自分だけの一歩
鉱山の町での依頼を終えたクラル達。
笑って、騒いで、たくさんのものを受け取ってーー
三人はまた、新しい場所へ向かいます。
行き先は、王都グランヴィア。
でも、その汽車の中で出会ったのは、
少しだけ自信をなくした一人の少年でした。
ーーその夜。
「飲めぇぇぇぇ!!」
「今日は祝いだぁぁ!!」
鉱山の町は、お祭り騒ぎだった。
新しい金脈の発見。
そして、亡き父が残した最後の想い。
二つの奇跡が重なり、バルドは三日三晩の宴を開いていた
「親父がなぁ!!」
「親方、またその話ですか!?」
「何回目だよ!」
酔っ払った鉱夫達の声が飛び交う
ジョッキ片手に肩を組まれたシグが悲鳴を上げる。
「いいじゃねぇか! 親父は昔なぁ!」
「それ昨日も聞いたけど!」
「一昨日もだぜ!」
「おい、クラル達も笑ってないで助けてくれよー!」
酒場中がどっと笑う。
クラルはお腹を抱えて笑い転げ、ノアも口元を押さえて笑っている
「シグ、頑張って」
「他人事とかずるいだろー!」
酒場の笑い声は、夜遅くまで続いた。
ーー
宴も終わる頃。
バルドは大きな革袋を机へ置いた。
ずしり、と重い音が響く。
「約束のお礼だ!」
クラルが恐る恐る袋を開く。
「……え?」
中には金貨十枚。
さらに、銀貨五十枚。
「えぇぇぇぇぇ!?」
思わず立ち上がる。
「だ、ダメだよ!」
「こんなに受け取れない!」
「大人が何年働いても、こんなに稼げないよ!」
慌てて袋を押し返す。
だがーー
「もらっときな!」
酒場のおかみさんだった。
「でも……」
「見てごらんよ」
視線の先では、真っ赤な顔をしたバルドが豪快に笑っている。
「どうせこの人は、飲んで全部使っちまう…夢なんてそういうもんなんだよ」
店中がまた笑った。
「それだけ嬉しかったってことさね!」
おかみさんはクラル達へ優しく微笑む。
「あんた達が、それだけの仕事をしたんだよ。胸を張って受け取ってやりなよ」
クラルは革袋を見つめ、それからバルドを見る。
照れくさそうに笑うバルドに、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
バルドは鼻を擦って大きく笑った。
「また頼むぜ!三人ともいつでも遊びに来いよ!」
「はい!」
クラルも笑顔で頷いた。
――その時。
「あ!」
何かを思い出したようにクラルが声を上げる。
「アルトさん!」
「ん?」
少し離れた席で酒を飲んでいたアルトが振り返った。
クラルは受け取ったばかりの革袋を抱え、その前まで駆けていく。
「護衛の報酬!」
「ああ」
袋の中を覗き込み、少し悩む。
そして銀貨を五枚差し出した。
「これで足りますか?」
アルトは差し出された銀貨を見て、少しだけ眉を上げた。
「少し多いな」
「え?」
三枚だけ取る。
「これでいいよ」
「でも、Aランク冒険者はこれくらいが相場だって……」
アルトは小さく笑って、片目を瞑った。
「今回はほとんど何もしてないしね」
銀貨三枚を懐へしまう。
「それに、次も私を雇ってほしいからね」
クラルの顔がぱっと明るくなる。
「またお願いしてもいいんですか!?」
「もちろん。それが仕事だからね」
「じゃあ、またお願いします!」
「では、またの依頼、待ってるよ。クラルさん」
アルトはそう言いながら連絡先の紙をクラルに渡し立ち上がった。
「それじゃ、私はここで」
「アルトさん!」
クラルが大きく手を振る。
「ありがとうございました!」
アルトは背を向けたまま、片手を上げた。
酒場の扉が閉まる。
クラルはしばらくその扉を見つめていた。
そしてーー
「……またお願いしよっと」
「アルトさん、今回ほとんど何もしてなかったけどな」
シグが笑う。
「まあ、かっこいいからよし!」
「そこかよ」
ノアが横で、くすっと笑った。
――
数日後。
ヴェール・ヴァレー駅。
春風がホームを吹き抜ける。
三人はベンチに座り、大きな地図を広げていた。
「次、どこ行こうか?」
クラルの声に、三人で地図を覗き込む。
「行ったことない町がいっぱい!」
「王国は広いからね」
ノアが穏やかに答えた。
シグは腕を組みながら唸る。
「旅費は十分あるしな」
クラルは袋をぽんぽんと叩く。
「ねぇ!」
ぱっと顔を上げた。
「どうせなら!」
指が王国の中央を指す。
「王都グランヴィアへ行こう!」
「……は?」
シグが固まる。
「王都!?」
