあえずエスコート相手はあみだクジで決めることにしよう。
嫌なら相手も断るだろうし……。
「………………シンプルな人間。か」
それは、僕とどう違うんだ?
「…………」
まあ、関わることは無いけれど。
そうしてそれから数日がたって、金曜日になった。
「ディアベルゼ殿下……本日は宜しくお願い致します」
「急なお誘いなのに、引き受けてくださりありがとうございます。キアラ嬢。……本当は他の方がエスコートをする予定だったのではありませんか?」
「いいえ、いいえ大丈夫ですわ! 殿下のお誘い以上の予定なんて私にはございませんから!?」
「…………そ。そうですか。……なら良かった。本日は楽しみましょう」
「ふふふ、ええ……もちろん!」
キアラ嬢は大変ご機嫌だった。
もしかしたら僕に対する好意が多少はあるのかもしれない。
それはお互いにとって良いこと……なんだよね。たぶん?
「………………」
今のところ、変な視線は感じないか。
でも、今日はグエンもいないし警戒は怠らないようにしないと……。
「あっ、ディアベルゼ殿下」
「キャーッ、ディアベルゼ様!」
「ご機嫌よう、ディアベルゼ殿下!!」
舞踏会場に入ると女性陣が集まってきてあっという間に囲まれた。
その数、十人は下らない。
(この中に……もしや暗殺者が……!?)
シャンパンを貰ったが、緊張からまるで味がしないし、まったく酔えない。グロッキー。
王族の礼儀を保ちつつ、柔和に微笑んでウィットに富んだ会話で盛り上げつつ……ひたすらに警戒をする。
そんな曲芸師みたいなことをこの王子がしていると、この場の誰が知っているのか?
おかげで脳内カロリーがガンガンに削られる。
ヤバい……別の意味で死ぬ。
「キアラ嬢。さっそく踊りませんか?」
よし、ここはさっさと戦線離脱だ。
「ええ、もちろん!」
キアラ嬢はそう返事をすると見せつけるように、集まった女性陣全員にわざとらしい笑顔を送る……。
それに彼女たちは引きつった表情になっていた。
彼女たちの自然な表情を見るに……とりあえず、あの中に暗殺者は居なかったようだな。
よかったよかった。
「あら、見てみて、ご覧になって――グエン様と百合姫様よ!?」
……百合姫?
「モンディスカの血は罪深いわ〜。……あんな美しい兄妹を生み出すのですから」
振り返ると、今まさにクルクルとワルツを踊る二人が目に飛び込んできた。
「…………」
やはり目を奪われる……なんて引力だ。
いいや、でも違う?
……もとの姿形もそうだが……動きのキレや姿勢が他と段違いだから目が奪われるのではないか?
まるでトップダンサーのようなあまりの無駄のなさ、滑らかさ、強弱の効き。
これは……あのグエンがダンスをリードしているからなのか?
「殿下、殿下。私たちも!」
「―――ッ、はい、そうですね。参りましょう」
ホールへと一歩、キアラ嬢の手を取り滑り出る。
すぐ近くにはモンディスカ兄妹。
別にこんなことダンスホールでは当たり前のことなのに……僕は何故かドキドキといつもより高揚していた。
距離は二メートルも離れていない。
僕はキアラ嬢に微笑みかけながら、進行方向を確認するふりをして、グエン達をチラリと見た。
その時だ。
僕の目と彼女の目がガッチリと合ったのは……。
「…………!」
皆が絶賛していた菫色の瞳は確かに高純度の水晶の様な透明感があり、その中に星の様な光が瞬いている。
「…………」
だが何より、ドキリとしたのは……その芯に計り知れない生命力がドクドクと流れていたことだ。
恐ろしい。
何て生々しいんだ。
まるで一瞬、野生の野獣と目が合った時のような緊張感が一気に身体へと走り、鳥肌がたち、背中にはぶわっと汗が噴き出す。
(――――喰われるッ!)
本能的にそう感じた。
あと、一歩でも近付けば僕はきっと殺される。
彼女に皮膚を破られ、肉を引き千切られ、絨毯は僕の血で真っ赤に染まり、骨をしゃぶられ無造作に折って玩具にされる。
そんな走馬灯の様な映像がいっきに脳みそにぶち込まれた。
(助けて――!)
だけど目を離しちゃ駄目だ。
獣から目を離せばあっという間に襲われてしまう――!
「………………」
だけど僕より先に彼女がプイッとそっぽを向いた。
それはまるで肉食獣が強者ゆえに時々示す気まぐれによく似ていて、お前になんか興味が無いとばかりに反対側にクルクルと行ってしまう。
「………………」
ドキドキと綱渡りを終えた後みたいに心臓が早鐘を打っている。
それはトキメキとは程遠い……生き残ったことによる安堵だった。
(何なんだ……あの子は?!)
百合姫だって?
アレを皆は百合姫というのか……?
あんな恐ろしい野生そのものを!?
「殿下。ひ、ひどい汗ですわ。どこか具合が悪いのではなくて……?」
「あ、すまない。確かにちょっと身体の調子が……」
「まあ大変!? 壁際の椅子に移動いたしましょう!」
キアラ嬢の気遣いで壁際に行き椅子に腰を掛けたが、僕は一向に具合が良くならず……その後、医者を呼ばれ、ベッドへと運ばれ熱を出した。
そうして僕は三日間、酷い高熱と悪夢にうなされ、まさに生死を彷徨い寝込むことになったのだった。




