魔法都市マジラフは眠れない
魔法都市マジラフで、ようやく宿へ辿り着いたクラルたち。
けれど、そこは普通の宿とは少し違うようで……?
旅の疲れを癒やして、今夜くらいはゆっくり休めそうです♪
……たぶん。
今週も金・土・日、20:10更新です!
「すみません、アスター大商会の紹介状を持ってるんですけど……」
クラルが少し緊張しながら、手紙を差し出した。
宿の主人は封蝋を見るなり、目を丸くする。
「……アスター大商会?」
もう一度、紹介状を見る。
クラルたちを見る。
そして、また紹介状を見る。
「これはまた……ずいぶん立派なところからの紹介ですね」
「そんなにすごいんですか?」
「王国一の大商会ですよ」
「おお……」
三人揃って声が漏れた。
王都では随分と世話になったが、こうして改めて言われると、その名前の大きさを実感する。
主人はすぐに帳簿を開いた。
「三名様でしたら、一室でよろしいですか?」
「え?」
クラルがシグを見る。
「一人、男性がいるんですけど……」
宿の主人は一瞬きょとんとしたあと、「ふふ」と笑った。
「ご心配なく。三名様向けのお部屋がございますので」
そう言って、
パチン。
指を鳴らした。
するとーー
ロビーの隅に敷かれていた小さな絨毯が、むくりと起き上がった。
「……え?」
四隅の房飾りをぴょこぴょこと動かしながら、絨毯が階段へ歩いて?行く…
途中で、ぴたりと止まった。
そしてーー
こちらを振り返った。
ように見えた。
房飾りが、ちょいちょいと動く。
「……今、こっち見た?」
「見たね」
「手招きしたよな……?」
「うん!」
「したね」
「歩いてるし…」
絨毯が、ぴらぴら。
どう見ても、
――早く来い。
と言っている。
「かわいい!」
クラルが追いかける。
「待ってー!」
「あれ、魔法の絨毯ってやつか!?」
「その絨毯とクラル達のやりとりを見て店主が笑っている」
三人は慌ててその後を追った。
――
案内された扉は、ごく普通だった。
宿自体も、決して大きくはない。
だからクラルたちは何の疑問もなく、扉を開けた。
ガチャ。
「…………」
三人とも止まった。
「え?」
広い。
どう考えても、広い。
目の前には大きな居間。
窓際には長いソファと大きなテーブル。
その奥には三つの扉が並び、さらに浴室らしき扉まである。
クラルは無言で廊下へ戻った。
廊下から部屋を見る…
部屋へ入る。
もう一度、廊下へ出る。
「…………入らないよ?」
「何が?」
「この部屋……この宿の中に入らないよ!」
「俺も今、それ考えてた」
シグも廊下と部屋を何度も見比べる。
ノアは窓まで歩き、外を確認した。
「……位置もおかしいしね!」
「でしょ!?」
三人の頭が、完全に混乱していく。
その時、クラルが壁に掛けられた小さな説明板を見つけた。
《空間拡張魔法により、室内空間は外観と一致いたしません》
「空間拡張……」
「魔法……」
「すっげぇ……」
三人の顔が、一斉に輝いた。
「魔法って、本当にこんな身近にあるんだね!」
「夢みたいね……」
シグは部屋の真ん中で辺りを見回した。
「俺のほっぺ、つねってくれないか?」
クラルとノアが顔を見合わせる。
そしてーー
むぎゅっ。
左右から同時につねった。
「いてててて!!」
「頼む相手を間違えたわ! 本気でやったろ!!」
「あはは!」
「ノアのせいだね」
「クラルもな!!」
そこからしばらくは、大騒ぎだった。
「私ここ!」
「待て、勝手に決めんな!」
「じゃあノアここ!」
「なんでクラルが決めるのよ?私はクラルと一緒に寝るの!!」
「それはごめんノア!私嫌だわ」
三つの個室を片っ端から開けて回り、ソファへ飛び込み、窓を開け、閉め、また廊下へ出て、宿の大きさを確認する。
そして部屋へ戻る。
やっぱり広い。
何度見ても意味が分からない。
「マジラフすごいね!」
結局、三人の感想はそれに落ち着いた。
――
驚きは、それだけではなかった。
クラルが脱いだ外套を、クローゼットへぽいっと放り込む。
すると……
バタン。
勝手に扉が閉まった。
「え?」
中から何かが動く音がする。
ガサガサ。
シュッ。
パンパン。
「…………静かになったね…」
と言ってクラルが恐る恐る扉を開く…
外套が、綺麗に吊るされていた。
旅でついた埃は消え、皺まで伸びている。
クラルは無言で外套を取り出した。
じっと見る。
そしてーー
ぐしゃっ。
わざと丸めた。
もう一度、クローゼットへ放り込む。
バタン。
ガサガサ。
シュッ。
パンパン。
「…………」
扉を開ける。
「綺麗だよ!!」
もう一度丸めようとしたクラルを、ノアが止めた。
「わかったわかった!」
その横では、出しっぱなしにした椅子が勝手に机へ戻っていく。
脱いだ靴まで、するすると動いて綺麗に揃った。
ノアがぽつりと言った。
「この宿、私たちよりちゃんとしてるね……」
「…………」
「…………」
二人は何も言い返せなかった。
――
そして夜。
三人が最も楽しみにしていた入浴!!
