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王都の高級レストラン


今週も金・土・日の三日間、お付き合いいただけたら嬉しいです!


初めて訪れた王都グランヴィア。


見るものすべてが新鮮な三人ですが…


今回は、ちょっと背伸びをして初めての高級レストランへ。


慣れない場所に、見たことのない料理。

そして、大量に並んだナイフとフォーク。


さて、三人は無事に食事を終えられるのでしょうか。



店の前まで来たクラルは、大きな扉を見上げた。


磨き込まれた木製の扉には、金色の取っ手。


見るからに高そうだ。


「……入るよ?」


「なんで俺に聞くんだよ」


シグに言われ、クラルがおそるおそる手を伸ばす。


ーーその瞬間。


内側から、すっと扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


「わっ!」


思わず一歩下がるクラル。


扉を開けた店員は、何事もなかったように優雅に一礼した。


「ご予約のお客様でしょうか?」


「あ、はい!」


案内された先には、重厚感のある高い受付台。


予約の名前を告げると、店員はすぐに確認し、柔らかく微笑んだ。


「お待ちしておりました。クラリス様、こちらへどうぞ」


三人は顔を見合わせ、その後ろについていく。


「……すご。クラリス様って」


クラルの口から、小さく声が漏れた。


ーー


広いフロア。


高い天井から吊るされた照明が、昼間だというのに淡い光を落としている。


足元には厚い絨毯。


歩くたび、靴底がふわりと沈む。


「なにこれ……」


クラルがこっそり足踏みする。


ふわっ。


ふわっ。


「足が跳ね返ってくる……!」


「遊ぶなよ」


シグが小声で止める。


大きな窓は隅々まで磨き込まれ、薄いレースのカーテン越しに昼の光が柔らかく差し込んでいる。


王都の喧騒だけを、窓の向こうへ置いてきたようだった。


やがて店員が一つのテーブルの前で立ち止まる。


「こちらでございます」


すっと椅子が引かれた。


「…………」


クラルは立ったまま椅子を見る。


店員を見る。


もう一度、椅子を見る。


ーーいつ座ればいいんだろう。


今?


まだ?


もうちょっと待つ?


