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踊るマフィンと惚れ薬

今回はクラル、ノア、シグの三人が魔法都市マジラフでお菓子作り体験へ!


歩くマフィンに、感情で色が変わるクッキー。


そしてなぜか、今回も一番大変な目に遭うのはシグです(笑)


日曜日のお休み前に、三人の騒がしい一日を楽しんでいただけたら嬉しいです♪


少し遅く起きた翌朝ーー


「お菓子作り体験に行くよー!」


「クラルは朝から元気だな……」


「昨日から楽しみにしてたもん!」


クラルはすでに準備万端だった。


外套を羽織り、鞄を肩にかけ、今すぐにでも飛び出せそうな勢いだ。


その隣では、ノアもどこか楽しそうに髪を整えている。


「焼いたら歩くんだよね?」


「そうみたい。チョコマフィン!」


「……食い物が歩くことに、なんでそんなに抵抗ないんだよ」


シグだけが、まだ納得していない。


「魔法都市マジラフだからね!」


「それで全部済ますなよ。その解釈、便利すぎるだろ!」


三人は宿を出た。



――


外へ出ると、少しひんやりとした朝の風が頬を撫でた。


昨夜の賑やかさが嘘のように、朝のマジラフはまだ少し眠たそうだった。


けれど、街そのものは相変わらず不思議だ。


石畳の隙間を淡い光が走り、軒先では消し忘れたような小さな魔導灯が、ふわふわと宙に浮かんでいる。


「こっちだよ!」


クラルが地図を片手に先を歩く。


「本当に合ってる?」


ノアが辺りを見回した。


「たぶん!」


「一番不安な答えだな」


大通りを一本外れると、道は急に細くなった。


右へ曲がったはずなのに、気づけば左へ進んでいる。


左へ曲がったと思えば、いつの間にか元の通りを見下ろしていたりする。


ここは、そんな街なのだ。


建物と建物の隙間を縫うように細い路地が続き、頭上には家同士を繋ぐ小さな渡り廊下まで架かっている。


その下を朝の風が、すうっと吹き抜けた。


干された洗濯物が揺れる。


どこかの店から漂ってくる、焦げたバターの香り。


別の路地からは、薬草のような少し苦い匂い。


そしてーー



甘い香りが、風に混じった。


「……チョコ?」


クラルの足が止まる。


ノアも鼻をくんくんさせた。


「甘い匂いする」


「二人とも、鼻だけで店探せそうだな」


「ん、こっち!」


クラルが突然走り出す。


「ほらな!」


二人を追いかけ、シグも細い路地へ入っていった。


そしてーー


「あった!」


三人の前に、小さな看板を掲げた店が現れた。


看板には、一つのマフィンが描かれている。


だが。


トコトコトコ。


「……歩いてる」


絵のマフィンから小さな足が生え、看板の中を行ったり来たりしていた。


「歩いてるよ、ノア!」


クラルの目が輝く。


ノアは悪戯っぽく笑った。


「捕まえて食べちゃおうか」


その瞬間。


ピタッ。


マフィンが止まった。


そして、サッ。


看板の端へ逃げ、裏側へ隠れた。


「聞こえてるじゃん!」


クラルが吹き出す。



魔法菓子作り体験の店は、宿から歩いてそれほど遠くない場所にあった。


クラルが恐る恐る扉を開ける。


ノア、シグも後に続いた。


カラン、カランーー



小さなベルが鳴った瞬間。


外とはまるで違う、温かな空気が三人を包んだ。


小麦。


バター。


溶けたチョコレート。


甘い香りが、鼻いっぱいに広がる。


そしてその奥には、どこからともなく漂ってくる、魔法薬特有の少し甘ったるい匂い。


窓から差し込む朝の光の中を、小麦粉が細かな雪のようにきらきらと舞っていた。


店内には長い作業台がいくつも並び、色とりどりの小瓶や木べら、銀色のボウルが所狭しと置かれている。


すでに、親子連れや若い男女が楽しそうに生地を混ぜ、奥の窯からは時折、


《ぽんっ》


と、どう考えても普通の菓子作りでは聞こえない音まで響いていた。


「……もう普通のお菓子教室じゃないな」


シグが呟く。


「マジラフだからね!」


「そう、それ!」


「やっぱり便利だな、その言葉!」


その中央に立っていたのは、ふっくらとした体格のおばあさんだった。


白いエプロン姿で、にこにこと笑っている。


「はーい! 今日は楽しく作りましょうねぇ!」


「はーい!」


クラルだけ返事が大きい。


「あらぁ、元気ねぇ」


「はい!」


ノアがくすくす笑った。



今日、最初に作るのはーー


《踊りだすチョコマフィン》。


「オーブンに入れる直前に、この魔法液を一滴だけ入れてくださいねぇ」


おばあさん先生が、小さな瓶を掲げる。


中では淡い金色の液体が、とろりと揺れていた。


「一滴ですよぉ。たくさん入れたら駄目ですからねぇ」


「はい!」


「クラル、返事はいいから本当に一滴にしろよ」


「分かってるって!」


三人は生地を混ぜ始めた。


クラルは勢いよく。


ノアは慎重に。


シグはーー



「……なんで俺のだけこんなにダマになるんだ?」


「シグ、混ぜ方が雑なんじゃない?」


クラルが横から覗き込む。


「修復士舐めんなよ。細かい作業は得意なんだぞ俺は…」


「あはは、お菓子と石版は違うでしょ」


「うぐ!!」


ノアが笑った。


「シグ、ムキになるとうまくできないよ」


ノアが諭すように言った。


もっとも、そのノアのボウルの中も、三人の中では一番怪しい状態だった。


クラルがちらりと見る。


「……ノア」


「何?」


「ううん」


「何よ?」


「なんでもない。ノアだからいいの!」


やがて三人のマフィンが窯へ入れられた。


しばらくすると、甘いチョコレートの香りが店内を満たし始める。


「いい匂い……」


クラルが鼻を動かす。


チン!


「焼けましたよー!」


おばあさん先生の明るい声が響いた。


クラルが身を乗り出した。


窯の扉が開く。


そして、ぽんっ!!


クラルのマフィンから、小さな足が生えた。


「出たぁぁぁ!!」


トコトコトコトコ!


「待って待って!」


マフィンが逃げる。


「なんで逃げるのよ!?」


「食われるからじゃない?」


シグが冷静に言った。


クラルの足が止まった。


「……そんなこと言われたら食べづらくなるじゃん!」


「事実だろ」


その隣でも、ぽんっ!!