壁には、何種類もの魔法薬湯が並んでいた。
《疲労回復》
《魔力回復》
《安眠》
《美髪・美肌》
「私これにする」
ノアが迷わず《美髪・美肌》を手に取った。
「ノア、そういうの気にするんだ?」
「え? だって髪長いし。旅してるとパサパサになるし、絡むから」
「女子力高いなー」
クラルが感心すると、
「見習えな!」
なぜかシグが言った。
「なんでシグに言われなきゃいけないの!」
その瓶の下には、小さな注意書きがある。
《規定時間以上の入浴はーー》
まあ。
ノアは、そういうのを読まないのはみんな知っている…
――
その頃。
シグの部屋ではーー
壁に刻まれた結界魔法陣の一部が、淡く明滅していた。
この宿では、眠りにつくと同時に防呪結界が展開される。
悪夢や悪霊。
さらには盗聴用の魔法など、外部からの魔術干渉まで遮断してくれるらしい。
だがーー
その夜。
シグの部屋だけ。
魔法陣の一部が、ゆっくりと消えかかっていた。
――
夢の中。
シグは、一匹の猫を見つけた。
ふわふわの毛並み。
丸い背中。
小さな耳。
「なんだ……可愛いな!」
シグがしゃがみ込み、手を伸ばす。
その瞬間。
ぐるり。
猫が振り返った。
「…………」
金色に光る目。
口元が、
にたり。
と裂ける。
その奥に並んでいたのはーー
鋭く尖った、無数の牙。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
シグは全力で逃げた。
走る。
ひたすら走る。
ようやく魔物を振り切った頃には、腹が減っていた。
そして。
目の前に現れたのは、焼きたてのパンケーキ。
「た、助かった……」
ふわふわの生地。
その上で、とろりと溶けるバターと甘い香り、シグはフォークを取った。
その時。
ぽたり。
「……ん?」
黄色かったはずのバターが……
赤い。
とろり。
とろり。
パンケーキの上を流れていく。
「……血?」
「ッ!!」
シグは跳ね起きた。
「はぁ……はぁ……」
額にはびっしりと汗。
夢?!
夢だった。
シグは胸を撫で下ろす。
そして、もう一度横になった。
――猫。
「うわっ!!」
――パンケーキ。
「やめろ!!」
「ぎゃー!もう嫌だぁぁぁぁぁ!!」
シグはベッドを飛び出した。
バァン!!
「クラルーーー!!」
「ぎゃあああああ!!」
隣の部屋からクラルの悲鳴が響く。
「何!? 襲撃!?」
隣の部屋のノアも飛び起きた。
「助けてくれクラルーーー!!」
「きゃーーーー!! やめてーーー!! シグ、抱きついてくるな!!」
「落ち着いてシグ!」
ノアが引き剥がそうとする。
「猫が!! 猫がぁ!!」
「何よ猫って!?」
「あとパンケーキ!!」
「はぁー?!パンケーキ!?」
もう何の話なのか分からないーー
――
宿の主人を呼ぶ。
すると、到着時に部屋を案内してくれた絨毯まで、ぴらぴらしながらついてきた。
主人が結界を確認する。
しばらくしてーー
「お客様、大変失礼いたしました」
壁の魔法陣の一部が消えかかっていることが判明した。
そこから悪夢が入り込み、何度も繰り返していたらしい。
修復が終わった頃には三人とも、完全に目が覚めていた。
シグはベッドの端に座り込み、ぐったりとうなだれる。
「えらいことになった……」
そして、ぼそりとシグがつぶやく。
「怖かった……。今までで一番怖い夜だった」
とクラルも呟いてノアが顔を見合わせる。
「……すごい騒ぎだったね」
「…………」
シグがゆっくり顔を上げる。
「……すみませんでした。俺……とても怖くて……」
「猫とパンケーキが?」
「言うな」
――
翌朝。
「…………」
クラルの髪は爆発していた。
シグも酷い。
服はよれよれ。
目の下には、うっすらと隈。
三人揃って、完全な寝不足だった。
ただし。
「…………」
クラルが隣を見る。
ノアも死んだような顔で紅茶を飲んでいる。
眠そうだ。
ものすごく眠そうなのに…
キラァァァ……。
「…………」
銀に輝く白髪が、朝日を反射して眩しいほど輝いている。
さらさら。
つやつや。
肌まで、つるつる、すべすべ。
昨日より明らかに仕上がっていた。
疲れ果てた表情と、異常に美しい髪と肌がまったく噛み合っていない。
「……ノア?」
「なに……」
「なんか輝きが無意味に眩しいんだけど……」
シグも目を細める。
「服と表情とえらいギャップだな…」
「服と表情は誰のせいだと思ってるの?」
クラルが吹き出す。
「あはは……確かに」
ノアは自分の髪を持ち上げ、げんなりした顔で見つめた。
「私も眩しくて前が見にくいんだけど……」
「美髪・美肌、すげぇな……ノア、ピカピカだぞ!」
「シグは黙ってて!!」
魔法都市マジラフ。
三人の最初の夜はあまり眠れなかった三人であった。
魔法都市マジラフ、最初の夜でした!
空間拡張に、勝手に片付けてくれるクローゼット。
歩いて案内してくれる絨毯に、魔法薬湯。
クラルたちにとっては、見るもの全部が初めてです♪
そしてシグーー
猫とパンケーキで、まさかの大パニック(笑)
一方ノアは寝不足顔なのに、美髪・美肌だけは完璧に仕上がりました。
マジラフ編、まだまだ続きます!
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