「やばいって! そんな場所、俺達みたいなのが行く所じゃねぇよ!」
クラルは笑った。
「最初はみんな場違いだよ」
地図の王都を指で叩く。
「だから行ってみたいの!」
「今からワクワクしない?」
シグは頭を掻きながら笑った。
「……その顔されたら断れないな!」
ノアも微笑む。
「私は楽しみ」
そっとクラルの手を握った。
「クラルが行くなら、私はどこへでも」
クラルは満面の笑みになった。
「じゃあ決まり!」
「三人でアルセリア王国、一周するよ!」
長い汽笛が鳴り響く。
蒸気機関車は白い煙を吐きながら、ゆっくりと走り始めた。
――
ガタン。
ゴトン。
車輪が一定の音を刻む。
春風が少し開いた窓から吹き込み、ノアの銀色の髪を優しく揺らした。
向かい合ったボックス席。
流れる景色を眺めながら、クラルは窓へ張り付く。
「王都かぁ!」
「楽しみ!」
シグは苦笑し、ノアはそんなクラルを微笑ましく見つめている。
その時だった。
隣のボックス席から、小さな話し声が聞こえてきた。
「兄上達は皆優秀だから」
若い男性の声だった。
「剣術も、学問も、政治も」
「私は……何一つ敵わないから」
少し間が空く。
落ち着いた年配の男が静かに答えた。
「ですが殿下には、殿下のお役目がおありです」
「違う」
少年は静かに首を振る。
「皆は期待している……私にも才能があると」
「でも私には……何をすればいいのか分からない」
「失敗すれば、国の恥にもなりかねない」
「兄上達と比べられる」
「……怖いんだよ」
クラルは耳を澄ませた。
シグには、嫌な予感しかしない。
「……クラル?」
ノアも小さく首を傾げる。
「どうしたの?」
クラルは立ち上がった。
「もう!」
「待て!」
シグが慌てて腕を掴む。
「こういう時は聞かなかったことにするんだ!」
「えー?」
「えーじゃない!」
「相手、王族だぞ!」
クラルは首を傾げた。
「だから?」
そのまま勢いよく通路へ飛び出す。
ガタンッ!
椅子が鳴った。
護衛達が一斉に立ち上がり、腰の剣へ手を掛ける。
車内の空気が一変した。
豪華な礼服。
王家の紋章が刺繍された外套。
そして窓際には、金色の髪をした一人の少年。
年はクラル達と、そう変わらない。
「ねえ、ちょっと!」
クラルは真っ直ぐ少年を指差した。
「偉い人なんでしょ!」
少年が目を丸くする。
「え?」
「ウジウジしすぎだよ!」
「無礼者!!」
護衛が怒鳴る。
「控えよ!」
「こちらはアルセリア王国、第七王子、レオナルド殿下であられる!」
シグは頭を抱えた。
「終わったぁぁぁ!!」
クラルはきょとんと首を傾げる。
「だから?」
護衛達が固まった。
「王子?今知ったので」
レオナルドだけが、小さく吹き出した。
「ふっ……」
護衛達は驚いて王子を見る。
――笑っている。
殿下が、笑った。
それだけで、張り詰めていた空気が少し緩んだ。
クラルはレオナルドの前まで歩く。
「ねぇ」
レオナルドが顔を上げた。
「やる前からダメって決めたの?」
その一言に、表情が固まる。
「兄上達には敵わないから」
「だから……」
クラルは首を横へ振った。
「じゃあ、一生その影踏めないよ!」
静寂。
ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。
汽車だけが春の草原を走っていく。
レオナルドは小さく俯いた。
「……そう、なのかもしれないね」
クラルは腕を組み、少し考える。
「私ね」
「地図読めない」
「朝起きられない」
「方向音痴」
「よく転ぶ」
シグが青ざめながら深くため息をつく。
ノアも微笑みながら頷いた。
「ちょっと!」
クラルが頬を膨らませる。
車内に小さな笑いが起こった。
「でも……」
クラルは少しだけ笑う。
「石刻は好き」
「誰かの想いをちゃんと伝えられた時、やっててよかったって思うんだ」
レオナルドは静かにクラルを見る。
「だから私、全部できなくてもいいんだ」
「自分にできることが一つあれば、それでいいかなって」
レオナルドは小さく呟いた。
「……もし、その一つが見つからなかったら?」
クラルは少しだけ首を傾げた。
「本当に?」
「え?」
「さっきさ…」
クラルは護衛達へちらっと目を向ける。
「王子が笑った瞬間、みんな嬉しそうだったよ」
「……え?」
レオナルドが振り返る。
「さっきまで、あんな怖い顔してたのに」
「王子が笑ったら、みんな笑った」
