魔法都市マジラフ
日曜日も『白日の石刻』を開いてくださり、ありがとうございます!
王都を離れ、次の街へ。
荷馬車に揺られる三人を、どんな景色が迎えてくれるのでしょうか。
この一話、実は仕上げるのに数日かかりましたww
どう書いたら伝わるか、幻想的に思い浮かぶかを考えて考えすぎました。
だから、一緒に旅する気持ちで楽しんでいただけたら嬉しいです。
――王都のアスター大商会を出て、二日目の夕方。
クラル、ノア、シグの三人は、荷馬車に揺られながら、ようやく目的の街へと辿り着いた。
「……三人とも、見えてきたぞ」
「え? どこどこ!?」
御者の声に、クラルが荷台から身を乗り出す。
「クラル、危ないよ」
ノアに外套を掴まれながらも、荷台の横から前を覗いた。
そしてーー
「……え?」
言葉を失った。
遠く、夕闇の向こう。
地平線を塞ぐように、巨大な壁が広がっていた。
街をぐるりと囲むその壁は、ただの石壁ではない。
半透明の硬い結晶が幾重にも組み合わさり、沈みかけた夕日を受けて輝いている。
赤、青、紫。
見る角度によって、カラスの羽のように色を変える。
まるで、大地に置かれた巨大な王冠だった。
「……あれが、街の壁?」
シグも荷台の端から顔を出した。
「でかすぎるだろ……」
「あれはな、昔は竜の炎すら退けたっていう魔導障壁だ」
御者が教えてくれた。
「今じゃ、その力もだいぶ失われたらしいがな」
それでも、近づくにつれて空気が微かに震えた。
肌が、ぴりっとする。
「……魔力なの?」
ノアが小さく呟いた。
クラルは自分の腕を擦る。
「なんか、むずむずする」
「クラルのは、ワクワクしてるだけじゃない?」
「それもある!」
「俺もちょっとするけどな」
シグまで言うので、ノアが二人を見比べた。
「……みんな楽しみってことね」
そんなことを話しているうちに、荷馬車は巨大な門の前で止まった。
何台もの馬車が列を作っている。
街へ入るには、通行証の確認を受けるらしい。
「次!」
門番の声が響いた。
御者と三人が順にアスター大商会の通行証を差し出すと、門番はそれを小さな結晶板へかざした。
ふわっ。
文字のような青い光が浮かび上がる。
「……!」
クラルが首を伸ばした。
「今のなに!?」
「魔導認証だよ」
門番が当然のように答える。
「偽造された通行証なら、赤く光るんだ」
「へぇぇ……」
クラルの目が輝く。
「もう一回やってもらっても……」
「……行ってよし!」
「クラル、戻るよ」
ノアに外套を引かれ、クラルは荷台の奥へ引き戻された。
シグが吹き出す。
「首根っこつままれた猫みたいだぞ。こうしてると、ノアがしっかりして見えるな」
「シグ? それ、褒めてる?」
ノアがじろりと睨んだ。
御者は苦笑しながら手綱を握る。
「ほら、行くぞ。揺れるから舌噛むなよー」
「はーい!」
荷馬車が、巨大な門をくぐる。
薄暗い分厚い門の内側を抜けた、その瞬間。
御者が、後ろの三人をちらりと見た。
三人は、揃って黙っていた。
「…………」
白い石畳の通りが、幾筋もの光を抱いて街の奥へ伸びていた。
道沿いには、宝石を吊るしたような魔導灯。
その青や紫が建物の窓に映り、軒先の硝子を透かし、通りの先へと重なっていく。
見上げれば、屋根の縁にも細かな輝きが連なっていた。
街全体が、夕空の下でゆっくりと灯り始めている。
「……きれい」
クラルの口から、ようやく声がこぼれた。
普段見慣れたガス灯とは違う。
魔導灯の中には、火の揺らめきも、煙もなかった。
青。
淡い紫。
暖かな橙。
宝石の奥から滲むような、静かで柔らかな光だ。
まっすぐ続く道には青い灯り。
交差点には橙。
緩やかな曲がり角には、淡い紫。
色を辿れば、街の道筋まで分かるようだった。
家々には翡翠や瑠璃を思わせる瓦が並び、暮れ残る空の光を受けて、屋根から屋根へと艶めいている。
その下を歩く人々の足元でーー
ほわ。
ほわ、ほわ。
石畳が光った。
靴底が触れるたび、淡い光が生まれては消えていく。
「わっ! すごい!」
思わず自分の足元を見たクラルに、御者が笑った。
「馬車の通った後も見てみな」
荷台の後ろを覗く。
車輪が通った跡に、二本の光の筋が伸びていた。
遠い方から少しずつ薄れ、箒星の尾のように石畳へ溶けていく。
「私も踏んでみたい……!」
「少し停めてやろうか?」
「はい!」
返事が終わるより早く、クラルは荷台の縁へ手を掛けていた。
馬車が止まるのを待ち、通りの端へ飛び降りる。
ほわ。
靴の下から、淡いクリーム色の光が広がった。
「ノア! 見て!」
もう一歩。
ほわ。
「光った!」
続けて、二歩、三歩。
ほわ、ほわ、ほわ。
「ほら、一歩ずつ光る!」
「……クラル、前」
「え?」
危うく通行人にぶつかりそうになり、降りてきたノアに外套を引っ張られた。
「危なっ!」
「だから言ったでしょ」
と言って、クラルを後ろから無駄に抱きしめるノア…
後ろでシグが笑っている。
「王都でも、人にぶつかってなかったか?」
「そんなことない!」
「そんなことあったよ!」
