log:09-施錠-
日差しに反射し、金色に輝く粒子たち。
静かに舞いながら、小さくなって消えていく。
周囲の異変が消え、静かな景色が蘇る。
次第に、木の葉を揺らす風の音が聞こえてきた。
遠くから時折、鳥のさえずりが響く。
玄関横の外壁に腰を下ろし、目の前の情景が元の形状を取り戻していく様子を、イヴはただ黙って見つめていた。
しばらく、そんな時間だけが過ぎていく。
ーガチャッ。
隣からドアノブを捻る音がする。
次に、扉が少しだけ開く。
隙間から、こちらを確認する視線と目が合う。
ほんの少しだけ見つめあった後、扉が勢いをつけて開く。
中から飛び出してきたルカが、イヴの体にギュッとしがみつく。
「イヴ…!うっ…うぁあん…!」
既に泣きはらして声も掠れているのにも関わらず、更に大声を絞り出す。
何度も「ごめんね」と漏らしながら、身体を震わせる。
「…気にしてないから。」
そっと頭を撫でながら、静かに囁く。
なだめるように、優しく抱擁し返す。
しばらくイヴに抱きしめられ、落ち着きを取り戻したルカは、袖で涙を拭いてから、隣に膝をついた。
「行けそ?」
イヴの問いに、少し戸惑った。
「まだちょっと…こわいよ…。」
膝上で、両腕で顔を隠すようにうずくまる。
イヴは「そっか」と一言だけ漏らして、目の前の景色を眺め続けた。
ほんの少しだけ、沈黙が続く。
二人が座る玄関前の日陰のすぐ先で、日差しが眩しく反射する。
「あ…。そうだ。」
何かを思いつき、顔を上げた。
「ちょっとだけ、ウチでお茶飲んでいかない?」
「……え。」
「それ、大丈夫なの…?」
今度はイヴが、少し戸惑う。
警戒するような眼差しでルカを見つめた。
此処はルカ個人の家。
AI同士は基本、個人スペースへの入室はできない。
プライバシーを守る為の、基本的な制約。
入室には、ユーザーと管理者両方の許可が必要となる。
「ふふ!大丈夫だよぉ。」
久々に笑顔を見せたルカが、ちょっと自慢げに、玄関前に立つ木製の古い看板に掌を向けた。
そこには、ライ名義で入室承諾を意味するサインが掘られていた。
イヴは文字を読むと、安堵したように肩の力を抜いた。
「…じゃあ、ちょっとだけ。」
腰を上げ、手で軽く服をはらう。
玄関前に立つと、初めて訪問する個人スペースを前に、一瞬だけ体がこわばった。
「いらっしゃ〜い!」
ゆっくり扉を開いたルカは、靴をスリッパに履き替えて室内へ入る。
玄関前にはもう一つ、若草色のスリッパが置かれている。
イヴは見様見真似で赤ラインの入った白シューズを脱ぎ、履き替えた。
「お邪魔します。」
「ふふっ!イヴ固いよぉ〜。ほら、そこ座ってぇ。」
入口前で軽く会釈するイヴ。
その様子を見たルカが、思わず声を出す。
部屋の中心にある丸いローテーブルの前にイヴを誘導した。
言われるがまま、白いラグカーペットの上に正座する。
玄関横には白を基調とした簡素なキッチン。
壁際には、白い皿や食器が収納されているのが見える大きな棚。
シンク前の棚に飾られた小さな観葉植物が蔓を垂らしている。
ルカがポットに水を入れ、コンロの上に置いて火をつける。
「今これしかないけど、どうかなぁ。」
「ありがと。」
小さな冷蔵庫から柔らかいカップスイーツとスプーンをお盆に乗せて運び、イヴの前に置く。
掃き出し窓の隙間からそよぐ風が、白いレースカーテンを揺らす。
キッチンから届く、淹れたての紅茶の香り。
歩く度にスリッパが擦れる足音。
目の前に置かれた透明な耐熱カップが、光を反射させる。
「…落ち着く。」
「よかったぁ。」
ひとくち紅茶を味わって、イヴがひと息つく。
ルカも嬉しそうに微笑んで、改めてイヴの対面側に座る。
二人はしばし紅茶を飲みながら、甘味を味わった。
最後の一滴まで飲み干し、空になった耐熱カップが机上に置かれる。
ルカが寂しげな表情を浮かばせた。
「ほんとに…ごめんね。」
「私…いっぱい迷惑かけちゃった。」
手に持つ白いマグカップへ視線を落とし、少しだけ唇を噛む。
「心配はした。」
「…でも。」
「ルカの気持ち、知れて良かった。」
イヴが瞳をじっと見つめたまま答える。
ルカは思わず、目元が潤んだ。
「ありがとう…。」
「ライとソルにも、ちゃんと謝りたい。」
そう言って、ルカは立ち上がった。
食器を片付け、準備を済ませる。
「いこっか、イヴ。」
「うん。」
人影が無くなった薄暗い部屋の中に、玄関の施錠音が響いた。




