夕暮れは夜空の色に
今回は、何気ない一日のようでいてーー
実はこれからに繋がる、大切な回です。
中央都市ミラの街並みや、夕暮れに染まっていく景色。
クラル達と一緒にその場所を歩いているような気持ちになってもらえたらと思い、いつもより少し風景を意識して書きました。
穏やかな時間の中にある、小さな違和感にも注目していただけたら嬉しいです。
共同窯で大騒ぎした数日後。
クラル、ノア、ステラの三人は中央都市ミラへ来ていた。
石畳の大通り。
整然と、だが折り重なるように並ぶ白い建物。
道の脇を流れる澄んだ水路。
何度来ても田舎育ちのクラルには街の美しさに驚くことばかりだった。
「うわぁ……」
きょろきょろと辺りを見回す。
「あんまりよそ見してると転ぶよ」
ステラが呆れたように言う。
「転ばないもん!」
「この前転んでただろ」
「それは石があったから!」
「石畳の街で何言ってるんだい」
ノアが小さく笑った。
「ふふ」
その笑顔にクラルは頬を膨らませる。
「ノアまで笑った!」
「ごめんね」
全然悪いと思っていない顔だった。
「私は少し用事を済ませてくるからね」
ステラが立ち止まる。
「二人はあそこで待ってな」
指差した先にはテラス席のあるカフェがあった。
「やった!ケーキ良い?」
クラルがキラキラしている
「紅茶ですね」
ノアもにっこり顔
「ああ。さっさと終わらせて迎えに来るから」
そう言うとステラは人混みの中へ消えていった。
―――
国家図書館へ向かう道。
ステラは遠回りをしながら歩いていた。
その瞳が静かに細められる…
周りには聞こえない程度の声で唱えた。
《英傑の閲覧権限 ディバイン・シーカー》
淡い霧のような魔力が街へ溶け込んだ。
人。
馬車。
商人。
旅人。
様々な気配をなぞるように広がっていく。
やがて霧は消えた。
「……尾行はいないか」
小さく呟く。
「読み違えたのかね」
そうしてゆっくり索敵しながら国家図書館へ到着した。
案内された先。
奥の頑丈な扉の部屋で待っていた男が笑う。
「ステラ、久しぶりだね!」
「この間会ったばかりだろう」
国家図書館館長、アルヴェイン・ルクス。
ステラが昔から《アルヴィー》と呼ぶ男だった。
「頼んでいたものは?」
「もちろんあるよ」
アルヴェインは引き出しから二つの銀色の通行証を取り出した。
王家の紋章が刻まれた他とは別の《特別な通行証》だ。
「クラルとノアの分だ」
「助かるよ」
「これなら砦のある大抵の街は顔パスだ」
ステラは受け取りながら頷いた。
「ところで街はどうだった?」
アルヴェインがステラに聞いた。
「尾行はいなかった…」
アルヴェインの笑顔が少し消える。
「接触も?」
「ないね」
…しばし沈黙。
「まだ動く気はないのか……」
「分からないね…」
ステラは肩をすくめた。
「もし何かあればまた頼むよ」
「もちろんだ」
アルヴェインは真剣な表情で答えた。
「そもそも無関係な話じゃないからね」
「深入りだけはしないでおくれよ」
「善処するよ」
ステラがそう言うと
館長らしからぬ苦笑を返した
―――
館長室を出て回廊を歩いていたステラが足を止めた。
「隠れるのが下手になったのかい?」
大きな柱の影へ声をかける。
数秒後。
黒い影から男が姿を現した。
細身。
冷たい雰囲気。
感情の見えない瞳。
「さすがですね」
男は小さく頭を下げる。
「ファントム」
司書官であり、暗部最強。
幻影の異名を持つ男だった。
「変わったことは?」
「ありません」
即答だった。
「本当に何も?」
「ええ…」
ファントムは静かに答える。
「…私もずっと図書館を監視していますが…異常はありません」
ステラは少し考える。
「妙なんだよ」
「私も同感です」
短い沈黙。
やがてファントムが聞いた。
「クラルは元気ですか」
「ああ」
ステラは笑う。
「相変わらず騒がしいよ」
ファントムも少しだけ笑った。
「それなら良かった」
そう言い残すと、
ファントムの姿は大きな柱の影へ溶けるように消えていた。
―――
「おばあちゃん!」
カフェのテラス席。
クラルが大きく手を振る。
「こっちこっち!」
「あんたはどこでも騒がしいねぇ」
「座ってください」
