商売の知恵と秘密の通路
金曜日、今週も『白日の石刻』を開いてくださり、ありがとうございます!
アスター大商会で過ごす日々。
今日はアルタイルが、三人に商売のいろはを教えてくれるようです。
クラルとノア、ちゃんと分かっているのでしょうか……?
特にこの二人はね…。
今週も、どうぞお楽しみください。
アスター大商会に世話になって、数日が過ぎた。
その間、クラルたちは、ただ身を隠していたわけではない。
「商人っていうのはね。安く買って、高く売れる場所へ持っていく。基本はそれだけなんだよ」
応接室の大きな机を囲み、アルタイルが楽しそうに話していた。
「例えば、ある村ではリンゴがたくさん採れるとする。当然、その村では安い」
「うんうん」
クラルが頷く。
「でも、リンゴがほとんど採れない町まで運べば?」
「高く売れる!」
「そういうこと」
アルタイルが指を鳴らした。
「王都では余っている布も、北の町では飛ぶように売れるかもしれない。だから、商人に必要なのは、品物を見る目だけじゃないんだ」
横で聞いていたエマが続けた。
「どこの街で何が流行っているのか。今年は何が豊作で、何が不作なのか。街道に盗賊が出ていないか。そういう情報も大切なんですよ。ほんの少しの変化で、値段が下がったり、逆に跳ね上がったりしますから」
「なるほどー」
クラルが頷く。
「なるほど」
ノアも頷いた。
「それから、遠くの町へ大金を持っていくのは危険だからね。為替手形を使うことも多いんだ」
「なるほどー」
「なるほど」
シグが二人を見た。
「……二人とも、絶対分かってないだろ」
「分かってるよ!」
「分かってる」
「じゃあ、為替手形って何?」
「……」
「……」
二人は同時にアルタイルを見た。
「ほらな」
「今から聞こうと思ってたの!」
アルタイルが声を上げて笑った。
「ははは! まあ、最初はそんなものだよ」
机の上から紙を一枚取り、三人に見せる。
「簡単に言えば、ここでお金を預けて、代わりにこの紙を受け取る。着いた先の商会で紙を渡せば、お金を受け取れる。そういう仕組みだね」
「じゃあ、重たいお金をずっと持って歩かなくていいんだ!」
「そう。ただし、どの商会でも使えるわけじゃない。互いに信用して取引している相手だから、できることなんだよ」
アルタイルは紙を裏返した。
細かな文字と、見慣れない印が並んでいる。
「受け取る人や場所、期限も決められている。誰かに拾われても、簡単には使えないようになっているんだ」
「なるほど!」
今度は、二人の声が揃った。
「やっと分かったか」
シグが小さく息を吐く。
アルタイルは笑いながら紙を置いた。
「じゃあ、もう一つ。商売の面白い話をしようか」
「面白い話?」
クラルが身を乗り出す。
アルタイルはハーブティーを一口飲み、カップをそっと置いた。
「物を売るっていうのはね。ただ品物とお金を交換するだけじゃないんだよ」
三人の顔を順に見て、微笑む。
「例えば、肌を綺麗にしてくれる、とてもいい化粧品ができたとしよう。材料もいい。たくさん作れる見通しも立った。でも、最初に用意できる数は少ない」
「うんうん」
「これを、君たちならどうやって高く売る?」
真っ先に口を開いたのは、クラルだった。
「私なら、お店の一番目立つところに置きます! すごくいいものですよーって、みんなに見てもらう!」
「クラルが店先に立ってくれたら、賑やかになりそうだね」
アルタイルは楽しそうに笑った。
「それもいい売り方だよ。ただ、今回は数が少ない。誰に最初に使ってもらうかも、考えてみたいんだ」
ノアが少し首を傾げる。
「……それなら、競売は? 本当に欲しい人に、値段をつけてもらうの」
「おー!」
クラルがノアを見る。
「確かに、高く売れそうだね」
アルタイルは頷いた。
「でも私なら、その一度の売り上げだけで終わらせるのは、少し惜しいかな。せっかくいいものができたんだから、次も、その次もうちから買いたいと思ってもらいたい」
そう言って、シグへ目を向ける。
「シグはどう思う?」
シグは椅子にもたれたまま、少し考えた。
「俺なら、有名な人にただで使ってもらうかな。その人が気に入って広めてくれれば、次から高く売れそうだし」
「うん。いいところに気がついたね」
アルタイルが嬉しそうに頷く。
「私なら、街で一番名の知れた貴族のお嬢様に持っていく。それも、店先で大々的に売り出す前に、そっとね」
「ただ、家の格にも気を配る必要がある。誰を先にするかで、貴族同士の揉め事を招くこともあるからね」
「なるほど! ただで?」
クラルが尋ねる。
「まずは試していただくんだ。『できたばかりで、まだ数が少ないので、他の方には内緒で、ぜひあなただけに最初にお使いいただきたい』とお伝えしてね」
「ふうん……」
「さて。そのお嬢様が化粧品を気に入ってくれたら、次のお茶会や舞踏会でどうすると思う?」
クラルは少し考え、ぱっと顔を上げた。
「お友達に話す! まだお店には並んでないけど、こんなにいいものがあるのよって!」
「そういうこと」
アルタイルが微笑む。
「肌の調子がよくなっていたら、周りも気づくだろうね。何を使っているの、と聞かれるかもしれない」
「そしたら、みんなも欲しくなるね」
ノアが言った。
「でも、まだお店には並んでいない」
「あ」
クラルの目が丸くなる。
「だから、ここに問い合わせが来る!」
「うん。ご本人か、使いの方がね。そこで私は、こうお伝えする」
アルタイルは少し姿勢を正した。
「申し訳ございません。まだ数が少なく、すぐにはご用意できないのです。ですが、お嬢様の大切なご友人でしたら……なんとか、先にお届けできるよう手配いたしましょう」