ちらりと隣を見るとーー


ノアはごく自然に椅子の前へ進み、店員の動きに合わせて腰を下ろしていた。


「……!」


クラルは慌てて真似をする。


シグも、それを見てから少し遅れて座った。


三人の中で、明らかに一人だけ動きが違う。


「ノア、なんか様になってる……」


「そう?」


いつも通り、にこにこしている。


さすがノアだ。


席についてからも、クラルには驚くことばかりだった。


真っ白なテーブルクロス。


曇りひとつないグラス。


そしてーー


「……なにこれ」


皿の左右を見て、クラルが固まる。


フォーク。


またフォーク。


反対側にはナイフ。


ナイフ。


スプーン。


「こんなにいる?」


「知らないのか?」


シグが少し得意そうに言った。


「外側から使うんだよ」


「へえ!」


クラルの目が輝く。


「シグ、知ってるんだ!」


「まあな」


「でも、右も左もあるけど……」


「…………」


シグの動きが止まった。


「右からじゃないか?」


「外側って言ったじゃん」


「右の外側だよ」


「じゃあ左のは?」


「…………」


二人の視線が、左側のフォークへ向かう。


ノアだけが向かいの席で、にこにこしていた。


「ノア?」


「なに?」


「これ、どうやって使うの?」


「料理が来れば分かるよ」


「最初からノアに聞けばよかった!」


「俺もそう思う」


初めての場所。


初めて見るもの。


何をするにも少しだけ緊張する。


けれどーー


その分だけ、楽しかった。


――


ほどなくして、三人が楽しみにしていた料理が運ばれてきた。


《キングスモークサーモンとハーブチーズの盛り合わせ》


そしてーー


《黄金芋の特製グラタン》


目の前へ置かれた瞬間、クラルの顔がぱっと輝いた。


燻されたサーモンは淡い桃色で、表面には艶がある。


その横には白いハーブチーズと、色鮮やかな香草。


グラタンはまだぐつぐつと音を立て、黄金色に焼けたチーズから香ばしい匂いが立ち上っていた。


「おいしそう……!」


さっそく食べようとしてーー


クラルの手が止まった。


向かいを見る。


「……シグ?」


「なんだよ」


「スモークサーモン、スプーンで食べるの?」


シグの手には大きなスプーン。


「…………」


「じゃあどれだよ!?」


声を潜めながらシグが言う。


「こんだけ並んでたら分かんねえよ!」


「さっき知ってるって言ったじゃん!」


「外から使うことしか知らねえんだよ!」


ノアがくすくす笑いながら手を伸ばした。


「シグ、こっち」


一本のナイフとフォークを指す。


「これを使えばいいよ」


「……最初から教えてくれよ」


「聞かれなかったもの」


そう言いながら、ノアは自分のナイフとフォークを取った。


その仕草が、驚くほど自然だった。


サーモンを押さえ、静かにナイフを入れる。


音も立てない。


背筋もすっと伸びている。


口へ運ぶ仕草まで綺麗だった。


クラルは思わず見惚れる。


いつ見ても、ノアはきちんとしている。


白い服も。


白い髪も。


こういう場所での振る舞いも。


同じテーブルに座っているのに、なんだかノアだけ絵の中にいるみたいだ。


クラルから見ても、惚れ惚れする。


「……ノアって綺麗だね」


「え?」


ノアが顔を上げる。


その瞬間ーー


ガシャッ。


「あ」


べしゃっ!


ノアの手がグラスに当たった。


倒れたグラスから水が勢いよく流れ、真っ白なテーブルクロスを濡らしていく。


「…………」


「…………」


「…………」


三人で水を見る。


ノアが、ゆっくりクラルを見る。


「……見た?」


「ご、ごめん。見てる」


「笑わないで」


「まだ笑ってないよ」


「顔が笑ってる」


「今から笑おうと思ってたから」


シグが口元を押さえた。


「よく考えたらノアだもんな!」


「シグ?」


「はい!? 俺の心の声が漏れてたか?」


「普通の声で聞こえたけど」


店員がすぐにやってきて、慣れた手つきで片付けてくれる。


ノアは申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。


それを見て、クラルはなんだか安心した。


完璧に見えてもーー


やっぱり、いつものノアだ。


「……なんか安心した」


「なんで?」


「ノアだから!」


「どういう意味?」


――


気を取り直して。


「いただきます!」


まずはキングスモークサーモン。


教えてもらった通りにナイフを入れ、ハーブチーズを少し乗せる。


口へ運ぶ。


「…………」


クラルの目が大きくなる。


シグも黙った。


ノアも目を細める。


燻製の香り。


ハーブの爽やかさ。


濃厚なチーズ。


脂の乗ったサーモン。


いろんな味が、口いっぱいに広がっていく。


間違いなく美味しい。


今まで食べたことがないくらい――美味しい。


なのに。


「……ねっとりしてる」


クラルが言った。


「ねっとりしてるな」


シグも言った。


「……うん。ねっとりしてる」


ノアまで頷いた。


「…………」


三人とも、もう一口食べる。


「……なんて言えばいいんだろう」


クラルが首を傾げた。


「うまいでいいだろ」


「でも、すっごく美味しいんだよ?」


「じゃあ、すっごくうまい」


「シグ、語彙が私と同じだよ」


「うぐっ」


ノアが真剣な顔で考える。


「口の中で……ふわっとして……」


「うん!」


「ねっとりして……」


「戻った!」


結局、三人ともよく分からなかった。


でも、美味しい。


それだけは間違いなかった。


――


続いて――


待ちに待った《黄金芋の特製グラタン》。


クラルは嬉しそうにスプーンを入れた。


とろり。


黄金色のチーズが長く伸びる。


「わぁ……!」


そのまま大きな一口。


「――っ!!」


クラルの肩が跳ねた。


「熱っ!!」


慌てて口を押さえる。


「そりゃ熱いだろ。まだぐつぐついってるぞ」


「先に言ってよ!」


「見れば分かるだろ!」


涙目になりながら、はふはふするクラル。


その隣で、シグも一口。


今度はちゃんと息を吹きかけてから。


「……これ、チーズうまいな」


「ずるい!」


「何がだよ」


「私もちゃんと冷ましてから食べればよかった!」


ノアが笑いながらグラスへ手を伸ばす。


「クラルは慌てすぎなのよ」


コツン。


「あ」


ガシャッ。


べしゃべしゃっ!!


