それでも旅は続く
楽しかった王都の夜に響いた、突然の悲鳴。
三人の胸にあった小さな疑念は、もう無視できるものではなくなっていました。
それでも、三人は三人らしくです!
三人らしい王都編お楽しみに〜
さっきまでの楽しい食事が、いつのことだったのか分からなくなるほどーー
三人の鼓動が、一斉に跳ねた。
ただの推測だった。
考えすぎかもしれないと、どこかで思っていた。
けれど…
恐れていたことが、今、三人の目の前で現実になった。
「……あ、あれって……私たちが荷物を置いた宿だよね……?」
クラルの声が震える。
「私たちの部屋……かな」
ノアが窓の向こうを見たまま呟いた。
「ああ……」
シグが短く答える。
《銀鹿亭》。
間違いない。
王都へ着いたあと、三人が荷物だけを置いてきた宿だ。
「とりあえず……目と鼻の先で、ここの宿までバレることはないと思う」
シグは窓から離れ、声を潜めた。
「俺とクラルで一部屋。ノアで一部屋。それに、ここでは偽名を使ってる。これだけ大きな王都だ。すぐに辿り着かれることはないはずだ」
「……うん」
クラルも小さく頷く。
少なくとも、《銀鹿亭》に三人が泊まっていると思わせることには成功した。
だがーー
「それより、これではっきりしたな」
シグの言葉に、二人が顔を上げる。
誰もが同じことを考えていた。
オスカー・ベルンハルトの曾祖父。
かつて王都お抱えの彫刻家を務めていた男が、百年以上前に残した石版。
そこから《白日の石刻》によって得た情報を狙っているのか。
それとも……
クラル。
ノア。
シグ。
三人そのものを狙っているのか。
どちらにしても。
今回の襲撃が、自分たちと無関係だという可能性は、もう消えていた。
重苦しい沈黙が落ちる。
「…………」
その中で。
ノアは皿に残っていたポテトへ視線を落とした。
そしてーー
そっとつまむ…
ぱくっ。
「…………」
クラルがジト目でノアを見る。
「…………」
ノアは口を動かさない。
まるで「何も食べてませんけど?」とでも言うような顔をしている。
「…………」
「…………」
しばらく見つめ合ってーー
「ぷっ……!」
とうとうクラルが吹き出した。
「……ノア」
「…………」
「なんか……ありがと」
ノアが首を傾げる。
「ちょっとだけ怖くなくなった」
するとノアは、ようやくもぐもぐと口を動かし始めた。
「どういたひまひて」
「食べてんじゃん!」
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
とはいえ、今夜は警戒したほうがいい。
三人は扉の前へ机や荷物を積み上げ、簡単には開けられないようにしてから休むことにした。
もちろん、何かあればすぐに動けるようにーー
……したのだが。
翌朝。
「…………」
朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
小鳥の声まで聞こえる。
結局、三人とも朝までぐっすり眠っていた。
案外、寝てしまえばよく眠れるものである。
身支度を整え、簡単な朝食を済ませたあと。
三人は部屋の丸机を囲んだ。
「……王都を出るって手もあるけど」
シグが静かに言った。
クラルとノアが顔を見合わせる。
「嫌だよ」
「私も」
ほとんど同時だった。
シグは二人を見て、小さく息を吐いた。
「……だと思ったよ」
そもそもシグ自身、逃げたいわけではない。
ただ、一度選択肢として考えておかなければならないだけだ。
狙われているという事実。
ならば王都を離れる。
それは決して間違った判断ではない。
けれどーー
ここで逃げたところで、何かが解決するわけでもない。
どうせ追われ続けるだけだ。
「それに……」
クラルは膝の上で手を握った。
「せっかく王都まで来たんだもん」
「そこ?」
シグが眉を寄せる。
「そこ一番大事なところ」
ノアまで頷いた。
「…………」
シグは何も言わなかった。
「じゃあ、必要以上に怯えるのもやめよう」
そう言って、椅子から立ち上がる。
「ただし、少しだけ目立たない格好をする」
それについては、二人とも素直に頷いた。
――しばらくして。
「……どう?」
クラルがくるりと振り返る。
いつもの二本の三つ編みはない。
亜麻色の髪をほどき、そのまま肩へ流している。
それだけなのに、いつものクラルより少しだけ大人っぽく見えた。
ノアも長い銀髪を後ろへ集め、高い位置でひとつに束ねている。
普段はさらりと下ろしている銀髪が、動くたびに背中で軽やかに跳ねた。
