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信頼の証

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


窓の向こうでは、いつもと変わらない王都の一日が続いています。


その景色を眺めながら、それぞれの胸に浮かぶものは――。


今回も、ゆっくりお楽しみください。


その頃。


アスター大商会の静かな一室で、エマは窓辺に立っていた。


手には、紅茶の入ったカップ。


窓の向こうには、王都の喧騒が広がっている。


荷車を引く人。


商人たちの声。


忙しく荷を運ぶ従業員。


いつもと何も変わらない光景…



百年前、この国から何かが消された。


その事実を知った今も、街はいつもどおりに動いていた。


エマは紅茶を一口飲む。


そして、窓の外を眺めたまま、ぽつりと呟いた。


「クラルさんって……退屈だった私の日々を、色々変えてくれるなぁ」


その口元には、小さな笑みが浮かんでいた。



一方、応接室では、アルタイルが一人、机に向かっていた。


両手を組み、その上へ顎を乗せる。


帳簿は、閉じたままだった。


頭から離れない言葉がある。


『百年後、私とよく似た人間が現れるから、その子の力になってあげてよ』


クロエの言葉。


そして、もう一つ。


『クロエに似た女性が現れたなら、今度はあなた達がその人の力になりなさい』


母の言葉。


「…………」


アルタイルは頭を掻いた。


「同じ日に聞かせるかね……普通」


あまりにも出来すぎている。


偶然と言ってしまえば、それまでだ。



だがーー


商人は、偶然を軽く見ない。


亡き父に、何度も聞かされた言葉を思い出す。


「ただの偶然だって? だからお前はまだまだなんだ」


豪快に笑う父の顔が浮かんだ。


「いいか、アルタイル。この世界で《偶然》とは、神の気まぐれか、魔力の偏りか、あるいは、誰かの陰謀の影だぞ!」


そして、決まってこう続けるのだ。


「運命の女神が耳元で囁いた一瞬を、《偶然》と見落とす者に、我が商会の看板を背負わせるわけにはいかんな!」


「……親父」


アルタイルは椅子の背へ身体を預けた。


「なんか今日は、やたら昔のことを思い出すな……」



コンコン。


扉が叩かれた。


「どうぞ」


入ってきたのは、エマだった。


その後ろから、クラル、ノア、シグの三人も続く。


「あれ?どうしたんだい?」


アルタイルが尋ねた。



三人は顔を見合わせる。



そして、クラルが一歩前へ出た。


「アルタイルさん。エマさん」


「うん?」


「話しておきたいことがあります」


アルタイルが、姿勢を正した。


「さっきの石版のことだけじゃなくて……私たちが、ここまでの旅で知ったことです」


シグが続ける。


「それと、俺たちが今、置かれてる状況も」


エマが三人を見た。


「それは……追われていたことも、ですか?」


先ほど、路地裏で追い詰められた三人を、この商会へ引き入れてくれたのはエマだった。


クラルは頷く。


「はい」


そして、真っ直ぐ二人を見た。


「全部、話します」


アルタイルは、しばらく三人を見つめていた。…やがて、組んでいた手をほどく。


「分かった。聞かせてくれるかい?」


いつもの軽い声ではなかった。


「エマも、一緒に聞いてくれるね?」

アルタイルは、エマへ目を向けた。その眼差しに、エマは静かに頷いた。


「はい」


エマが頷き、三人に席を勧める。


クラルはノアとシグを見た。


二人が頷くのを確かめてから、ゆっくりと話し始めた。



以前、石刻した石版のこと。


百年前、王国で病が蔓延していたこと。


その裏で、悪政から民衆の目を逸らすために、魔女狩りが行われていたこと。


そして、そのさらに奥に、《魔力暴走》という言葉が残されていたこと。


その石版を狙う者たちが現れ、自分たちが襲撃されたことも。


「その時……」


クラルの声が小さくなる。


「シグの師匠の、ガレフさんが……最後まで私たちを庇って、目の前で殺されました」


エマが息を呑んだ。


アルタイルの表情も、険しくなる。


シグは俯かなかった。


真っ直ぐ前を見たまま、口を開く。


「師匠は、俺たちを守って死んだ」


静かな声だった。


「だから俺たちにとって、今日見たものは……ただの百年前の昔話じゃない」


誰も、口を挟まなかった。


「病気の蔓延」

ノアが言う。


「魔女狩り」

クラルが続ける。


そして、シグが。

「魔力暴走」


これまで、繋がりが見えなかった三つの言葉。


「今日の石版で、初めて繋がったんです」