「…………」


「…………」


「…………」


また水が流れていく。


ノアは、伸ばした手のまま固まっていた。


クラルが恐る恐る口を開く。


「……ノア」


「今日、二回目」


「自分で言った!」


今度こそシグが吹き出した。


「お前、食事の作法より先にグラスの位置覚えた方がいいんじゃないか?」


「シグ!」


クラルも耐えきれなくなった。


「ふふっ……あははは! やっぱりノアだ!」


「クラルまで!」


高級な店なのだから、大声で笑ってはいけない。


分かっている。


分かっているのにーー


一度笑い始めると、なかなか止まらなかった。


慣れない椅子。


多すぎるナイフとフォーク。


初めて食べる料理。


熱々のグラタン。


そして、二回も倒れるノアの水。


何もかもが、三人にとって初めてだった。


窓の向こうでは、王都グランヴィアの街を馬車が行き交っている。


遠くに見える大きな建物。


絶えず行き交う大勢の人々。


中央都市ミラとも違う。


リトスフェル村とも、もちろん違う。


見たことのあるものも。


見たことのないものも。


ここには、いくらでもある。


クラルはグラタンをふうふうと冷ましながら、窓の外へ目を向けた。


「……王都って、すごいね」


「何が?」


こぼした水を片付けてくれている店員へ、何度も頭を下げながらノアが聞く。


クラルは少し考えた。



けれどーー



やっぱり、上手い言葉は出てこなかった。


料理の感想すら「ねっとりしてる」しか出てこないのだ。


だから。


「全部!」


そう言って笑った。


ノアも笑う。


シグは呆れたように肩を竦めながら、もう一口グラタンを食べた。


三人にとって、初めての王都。


まだ知らない場所も。


まだ知らない景色も。


まだ知らない味も。


きっと、数え切れないほどある。


その全部が今は楽しみだった。


クラルはもう一度、熱々のグラタンを口へ運ぶ。


今度はちゃんと、ふうふうと冷ましてから。


そしてーー


「……これ、おばあちゃんにも食べさせてあげたいな」


ぽつりと漏れた。


ノアがクラルを見る。


シグも一瞬だけ手を止めた。



クラルの頭に浮かんだのは、リトスフェルの家。


いつもの食卓。


向かいに座る、おばあちゃんの顔。


きっと最初は、


『こんな洒落たもの、私の口には合わないよ』


なんて言うくせに。


一口食べたら…もう一口。


それから、もう一口。


最後には皿まで綺麗にして。


『……まあ、悪くはないね』


なんて言うのだ。


そんな姿が、簡単に想像できた。


「……ふふっ」


「どうしたの?」


「ううん」


クラルは笑って、もう一度スプーンを手に取った。


「帰ったら、おばあちゃんにいっぱい話さなきゃ」


ノアもニッコリして頷いた!


シグもレースのカーテンの向こうを見ていた…


初めて見たもの。


初めて食べたもの。


今日、三人で笑ったこと。


これから見る景色も。


これから出会うものも。


きっと全部。


――話しきれないくらいに。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


初めての高級レストラン。

シグは知ったかぶり、クラルは熱々のグラタンに突撃、そしてノアは……二回やりました(笑)


旅をしていると、危険なことや悲しいことだけじゃなくて、こんなふうに三人で笑った時間も、きっと大切な思い出になっていくんだと思います。


そしてクラルが思い出した、おばあちゃんのこと。


「帰ったら、いっぱい話さなきゃ」


その頃には、話しきれないくらいの思い出が増えているのかもしれません。


土、日も20時10分に更新します!

三人の王都での時間、お楽しみに〜!!

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