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怖くても…それぞれの一歩

今回は、ガレフを失った直後のお話です。


怖かった。

逃げたかった。

自分だけ助かりたいと思ってしまった。


そんな自分を責めるクラルに、ステラが伝える「勇気」の話。


強い人は、怖くない人なのか。


クラルが少しだけ前へ進む回です。


そして最後にはーー

シグが、ある決意を持ってクラルの前へ現れます。


結局、一行は再び警察庁へ戻ることになった。


事件の事情聴取。


そしてーー



ガレフの遺体を、安置するために。


事件の事情聴取。



廊下には重苦しい空気だけが流れていた。


誰も話さない。


クラルは膝の上で両手を握り締めたまま俯いている。


ノアも静かに隣へ座り、オスカーは壁にもたれたまま一点を見つめていた。


シグだけは別室にいた。


誰とも会わず、ガレフの傍を離れようとしなかった。


昼を少し過ぎた頃だった。


廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてくる。


黒い外套を翻した一人の女性。


ステラだった。


その姿を見た瞬間。


「おばあちゃん…!」


クラルは堪えていたものが一気に溢れ出した。


駆け出し、そのまま頭から飛び込む。


「ぶふっ……!」


思わぬ勢いに、さすがのステラも目を丸くする。


「こりゃ痛いねぇ…もう少しドラマチックに来れないかね!」


そう苦笑しながらも、両腕でクラルをしっかりと抱き留めた。



「今、署長さんから簡単に話は聞いたよ」


ステラはクラルの背中を撫でながら、静かに言った。


「……怖かったね」


「……っ」


その一言で。


クラルの張り詰めていた心が、音を立てて崩れた。


「ガレフが……!」


ステラの胸元を掴む手に、ぎゅっと力が入る。


「ガレフが……死んじゃった……!」


堪えていた涙が、一気に溢れ出した。


「私たちを守って……シグを庇って……それで……!」


「……そうかい」


ステラはそれ以上何も言わず、クラルを抱き締めた。


「ガレフが……もういないの……!」


「うん……」


「さっきまで一緒にいたのに……!」


クラルの声が震える。


ステラの外套に顔を押しつけたまま、子供のように泣いた。


しばらくして。


泣き声が少しだけ落ち着いた頃、ステラがもう一度、クラルの背中をゆっくり撫でた。


「……クラル」


「うん……」


「怖かったかい?」


クラルは、ステラの胸元に顔を埋めたまま頷いた。


「……怖かった」


ぽつり。


今度は、別の涙が落ちた。


「すごく……怖かったの」


「うん」


「私ね……逃げたいって思ったの」


ステラは何も言わず、続きを待つ。


「みんなを置いて……逃げたかった」


「うん」


「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのって……私、関係ないのにって……」


言葉にするたび、胸の奥に押し込めていたものが溢れてくる。


「みんなが命を懸けて戦ってくれてるのに……」


クラルは唇を噛んだ。


「私……自分だけ助かりたいって思っちゃった……」


震える指が、ステラの黒い外套を強く握る。


「ガレフがあんなに戦ってくれてたのに……」


「私……最低だよ……」


その言葉を聞いて、ステラは少しだけクラルの肩を離した。


「クラル」


優しい声だった。


「みんな、どんな顔をしてる?」



みんなを見れる心境ではなかったが、クラルは涙を拭いながら振り返る。


ノア。


オスカー。


ファントム。


誰も笑っていない。


誰一人、平気な顔なんてしていなかった。


みんな苦しそうだった…


泣きそうで…


「同じ顔だろう?」


クラルは小さく頷く。


ステラは微笑んだ。


「恐怖や死を前にした人間はね」


「誰だって逃げたいと思う」


「死にたくないと思う」


「自分だけ助かりたいと思う」


「そんなものなんだよ」


クラルは黙って聞いていた。



「私だって何度も逃げた。」


「何度も怖かった。」


「何度も泣いた。」


「英雄なんて呼ばれてもね……今だって戦う前は怖いよ!《死にたくない》って思うもんだよ!!」


ステラは少し笑って肩をすくめた。


「勇気っていうのはね。」


「怖くないことじゃない。」


「怖くてもそれでも一歩前に出る事なんじゃないかな」



少し間を置いて、ステラは続ける。


「でも誰か逃げたかい?」


クラルはゆっくり首を横に振る。



すると隣でノアが静かに口を開いた。


「ステラさん!」


「クラルは…」


「私とガレフさんを庇って前へ出てくれました」


「私が守るって」


クラルが驚いてノアを見る。


そんなことを言われるとは思っていなかった。


オスカーも小さく頷いて言った

「怖くて震えていたのに、それでも前へ出たんだよ君は」



ステラはふっと笑った。

「この子にも何か思うことがあったんだろうね。」


「…まあ、時には、逃げる勇気も必要なこともあるんだけどね」


「それより、こんなぐうたら坊主の寝坊助が、自分から前へ出るなんてね!」


「おばあちゃん!」


クラルが思わず頬を膨らませる。


「ふふっ……ステラさん、ひどいです。」ノアが言った。


その一言に、張り詰めていた部屋の空気がほんの少しだけ柔らかくなった。



その声につられるように、オスカーも小さく口元を緩める。


少し離れた場所で腕を組んでいたファントムも、その様子を一瞥すると静かに視線を外した。


何も言わない…


けれど、その表情はほんの僅かだけ柔らかく見えた。





ガレフを失った悲しみは消えない。


昨日までと同じ日常には、もう戻れない。


それでもーー


止まっていた時間が、ほんの少しだけ。


また、動き始めたような気がした。



――ガチャ。


安置室の扉が開いた。


全員が振り返る。


そこに立っていたのは、シグだった。


目は真っ赤に泣き腫らしている。


けれど、もう涙は流していなかった。


その腕には、大切なものを抱えるように、布に包まれた石版が抱かれている。


シグは何も言わず、クラルの前まで歩いてきた。


そしてーー


両手で、その石版を差し出した。


「……クラル」


掠れた声だった。


「頼む」


クラルは息を呑む。


布の隙間から覗く、冷たい石。


それが誰のものなのか。


聞かなくても分かった。


シグは石版を見つめたまま、静かに言った。


「この石版……」


一度だけ、唇を噛む。


そして顔を上げた。


「本にしてくれないか?」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は戦いの後、クラルが自分の中にあった「怖さ」と向き合う回でした。


逃げたいと思うことも、死にたくないと思うこともある。


それでも誰かのために一歩前へ出られたのならーー

それはきっと、十分に勇気と呼べるんじゃないかなと思います。


そして最後。


シグが差し出した、ガレフの石版。


「この石版……本にしてくれないか?」


次回ーー

ガレフが遺した《石刻》が開かれます。


『白日の石刻 -Claris Epitaph-』は

毎週 金・土・日 20時10分更新です!


続きも読んでいただけたら嬉しいです。


そして「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

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次回もよろしくお願いします!

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