そしてシグはーー
「……普通」
クラルが言った。
「普通ね」
ノアも続く。
「なんだよー、それでいいんだよ!」
シグは少しムキになって言い返した。
いつもの旅装から着替えたシグは、簡素なシャツにベスト、細身のパンツという格好だった。
修復士にも冒険者にも見えない。
王都のどこにでもいそうな青年。
「よし。これなら昨日よりは目立たないだろ」
完璧な変装をするつもりはない。
そんなことを始めれば、かえって不自然になる。
ほんの少し。
街の中へ紛れ込めれば、それでいい。
「じゃあ……」
クラルが鞄を肩に掛ける。
「行こっか!」
「どこに?」
シグが聞く。
クラルが止まった。
「…………」
ゆっくり振り返る。
「昨日、予約したお店」
シグが目を細めた。
「……え? そこ行くの?!」
「行くよ!」
即答だった。
するとノアまで当然のように立ち上がる。
「行きましょう」
「ノアまで……」
昨日。
王都を散策していた三人が、どうしても気になった店があった。
王都でも有名な料理店。
予約なしではなかなか入れないと聞き、今日の昼に席を取っておいたのだ。
「だって!!」
クラルは指を一本立てる。
《キングスモークサーモンとハーブチーズの盛り合わせ》
そして二本目の指を立てた。
《黄金芋の特製グラタン》
「……覚えてたのか」
「当たり前だよ!」
王都を流れる川で獲れた大魚を、桜の薪でじっくり燻したキングスモークサーモン。
それに添えられるのは、濃厚な山羊乳から作られたハーブチーズ。
そしてーー
王室御用達の甘みの強い黄金芋を、贅沢なバターとクリームで焼き上げた特製グラタン。
仕上げには、トリュフの香り。
昨日、店先の料理札を見た瞬間から。
クラルは絶対に食べると決めていた。
「初めて聞く食材ばっかなんだから、キャンセルなんてもったいないよ! 狙われてるからって、王都の美味しいものまで諦めたくない!」
「そうね」
ノアも頷く。
「それは別問題よ」
「お前らにとっては重大問題なんだな……」
シグは呆れたように二人を見る。
昨夜、自分たちが泊まっていると思われていた宿が襲われたばかりだ。
普通なら、外出を控えるべきなのかもしれない。
けれど。
いつ襲われるか分からないからといって、ずっと部屋の中で怯えているわけにもいかない。
警戒はする。
無茶もしない。
けれど、それと何もせず縮こまっていることは違う。
シグは小さく息を吐いた。
「……分かったよ」
「やった!」
「ただし」
クラルがぴたりと止まる。
「周囲には気を配るんだぞ。何か変だと思ったら、すぐ店を出る」
「はーい!」
「分かったわ」
ーーそうして三人は、王都の街へ出た。
「シグ?」
歩きながら、クラルがくるりと振り返る。
「髪下ろしてる私も、髪括ってるノアも可愛いでしょー?」
「あ、ああ……そうだね」
シグは少しだけ視線を逸らした。
普段は旅の仲間として一緒にいるせいか、こんなことを意識することはない。
けれど…
改めて「可愛いでしょ?」なんて聞かれると、どう答えていいのか分からない。
「……シグ、照れてるの?」
クラルが不思議そうに顔を覗き込んだ。
「照れてない」
「照れてるね」
今度はノアまで反対側から覗き込む。
「照れてないって!」
シグは二人から逃げるように、少しだけ歩く速度を上げた。
その背中を見て、クラルとノアが顔を見合わせる。
「……ふふっ」
「ね?」
なぜか二人とも、少し嬉しそうだった。
「ほら! 店に行くんだろ!」
前を歩くシグの声が飛んでくる。
クラルはすぐにシグのことなど忘れたように、隣のノアへ顔を向ける。
「ねえノア! グラタン半分ずつにしよう!」
「嫌だよ」
「えーー!?」
「私、一皿食べるもの」
「じゃあサーモン分けっこしようよ、多いかもじゃんね!」
「それならいいわ」
「……お前ら、もう少し警戒しろよ」
シグの呆れた声が、朝の王都へいつも通り無駄に消えていった。
「シグー! 早く!」
「置いてくよー!」
「さっきまでお前らが遅かったんだろ!」
三人の声が、朝の王都の雑踏へ溶けていった。
狙われていると確定してしまいましたね…
それでも、美味しいものは諦めない三人です(笑)
さて、少しだけ姿を変えて王都へ出たクラルたち。
予約した料理を無事に楽しめるのでしょうか――?
続きは金曜日、20時10分!!
今週も読んでいただきありがとうございました!
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