「……うわ」
シグが苦笑した。
「優しい顔して、よくそこまで考えるな」
「おや。喜んでいただけるように頑張っているだけだよ」
アルタイルは涼しい顔でカップを持ち上げた。
「そうして品物を手に入れたご友人たちは、最初のお嬢様にもお礼を言うだろうね」
「お店を紹介してくれてありがとう、って?」
「そう。お嬢様も、自分の勧めたものをみんなが喜んでくれたら嬉しいだろう?」
クラルが頷く。
「商会も、いい品物を用意してくれると覚えていただける。そうした信用が、次の商売に繋がるんだ」
「……品物だけ売ってるんじゃないんだね」
ノアが呟いた。
アルタイルはカップを置いた。
「もちろん、使ってみたら大したことがなかった、では全部台無しだ。いい品物と、守れる約束。そこは欠かせない」
そう言って、少し悪戯っぽく笑う。
「そのうえ、貴族のお屋敷とのご縁までできる。……ね? なかなかいい商売だろう?」
「……なるほど」
クラルが頷いた。
「なるほど」
ノアも頷く。
シグが二人を見る。
「今のは?」
「ちょっと分かった!」
「私も」
「ちょっとかー」
エマが口元を押さえて笑った。
ーーー
そして、アスター大商会を出る日がやってきた。
「これを持っていきなさい」
出発前、アルタイルが差し出したのは、一通の封書だった。
厚手の紙に、アスター大商会の紋章が刻まれた封蝋。
クラルは両手で受け取った。
「これは?」
「アスター大商会の紹介状だ。各地の支店や、懇意にしている取引先で見せるといい。宿や馬車の手配くらいなら、力になれるはずだよ」
街道の様子や、危険な地域についての情報。
必要であれば、為替手形の相談もできるという。
「王国中どこでも、というわけにはいかないけれどね。多少は話が早くなる」
アルタイルは笑った。
「もちろん、国の施設や軍にまで顔が利く、魔法の紙じゃない。無理なものは無理だけどね」
「それでも、すごいよ!」
クラルは大事そうに紹介状を抱えた。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ」
アルタイルは微笑んだ。
「母の言葉を聞かせてもらったからね」
クラルは一瞬だけ目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
その隣で、エマが両手を広げる。
「クラルさん」
「エマさん!」
クラルは、その腕の中へ飛び込んだ。
「また会いましょうね」
「はい! 絶対!」
身体を離すと、クラルはエマを見上げた。
「それと、アルタイルさんと仲良くしてくださいね」
「ちょ、クラルさん!」
エマの頬が、たちまち赤くなる。
クラルはにこにこと笑っていた。
エマは照れた顔のまま、シグとも握手を交わす。
アルタイルも三人それぞれと、別れの挨拶を交わした。
だが、そのまま玄関から出るわけではなかった。
「では……こちらへ」
案内されたのは、商会の地下。
倉庫のさらに奥だった。
積み上げられた木箱の陰に、重い鉄扉がある。
アルタイルが鍵を開けた。
ギィィ……。
扉の向こうには、下へ続く石段があった。
湿った空気が吹き上がってくる。
「……何これ」
クラルが覗き込む。
「下水道につながる非常通路だよ」
「商会に、こんなのがあるの!?」
「私たちのような大商会ともなるとね」
アルタイルは少し胸を張った。
「時には、逃げることも考えておかなければならないんだよ」
「……」
「……」
「……」
三人の視線を受け、アルタイルが咳払いした。
「……まあ、長く商売をしていると、色々あるんだ」
あえて、誰も何も聞かなかった。
通路を進んだ先には、地上へ続く梯子があるという。
出口の真上には、すでに馬車が待機していた。
底板を外し、下から直接乗り込めるようにしてあるらしい。
商会の周囲を張り込まれていても、これなら三人の姿を見られずに出られる。
「すごい……」
クラルは、もう一度暗い通路を覗いた。
「商会なのか、要塞なのか分からないね」
ノアが呟く。
アルタイルは、ただにこりと笑った。
「では、お気をつけて」
エマが頭を下げる。
「うん! またね、エマさん!」
クラルは大きく手を振り、二人と一緒に石段を降りていった。
*
ぽちゃん。
どこかで、水滴が落ちる。
壁に掛けられた小さなランプの明かりを頼りに、三人は湿った石の通路を歩いていた。
「結構長いね」
「商会から離れるためだろ」
シグが答える。
「もう少しみたいだよ」
先を歩くノアが言った。
その時だった。
「……待って」
クラルが足を止める。
前方の暗闇に、別の明かりが見えた。
ゆらゆらと揺れるランプ。
そのすぐそばに、人影がある。
「誰かいる」
シグが一歩前へ出た。
足音が近づいてくる。
人影は、こちらへ走ってきた。
「クラルさん!」
「……え?」
聞き覚えのある声だった。
ランプの明かりに照らされ、現れたのは――。
「エマさん!?」
さっき別れたばかりのエマが、息を切らして立っていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
「なるほど」と頷く二人に、シグのツッコミ。
商売の話にも、それぞれの性格が出ていましたね。
そして、いよいよ商会を出発……と思ったら、まさかの再会。
エマが駆けてきた理由は、明日の更新で!
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今週も金・土・日、20時10分に更新します。
また明日もお楽しみに!!




