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夜空を宿す石


いつも『白日の石刻 -Claris Epitaph-』を読んでいただき、本当にありがとうございます。



今回は、クラルとステラが中央都市ミラで過ごす、少し穏やかな一日のお話です。


物語の合間のひとときを、ぜひ一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。



次の日。


前日の出来事が嘘だったかのように、中央都市ミラには穏やかな朝が訪れていた。


国家図書館。

ノア。

そして、あの石本。


考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうな話だった。


それなのに街は、何事もなかったかのように朝を迎え、人々の声と馬車の音で賑わっている。


昨夜は、街の冒険者ギルドが営む酒場で食事をした。


ステラおばあちゃん。

シグ。

ガレフ。

そして、ノア。


なんとも言えない顔ぶれだった。


昨日まで知らなかった秘密を、クラルはたった1日で知りすぎてしまった。



みんな優しかった。


けれど、どこか言葉を選んでいるようにも見えた。


そんな空気の中で助かったのは、シグだった。


シグだけは、いつもと変わらなかった。


「ジジイ、その酒、三杯目だよな?」


「まだ二杯だ」


「いやいやいや、絶対三杯目だから! もうそれくらいにしとけって!」


「若造が、年長者の楽しみに口を出すな」


そんな二人のやり取りのおかげで、張り詰めていた空気も、少しずつほどけていった。


そして、何より予想外だったのはーー


ステラおばあちゃんが、とんでもない酒豪だったことだ。


「若い頃はねぇ!」

「ほう。それは興味深い」

「なら聞きな!あれは二十年ほど前ーー」


気づけばステラとガレフはすっかり意気投合し、二人だけで大いに盛り上がっていた。


クラルは途中から、難しいことを考えるのをやめた。


ステラとガレフを中心に、シグが酒を止め、ノアが静かに料理を取り分け、クラルも笑いながら話に加わった。


あんなにたくさん笑ったのは、久しぶりだった気がする。



――そして、一夜が明けた。


少し遅めに目を覚ましたクラルは、ステラと二人で街へ出た。



中央都市ミラ。


王都に次いで栄える、アルセリア王国最大の都市。


ただ歩いているだけでも楽しかった。


何よりおばあちゃんと二人で街を歩いているのがクラルにとってとても嬉しかったのだ。



子どもが魔法で飛ばしたシャボン玉が春風に流れ、橋の上では吟遊詩人が穏やかな歌を奏でている。


屋台からは串焼きの香ばしい煙が立ちのぼり、水路では小舟がゆっくりと行き交っていた。


遠くで教会の鐘の音もかすかに聞こえる。


通りに並ぶ露店には、色とりどりの品が所狭しと並べられていた。


美しい魔石をはめ込んだ魔道具。


禍々しい魔素を帯びた武具。


見たこともない装飾品。



「へぇー……」

クラルが目を輝かせて立ち止まっていると、少し先を歩いていたステラが振り返った。


「クラル!」手招きをする。


「こっちへおいで」

「何?」


「何か買ってやるよ」

ステラが指差した先には、一軒の宝石店があった。


磨き上げられた窓の向こうで、いくつもの宝石が朝の光を受けて輝いている。


「アンタも、そろそろ大人になるんだからね。指輪の一つや二つ、持っておきな」


「はぁ?」

クラルは眉をひそめた。


「この前、私のこと赤ちゃんって言ったよね?」


「それとこれとは別だよ」


「別なの?」


「うるさいねぇ。買ってやるって言ってるんだから、ありがたく貰いな」


おばあちゃんは理不尽だ。


でも、少し嬉しかった。



「カランコロン」ベルの音が店内に響く。


店へ入ると、ガラスケースへ朝日が反射している。



木の床が小さく軋み、白い手袋をはめた店主が静かに会釈する。


魔法の回転台の上では、宝石がゆっくりと光を受けて回っていた。



ステラは並べられた指輪を一つずつ眺めていった。


やがて、その中から一つを手に取る。


深い青色の石。


その中には、星屑のような金色が散りばめられていた。


まるで、夜空をそのまま小さな石の中へ閉じ込めたようだった。


《ラピスラズリ》


クラルは見た瞬間、目を離せなくなった。


「綺麗……」

思わず声が漏れる。


けれど、すぐに我へ返った。

「でも、いいよ。こんな素敵なの、私には似合わないし……」


「これでも安い方さ」

ステラは鼻を鳴らした。


「ラピスラズリは、下手な魔石よりよっぽど役に立つんだよ。それに、気に入ったんだろ?」