ノアとシグの声が重なった。
「二人ともひどい!」
そう言い返すクラルの横で、シグも石畳へ降り立った。
足元が光る。
シグは下を見た。
片足を上げ、もう一度踏む。
ほわ。
少し離れた石へ、軽く跳んでみる。
ほわっ。
「……シグもやってるじゃん」
「どこまで光るのか、確かめてるだけだ」
ノアが小さく吹き出した。
ふと、クラルが街の奥へ顔を上げた。
「……あれ!」
その声に、ノアとシグも同じ方向を見る。
通りに並ぶ屋根の遥か向こう。
夜空へ伸びる、純白の城があった。
白い魔導結晶で築かれた城壁を、淡い群青色の光がさらさらと流れている。
塔を巡り、渡り廊下を伝い、また別の塔へ。
星の川が、城の隅々へと注がれていくようだった。
幾重にも重なる尖塔は、先端へいくほど透き通り、夜空へ溶けるように細く伸びている。
高い回廊に並ぶ窓は銀色に瞬き、そこだけ地上へ星空を降ろしたかのようだった。
「……すごい。城そのものが魔法だね」
今度のクラルの声は、小さかった。
ノアも、シグも、しばらく何も言わずに見上げていた。
そんな三人を見て、御者が少し得意げに笑う。
「あれが《星紡ぎの城》だ」
「星紡ぎ……」
「昔、この街がまだ王国の一都市じゃなかった頃……魔導国マジラフを治めていた王の城だったらしい」
クラルが振り返る。
「マジラフって、国だったの?」
「ああ。百年以上前の話らしい《無敵の魔導国》なんて呼ばれてたそうだ。しかも、その王が魔王様だったらしいぜ」
「もはや、おとぎ話だな」
シグが茶化した。
御者は、通ってきた巨大な外壁を親指で示す。
「さっきの壁も、あの城も、その頃のものだ。今じゃ同じものを造れって言われても、無理らしいぞ」
「へぇぇ……」
クラルは、もう一度城を見上げた。
百年……。
その言葉が、ほんの少し耳に残った。
「じゃあ、今は誰も住んでないの?」
「いや」
御者が笑った。
「今は王立魔法学校だ」
「……学校!?」
三人の声が重なった。
シグが目を丸くする。
「あそこに通うのかよ……」
「王国中から、魔法使いの卵が集まってくる。マジラフじゃ一番有名な場所だな」
「すご……」
クラルは完全に城へ釘付けになっていた。
「クラル」
ノアが呼ぶ。
「なに?」
「御者さん、もう馬車を出したいって顔してるよ」
「えっ」
振り返ると、御者が苦笑していた。
「そろそろ宿まで連れてっていいか?」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
慌てて荷台へ戻るクラルを見て、シグが笑う。
「着いて早々、これだもんな」
「だって、見るもの全部すごいんだもん!」
「人に気を使えるようになろうな」
「シグもね」
ノアに言われ、シグは口をつぐんだ。
それでも荷台へ乗り込む前に、もう一度だけ《星紡ぎの城》を振り返った。
ーーー
荷馬車は再び、光る石畳の上を走り始めた。
しばらく進むと、御者が前を指差した。
「ほら、あそこだ。宿が見えてきたぞ」
通りの角。
魔導灯に照らされて、一軒の大きな宿が建っていた。
「アスター大商会の連中もよく使う宿だ。紹介状を見せれば、話は通る」
「おおー!」
「飯も悪くない。風呂もある」
「お風呂!」
クラルが真っ先に反応した。
シグが呆れた顔をする。
「そこなんだな」
「大事でしょ! なかなか入れないんだから」
ノアが小さく笑った。
「クラル、一緒に入ろ?」
「やった! 約束ね。シグはダメです!」
「ばっ! 当たり前だろ!」
荷馬車が、ゆっくりと宿の前へ止まった。
「着いたぞ」
「ありがとうございました!」
荷物を受け取り、三人は御者へ頭を下げた。
「俺たちも、まだ数日はこの街にいる。何かあったら、すぐに言えよ」
「はい! 本当にありがとうございました!」
走り出した馬車へ、三人は手を振った。
宿へ入る前に、クラルはもう一度だけ街を振り返った。
光る石畳。
色とりどりの魔導灯。
その遥か向こうで、《星紡ぎの城》が群青色の光を纏っている。
「……すごい街に来ちゃったね」
ノアが隣に並んだ。
「ああ」
シグも荷物を肩に担ぎ、城を見上げる。
「明日から、忙しくなりそうだな」
「その前に!」
クラルが勢いよく宿へ向き直った。
「お風呂でしょ!」
「結局、そこに戻るのか」
「私も楽しみ!」
ノアがクラルの手を取り、二人で宿の扉をくぐっていく。
シグは笑いながら、その後を追った。
マジラフで過ごす、最初の夜が始まった。
お読みいただき、ありがとうございます!
足元で光る石畳に、夜空へそびえる《星紡ぎの城》。
魔法都市マジラフの景色、皆さんにも届いたでしょうか。
クラルだけでなく、シグまで石畳で遊んでしまう街。
それでも最後は「お風呂!」になる三人でした。
今週も三日間、お付き合いいただきありがとうございました!
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次回は金曜日、20時10分。
新しい街での物語も、どうぞよろしくお願いします!