そして、にっと笑う。
「それじゃダメなの?」
「……」
レオナルドは言葉を失った。
護衛達も、互いの顔を見合わせる。
「そんなこと……考えたこともなかったな」
レオナルドがぽつりと呟いた。
「まあ、あとは……」
クラルは窓の外を見る。
春風に揺れる草原。
流れていく小さな村。
その向こうに連なる山々。
「探せばいいんだよ」
「もっと他にもあるかもしれないしね」
そして、笑顔で振り返った。
「それか、人に聞く!!」
「え?」
「だから旅してるんだよ、私たち」
「見たことない景色を見て」
「食べたことない物を食べて」
「知らない人と話して」
「そうしたらさーー」
少し考えてから、クラルは笑った。
「好きなものって、急に見つかるかもしれないじゃん!」
「……見つかったのか?」
「まだ!」
「え?」
「私達も探す旅を始めたばかり!」
レオナルドが目を丸くする。
次の瞬間ーー
「ははっ!」
声を上げて笑った。
護衛達まで、つられるように笑う。
「じゃあ、私にあんなこと言ってたのは何だったんだ」
「一緒に探せばいいんだよ!」
「私もか!?」
再び、車内に笑い声が広がった。
しばらくして、レオナルドは窓の外へ目を向ける。
今まで何度も見てきた景色。
なのに今日は、少しだけ違って見えた。
「……探す、か」
その横顔を見て、クラルは大きく頷いた。
「うん!」
レオナルドは小さく笑う。
「……変わった人だね」
「よく言われます!」
シグは肩を落とした。
「あんまり振り回さないでくれよ」
ノアは優しく微笑む。
「私はクラルが思うままに」
「えへへ、ありがとう!」
「いや、決して褒めてねぇからな」
シグがすかさず突っ込んだ。
ーーその時。
汽車がゆっくり速度を落とし始めた。
窓の向こうに、大きな駅舎が姿を現す。
高くそびえる時計塔。
幾本ものホーム。
行き交う人々。
王都グランヴィア駅だった。
「間もなく、終点、王都グランヴィア」
車掌の声が車内へ響く。
プシューッ。
白い蒸気がホームへ広がり、汽車がゆっくりと停車した。
レオナルドは静かに立ち上がる。
そして、クラルの前まで歩いてきた。
「クラル」
「ありがとう」
「今度会う時はーー」
少しだけ胸を張る。
「胸を張って名乗れる王子になってみせるよ」
クラルは満面の笑みで応えた。
「はい!」
「楽しみにしてます!」
レオナルドも穏やかに笑う。
「では、お連れの皆さんも良い旅を!」
扉が開く。
護衛達が先に降り、レオナルドもホームへ足を踏み出した。
その瞬間だった。
「殿下!!」
駅員や近衛兵達が一斉に頭を下げる。
ホームにいた人々も、ざわめき始めた。
「王子様だ……」
「第七王子殿下だ!」
レオナルドは立ち止まり、一度だけ振り返る。
車内では、クラル達が荷物を抱えて降りる準備をしていた。
「シグ、荷物忘れてる!」
「忘れてねぇよ!」
「クラル、それ私の鞄だよ」
「え?」
「あ、間違えた! ごめん!」
さっきまで王子と話していたことなど忘れたように、いつもの三人が笑っている。
レオナルドは思わず笑みをこぼした。
「……ありがとう」
誰にも聞こえないほど、小さな声だった。
やがてクラル達もホームへ降り立つ。
人で溢れる王都。
初めて見る巨大な駅。
「わぁーー!!」
クラルの目がきらきらと輝く。
「すごーい!!」
その声を少し後ろに聞きながら、レオナルドは護衛達と歩き出した。
護衛隊長が静かに尋ねる。
「殿下」
「いつもより楽しそうなお顔ですね」
レオナルドは少しだけ照れくさそうに笑った。
その笑顔を見た護衛達もまた、自然と笑みを浮かべる。
王都グランヴィア。
クラル、ノア、シグ。
三人の新しい旅が始まる。
そして、一人の王子もまたーー
自分だけの一歩を踏み出した。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
できないことがあってもいい。
まだ見つかっていないなら、これから探せばいい。
クラルらしい言葉が、誰かの小さな一歩になった今回のお話でした。
そしてついにーー
三人は王都グランヴィアへ!
明日、日曜日20時10分。
いよいよ王都での物語が始まります。
ここからまた少しずつ、物語が大きく静かに唸り動き始めます。
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