商人の手の内
土曜日も『白日の石刻』を開いてくださり、ありがとうございます!
別れたばかりなのに、地下通路の先から現れたエマ。
息を切らして駆けつけた彼女に、三人は……?
王都を発つまで、もうひと騒動。
どうぞお楽しみください!
エマは肩で息をしていた。
前と後ろをキョロキョロ見てクラルが言った。
「なんで前から来たんですか!?」
「地上から先回りして、別の入口から降りてきました!」
「そんな道あるの!?」
エマは息を整える間もなく言った。
「はい…でも疲れました」
「…予定変更です。この通路から馬車へ乗り込むのは中止します」
三人の表情が変わる。
「どうして?」
「商会を見張られているなら、出口で待つ馬車も気づかれているかもしれません。マスターと相談して、急遽、別の方法に変えることにしました」
エマはランプを持ち直した。
「正面から出ます」
「ええ!?」
クラルの声が地下に響いた。
「しーっ!」
「ご、ごめんなさい!」
「今すぐ引き返しますね。ただし、急いで」
「なんで?」
「待機させた馬車も動かします。その間に、皆さんを別の馬車へ乗せないといけませんから」
エマが来た道へ向き直る。
「走ってください!」
「走るの!?」
「走ります!」
四人が一斉に駆け出した。
「なんで逃げるために戻ってるのー!?」
「いいから走ってください!」
「商人ってこんなに走るの!?」
「普通は、こんなには走りません!」
「クラル、喋ってないで走れ!」
先を行くシグが振り返る。
「シグ速い!」
息を切らしながら、誰かが吹き出した。
つられて、ほかの三人も笑う。
「またすぐにエマさんに会えてなんか得した気分です私」
「あら、クラルさんったら、嬉しいことを…私もですよ!」
シグとノアも頷いた。
地下道に、四人の足音が響き渡る
ーーー
アスター大商会の裏手。
二台の馬車が、ゆっくりと動き出した。
そのうちの一台が路地を抜けようとしたところでーー
「止まれ!」
数人の男たちが道を塞いだ。
御者が眉をひそめる。
「アスター大商会の馬車だと知って止めているのか?」
「確認したいことがあるだけだ」
「確認?」
「この辺りで姿を消した三人組を探している。知らないか?」
男たちの視線が、馬車へ向いた。
「念のため、中を見せてくれ」
「……大切な荷を積んでいる。勝手に触られては困るな」
「見るだけだ」
しばらく睨み合った末、御者が舌打ちした。
「……見たら、さっさと行けよ」
男たちが馬車へ近づく。
荷物の陰。
座席の下。
底板まで確かめたが、誰もいなかった。
「満足したか?」
男たちは顔を見合わせた。
「……止めて悪かったな」
御者は返事もせず、馬車を走らせた。
ーー
その少し前。
商会の正面玄関からも、一台の立派な馬車が出ていた。
中にいるのは、アルタイルだった。
こちらもまた、別の男たちに止められていた。
「何かありましたか?」
窓を開け、アルタイルが穏やかに尋ねる。
「申し訳ありません。探している人間が、この辺りで消えまして」
男が愛想笑いを浮かべる。
「どこかの馬車へ潜り込んだ可能性があるんです。少し、中を見せていただけませんか?」
アルタイルの笑顔が、ほんの少し薄くなった。
「大切な商品を積んでいますので、あまり荷を見せたくはないのですが」
「確認が済めば、すぐに引きますので」
御者が男たちを見下ろした。
大柄な男だった。
手綱を握る腕は、丸太ほどもありそうだ。
「マスター」
低い声が落ちる。
「やりますか?」
アルタイルが小声で返した。
「やめておけ」
「……承知しました」
アルタイルは、窓の外へ視線を戻した。
「確認だけですよ。商品には、絶対に触れないでください」
「はい。ありがとうございます」
男が馬車の後ろへ回る。
バッ!