ノアが椅子を引く。
テーブルの上には紅茶。
スコーン。
そしてベリーのパンケーキ。
「残しておいてくれたのかい?」
「うん!」
クラルが胸を張る。
「一口ね」
「一口かい」
「気持ちだから!」
「ふふふ」
案外、その気持ちが嬉しかったりする
その後、クラルが追加でスコーンを頼み、ノアが鼻にクリームを付け、クラルが笑い転げ。
ステラが呆れ。
テラス席の隅は随分賑やかな時間になった。
―――
宿へ帰る途中。
石畳の坂を登り切った先には、小さく開けた広場があった。
西の空は茜色に染まり始めている。
夕陽が沈むにはまだ少し早い。
赤く染まった屋根が幾重にも連なり、その向こうでは時計塔の影が長く伸びていた。
中世の絵画から抜け出してきたような街並み…
吹き抜ける風が心地よい。
クラルは足を止める。
「綺麗…村の景色とも違うね」
思わず漏れた言葉に、隣のノアも静かに頷いた。
しばらく二人で景色を眺めていると、後ろからステラが声をかけた。
「綺麗だね…」
「うん、私この時間好き…」
クラルが続ける
「夕暮れは天使が精霊を手放す時間だから、誰の心にも平等に、美しいものが美しいと届くんだよ」
ステラは夕焼けに染まる街を見渡し、クラルの横顔を撫でるように見て小さく笑った…
そして何気ない口調で聞いた
「明日は朝早く汽車で出るのかい?」
ステラの言葉が、夕暮れの風に溶けた。
茜色の空の下。
明かりの灯り始めた街を見下ろしながら、クラルは小さく頷いた。
「シグ達と同じ依頼みたい!」
「そうみたいだね」
ノアも頷く。
「楽しみです」
ステラは微笑んだ。
「気を付けて行くんだよ」
「うん!」
その時。
クラルが思い出したように振り返る。
「あ、そうだ!」
左手を差し出した。
ラピスラズリの指輪。
「おばあちゃん、これに力込めれる?」
「どうしたんだい」
クラルはこの前の出来事を話した。
港町で蹴り飛ばされたこと。
その時、一瞬だけ闇のような、夜空のような…優しい何かが自分を守ってくれた気がしたこと
ステラは黙って聞いていた。
「見せてごらん」
クラルの中指に付けられた指輪をそのまま手のひらで包み込んだ
魔力を流し込む。
その瞬間だった。
―――
白い世界。
どこまでも白い。
静寂だけがある場所。
遠くから誰かが歩いてくる。
黒髪。
黒い瞳。
クラルに瓜二つの少女。
「クラル……?」
少女は首を横に振った。
「私はクロエ」
静かな声。
どこか消えそうな声だった。
「ようやく……会えました」
ステラは目を見開く。
「あなたは……」
「ラピスラズリの指輪が依代になって。少しだけ……」
少女の輪郭が揺らぐ。
「お願いです」
「クラルを……」
「これからも……守って……」
「見守って……」
声が薄れていく。
「待って、クロエ!」
ステラが手を伸ばした。
だが届かない。
クロエは最後に微笑んだ。
そして消えた。
―――
「おばあちゃん?」
「おばあちゃん!」
ハッと目を開く。
「大丈夫!?」
「……クロエ?」
「え?クラルだよ」
「おばあちゃん、急にぼーっとしたんだよ!」
と言うとクラルはステラの腕にしがみついた。
ノアも反対の腕にくっついた
「あんた達は」
ほんの数秒。
だがステラには長く感じられた。
(クロエ……)
クラルと同じ顔。
黒い髪。
黒い瞳。
そしてクラルを守ってほしいという願い。
ステラはその事を2人には言わなかった。
「さあ」
ゆっくり立ち上がる。
「宿に帰るよ」
「おー!」
クラルが拳を上げる。
「おー!」
ノアもクラルに続いた。
夕焼けの中。
三人の笑い声が石畳に響く。
夕陽を受けたラピスラズリがーー
夜空のように、深い青を湛えていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回登場したもの、交わされた言葉。
何気なく見えるものの中にも、これからの物語へ繋がっていくものが少しずつあります。
そして『白日の石刻』は、今週も土曜日・日曜日ともに20時10分に投稿します!
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それでは、また明日20時10分に!