ノアのマフィンにも、小さな足が生えた。


トコ……。


トコ……。


「…………」


ノアとマフィンが見つめ合う。


マフィンが一歩下がる。


ノアが一歩近づく。


マフィンが二歩下がった。


「……逃げた」


「ノアの圧は怖いからなー?」


クラルが言う。


「何もしてないのにー」


「顔が完全に食べる気なんだよ」


シグが指差した。


「ほら。よだれ」


「出てない!」


まだクラルは、自分のマフィンを追いかけている。


「待ってってばぁぁ!」


店内のあちこちで、小さなマフィンたちがトコトコ走り回る。


子供たちは大喜び。


大人たちまで笑いながら追いかけていた。


ところがーー



「…………」


シグのマフィン。


動かない。


シグが指でつつく。


つん。


「…………」


クラルもつつく。


つん。


「…………」


ノアも。


つんつん。


「…………」


三人で見つめる。


「なんで俺のだけ歩かないんだよ!!」


クラルが吹き出した。


「シグの死んでる!」


「焼き菓子って死ぬの!?」


「でも……グッタリしてて動かないもんね」


ノアが心配そうに真顔で言った。


その後ろで、クラルがあまりのリアルさに顔がこわばった。


「何なに?」


おばあさん先生がやってきた。


「あらあらぁ?」


シグのマフィンを覗き込む。


「あらまぁ」


「失敗ですか?」


「たまーにあるのよねぇ」


おばあさん先生はマフィンを持ち上げる。


「見た目はちゃんと焼けてるわねぇ」


くんくん。


「匂いもいいわぁ」


そしてーー



ぱくっ。


「先生が食べるの!?」


三人の声が揃った。


もぐもぐ。


「あら、美味しいわよー」


「いや、それ俺のなんだけど!」


「今からもう一度作ればいいのよぉ」


「自由だな、この先生!」


だが。


次の瞬間だった。


おばあさん先生の動きが、ぴたりと止まった。


「…………」


じっとシグを見る。


「……何ですか?」


一歩。


シグへ近づく。


「…………」


「ちょっと、何ですか?」


さらに一歩。


「あらぁ……」


声が、妙に甘くなる。


「シグさん……」


おばあさん先生が、ぽっと頬を染めた。


両手を頬へ添える。


「とっても……いい男じゃない」


「…………は?」


クラルとノアも固まった。


一秒。


二秒。


「ぶっ!!」


クラルが吹き出した。


ノアは口元を両手で押さえる。


「シグ……ふふっ」


「笑うな!!」



「シグさぁーん」


「なんでしょうか!?」


おばあさん先生が一歩。


シグが一歩下がる。


「年上は、お嫌い?」


「そういう問題じゃなくてですね!?」


さらに一歩。


シグが下がる。


教室中の視線が集まり始めた。


その時だった。


別の講師が、シグの作業台に置かれていた小瓶を手に取った。


「先生! これ……!」


「…………え?」


クラルが笑いながら振り返る。


講師は瓶を光へ透かし目を見開いた。


「これ……惚れ薬ですよ!」


一瞬。


店内が静まり返った。


そして。


「なんでお菓子教室に惚れ薬があるんだよ!!」


シグの叫び声が、店中に響き渡った。


――おばあさん先生は、別室へ連れていかれた。


「……怖かった」


作業台に突っ伏すシグ。


「シグ?」


クラルが肩を叩く。


シグが顔を上げた。


クラルは両手を頬へ当て…


「あなた……とってもいい男じゃない」


「ぶっ飛ばすぞ」


「ふふっ……シグは年上の方が合うと思う」


ノアまで、まだ口元を押さえて笑っている。


「ノアまで何なんだよ!」


気を取り直して。


次はーー



《感情で色が変わるアイシングクッキー》。


焼き上がったクッキーへ、透明な魔法のアイシングを塗る。


すると、その時の感情に合わせて色が変わるらしい。