クラルは、膝の上で手を握った。


「病気の蔓延も、魔女狩りも……魔力暴走に関係があるんだと思います」



一度、言葉を切る。


「そして、クロエが魔力暴走を止めた。そこは、私たちが石本の中で見たことです」


アルタイルが、椅子へ深く座り直した。


「……なるほど」


そして、三人を見る。


「君たちが王都で追われていたことも、それに関係していると?」


「分かりません」


クラルは正直に答えた。


「誰が追ってきたのかも、まだ分からないです」


「ただ」


シグが続ける。


「偶然だって決めつけるには、色々ありすぎる」


「……そうだね」


アルタイルが静かに頷いた。


偶然。


先ほどまで思い出していた父の言葉が、また頭をよぎる。


しばらく、沈黙が続いた。


クラルは、握っていた手を少し緩めた。


「アルタイルさん」


「ん?」


「私たち……これからも、何かに巻き込まれるかもしれません」


アルタイルは黙って聞いている。


「ここに来たことで、お二人にも迷惑をかけるかもしれない。だから……助けてもらったのに、黙ったままにしたくなかったんです」


エマが僅かに目を見開いた。


クラルは、エマへ顔を向ける。


「今日、私たちを助けてくれましたよね」


小さく笑った。


「だから今度は、私たちがちゃんと話す番だと思って」


「クラルさん……」


「それが」


シグが続ける。


「俺たちからの、あなた方への信頼の証だと思ったから」


ノアも頷いた。


「私も、二人には知っていてほしい」


部屋が静かになった。


やがて、アルタイルが小さく笑う。


「参ったな」


「?」


「今日一日で、随分と大きなものを預けられてしまった」


椅子から立ち上がり、窓の向こうの王都を見る。


「母からは、百年前から続く約束」


そして、振り返った。


「君たちからは、信頼か」


クラルは何も言わず、アルタイルを見つめていた。


すると。


「クラル」


「はい?」


「君は賢い子だね」


「……え?」


「今すぐ商人にしたいくらいだよ」


「わ、私がですか?」


クラルは本気で分からないらしく、首を傾げた。


その顔を見て、アルタイルはとうとう吹き出す。


「ははっ! やっぱり分かってないか!」


「何がですか?」


ますます首を傾げるクラルを見て、アルタイルは笑った。


おそらく、本人にそのつもりはない。


助けてもらったから、黙っていたくなかった。


信頼しているから、話した。


ただ、それだけなのだろう。



助けてほしいと迫られたわけでも、何かを差し出されたわけでもない。


それなのに。


危険まで正直に打ち明け、真っ直ぐに信頼を寄せられた今、アルタイルは彼女たちを放っておけなくなっていた。


商人から見れば、とんでもない交渉術だ。


しかも本人には、交渉したつもりすらない。


「まったく……」


アルタイルは、肩を揺らした。


「君は、運命の女神か何かなのかな?」


「……え?」


「いや。こっちの話さ」


アルタイルは笑った。


クロエとは何者なのか。


百年前、この国で何が起きたのか。


なぜ、古い石版が狙われるのか。


そして、クラルたちを追っているのは誰なのか。


答えは、まだ出ない。


それでも、ここまで知ったことを、一緒に考える人が増えた。


窓の外ではーー


四本の尖塔が、変わらず王都の空へ伸びていた。


その下を、馬車が行き交う。


何万人もの人々が、今日を生きている。


百年前、この国の歴史から何かが消されたことなど、知らないまま。


そして。


その失われた歴史と、今を生きる一人の少女が、少しずつ繋がり始めていることも。


まだーー


ほんの僅かな人間しか、知らなかった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


助けてもらったからこそ、危険も含めて正直に話したい。


クラルたちが差し出した信頼を、アルタイルとエマが受け止める。そんな時間を描きたかった回でした。


「今すぐ商人にしたい」と言われても、本人はきっと、最後まで分かっていませんね(笑)


続きが気になった方は、ブックマークで旅を見守っていただけると嬉しいです。


「面白かった」「応援したい」と思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から★5評価や、ニコちゃんでの応援もぜひ!


皆さんの反応が、続きを書く力になっています。


それでは、また明日のお話でお会いしましょう!!

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