荷を覆う布が、左右へ開かれた。
塩の袋。
胡椒の包み。
藁を詰めた木箱。
男は隙間から奥を覗き込んだ。
誰もいない。
「……ちっ」
小さく舌打ちし、布を戻す。
アルタイルのもとへ戻った時には、また愛想笑いを浮かべていた。
「ありがとうございました。いなかったようです。お時間を取らせました」
「今回は、このまま、あなた達を帰らせますが…」
アルタイルの穏やかな声…
「ですが、次は誰の馬車を止めるのか、よくお考えになった方がいい」
男たちの顔色が変わる。
「……申し訳ありませんでした」
「見つかるといいですね」
アルタイルは微笑み、窓を閉めた。
馬車が走り出す。
男たちは道を空け、その姿が遠ざかるのを黙って見送った。
ーーー
それから、少し経った頃。
商会の正面から、もう一台の馬車が出た。
荷物を積んだ、どこにでもある商用馬車だった。
エマに見送られた三人は、その荷物の陰で身を縮めていた。
「……普通に出るんだね」
クラルが囁く。
「だから、正面から出るって言ってたろ」
「怖いよ!」
「静かに」
ノアが口元へ人差し指を立てた。
こういう時のノアは頼りになるのだ。
車輪が石畳を叩く。
クラルは膝の上で、しっかりしないと!と、ぎゅっと手を握った。
外から男の声が聞こえた。
「……裏の馬車はどうだった?」
「やはりこちらにもいないよ」
「きっと、もうこの辺りにはいねえんだよ」
クラルの肩が強張る。
馬車は止まらなかった。
そのまま大通りへ出て、角を曲がる。
荷台の隙間から、商会の建物が見えなくなった。
誰も、追ってはこなかった。
「……もう、商会から離れた?」
クラルが恐る恐る尋ねる。
御者が前を向いたまま答えた。
「ああ。怪しい奴の姿はないよ」
「やったぁ……!」
クラルが小さく両手を上げる。
「声は、まだ抑えときなよ」
御者が笑った。
「はい!」
クラルは慌てて口を押さえた。
裏手の馬車にも、アルタイルの馬車にも、三人はいなかった。
そうして追っ手が顔を突き合わせている間に、自分たちは正面から出てきたのだ。
《誰に最初に使ってもらうかも、考えるんだ》
応接室で聞いた言葉を、クラルはふと思い出した。
品物を見せる相手も、馬車を出す順番も。
アルタイルさんもエマさんも、相手がどう動くかまで考えていた。
「……すごいなぁ」
心からそう思った。
「ってか、あの二人お似合いだよね」
「あのあとアルタイルさんちゃんと言ったのかしら」
「照れてまだ言えてなさそうだよな」
「早く良い知らせ聞きたいなー」
三人はニヤけ顔を近づけて笑った!!
やがて、王都の城壁が近づいてきた。
大きな門を、旅人や商人、何台もの馬車が行き交っている。
その向こうには、街道が伸びていた。
クラルは鞄へ手を添えた。
中には、アルタイルから受け取った紹介状が入っている。
王都で出会った人たち。
聞かせてもらった言葉。
百年前の出来事と、クロエという少女。
まだ分からないことばかりだった。
鞄を撫でていたクラルへ、御者が声をかける。
「お嬢ちゃんたち」
「はい?」
「マスターから話は聞いてるよ」
男は少し振り返り、にっと笑った。
「魔法都市マジラフまで、俺たちが責任を持って連れてってやるからな!」
クラルの顔が輝いた。
「魔法都市……!」
ノアも荷台の隙間から外を覗く。
シグは壁へ背を預け、ようやく小さく息を吐いた。
馬車が王都の門を抜ける。
高い城壁の影を出た途端、荷台へ明るい日差しが差し込んだ。
クラルは眩しそうに目を細め、その先へ視線を向けた。
次の街は、魔法都市マジラフ。
三人を乗せた馬車は、街道を走り始めた。
お読みいただき、ありがとうございます!
「なるほど」と頷いていた商売の授業。
アルタイルの手腕を、今度は身をもって知ることになった三人でした。
穏やかな笑顔で「見つかるといいですね」
あの優しいアルアイルさんが…書いててこっちが怖かったww
敵には回したくない人ですね……!
そして、次の目的地は魔法都市マジラフ。
どんな街が待っているのか、ドキドキしている三人と一緒に楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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明日、日曜日も20時10分に更新します。
また次のお話でお会いしましょう!