クラルがそっと塗る。


するとーー


「おお!」


鮮やかな黄色が、ぱっと広がった。


その間を澄んだ水色が、細い川のようにくるくると流れていく。


「綺麗!」


「楽しそうな色だね」

ノアが覗き込んでいった。


「ノアは?」


ノアのクッキーには、淡いピンクと薄紫がふわりと混ざっていた。


「可愛い!」


二人でクッキーを並べて見せ合う。


黄色。


水色。


桃色。


薄紫。


朝の光を受けて、宝石のようにきらきらと輝いている。


そして…二人の視線が、ゆっくりシグへ向いた。


「…………」


シグのクッキー。


濁った紫。


くすんだ深緑。


妙な茶色。


ところどころ灰色。


クラルが一言。


「……気持ちわる」


「おい」


ノアが真剣な顔で覗き込む。


「こんな色になるんだね……」


「ノア?」


「シグ。私たちでよければ聞くから、言いたいことがあったら言ってね」


「ありがとう」


シグは自分のクッキーを眺めた。


「できることなら、朝、目が覚めたところから巻き戻したいよ…」


「重症だ」


そんな他愛もない話をしていると…


ギィ……。


別室の扉が開いた。


「あらまぁ……」


三人の肩が止まる。


戻ってきたおばあさん先生が、シグのクッキーを覗き込んだ。


「まあ、すごい色ね!」


「先生は来ないでくれ!!」


教室いっぱいに笑い声が響いた。


クラルは黄色と水色のクッキーを掲げる。


ノアも、ピンクと薄紫のクッキーを横へ並べた。


「マジラフって楽しいね!」


「うん」


「俺は今日で嫌いになりそうだ」


「また来ようね!」


「俺の話聞いてた!?」


甘い香り。


楽しそうな笑い声。


窓から差し込む柔らかな朝の光。


テーブルいっぱいに並んだ、色とりどりのお菓子。


少し開いた窓から風が入り込み、焼きたてのチョコレートとバターの香りを教室いっぱいにかき混ぜる。


こんなふうに三人で笑っていられる時間が、いつまで続くのか…


今は、誰も考えない。


考える必要もなかった。


魔法都市マジラフ。


昨日とはまた違う魔法に触れながら、三人の騒がしい一日は、まだ始まったばかりだった。


そして。


店を出ようとした、その時!!


「シグさぁぁん!」


びくっ!


シグの肩が跳ねた。


恐る恐る振り返る。


そこには、おばあさん先生が満面の笑みで手を振っていた。


「また来てくださいねぇー!」


「絶対よぉー!!」


「薬、抜けてないだろ!!」


カランッ!!


シグは勢いよく扉を閉めた。


振り返るクラルとノアの笑い声が弾ける。


朝の光が差し込むマジラフの細い路地を、二人の笑い声がどこまでも追いかけていく。


「待ってよ二人とも! 置いてくなって!」


「早くー、シグ!」


「次どこ行く?」


「もう宿に帰らせてくれ!疲れた」


三人の声は、眠りから覚め始めた魔法都市の喧騒へと溶けていった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


今回はマジラフでの、ちょっとした日常回でした♪


クラルとノアは思いっきり楽しんでいましたが、シグにとっては忘れたい一日になったかもしれません(笑)


こういう三人の何気ない時間も、旅の中では大切に描いていきたいと思っています。


そして次回は、また金曜日20:10に更新予定です!


マジラフでの物語は、もう少し続きます。

次の金曜日もぜひお楽しみに!


もし今回のお話を「面白かった」「続きも読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると本当に励みになります!


いつも読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

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