そう言うと、クラルの返事も待たず、半ば強引にその指輪を中指へはめた。


「ちょ、おばあちゃん!」


「動くんじゃないよ」



指輪は、驚くほどぴったりだった。


「クラルは星空が好きだろ?」


クラルは窓際へ歩く。


朝日へ手をかざす。


青が透ける。


中の金色だけが揺れる。


指を少し動かす。


星が流れたように見えた。


青い石の中で、金色の粒がきらきらと揺れている。


「……綺麗」


「お嬢様に、とてもよくお似合いです」

店員の女性が微笑んだ。


クラルは少し照れながら、もう一度指輪へ目を落とす。


するとステラが、普段より少しだけ真面目な声で言った。


「見た目だけじゃないさ」

「え?」


「アンタの《白日の石刻》は、力が強すぎるんだよ」


クラルは首を傾げた。

「強い?」


「アンタの力は、《昼》の力だ」

ステラは青い石へ目を向ける。


「記憶も、想いも、隠された真実さえもーー全部、白日の下へ引きずり出す」



その言葉に、クラルは昨日の石本を思い出した。


黒い髪。

黒い瞳。

自分によく似た少女。

――あなたを待っていた。


胸の奥が、わずかにざわめく。


「それだけ強い力なら、使うアンタへの負担も大きい」


ステラは指輪をつけたクラルの手を取り、その青い石を指先でそっと撫でた。


「ラピスラズリはね、夜空を宿す石とも呼ばれている」


「夜空……」


「昼の光が強すぎるなら、夜が包んでやればいい」


ステラの指が、軽く石を叩く。

「この石が、アンタの中で溢れそうになる力を、少しだけ受け止めてくれるはずさ」


クラルは指輪を見つめた。


光の角度が変わるたび、石の中の星が瞬いているように見える。


「よし」

ステラは満足そうに頷いた。


「きっとこの石が、アンタを幸せな方へ導いてくれるよ」


クラルは何度か瞬きをした。

「……おばあちゃん?」


「なんだい」


「おばあちゃんって、そんなロマンチックなこと言うんだね?」


「あれ? いつもだけど?」

即答だった。


クラルは思わず笑った。



ーーそれから。


テラス席へ運ばれてきた紅茶のいい香りと湯気越しにも、ラピスラズリは静かに輝いていた。


中央都市ミラを象徴する水路では、さらさらと流れる水音が石畳へ心地よく響いている、その水辺を歩いたときも。


小道具屋で珍しい雑貨を眺めているときも。


クラルは何度も、買ってもらった指輪を見つめた。



手を動かすたびに、深い青の中で金色の光が揺れる。


本当に、中指の上に夜空があるようだった。



気づけばクラルは、何度もステラの腕へしがみついていた。


「おばあちゃん、ありがとう」


「離れな」


「ありがとう」


「離れなって言ってるだろ」


「大好き」


「押し剥がすよ」

そして本当に、額を押されて引き剥がされた。



楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。


建物の隙間から差し込む夕陽が、水路を橙色に染めている。


昼間は騒がしかった通りにも、少しずつ夜の気配が近づいていた。


クラルは隣を歩くステラの腕へ、今度は怒られない程度にそっと自分の腕を絡めた。


ステラは何も言わなかった。


ただ、振りほどくこともしなかった。


明日の朝には、リトスフェル村へ帰る。


昨日知った秘密も。


自分を待つという少女のことも。


まだ何一つ分からないままだった。


それでも。


空には、少しずつ一番星が輝き始めていた。


クラルはラピスラズリの指輪へ目を落とす。


指先にも、小さな夜空があった…



その石が、これから彼女をどこへ導くのか。


このときのクラルは、まだ知らない。




白日の石刻 《リトグラフ・ヴェリタス》

それは、死者が最後に綴る、生者への手紙。



最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


今回は少しだけ物語の足を止めて、クラルとステラの穏やかな時間を描いてみました。


皆さんのお気に入りのシーンや台詞があれば、とても嬉しいです。


次回の更新も金・土・日 20:10 を予定しています!


物語は再び動き始めますので、ぜひ楽しみにお待ちください。


「え?」ってなりますよww


「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや★★★★★での評価で応援していただけると、とても励みになります!


それでは、また次回お会いしましょう!


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