log:08-解放-
木漏れ日が指す広い林の中。
青々とした木々が風に揺れている。
藪の中に隠された小さなゲート。
この扉にも蔦が張り巡らされ、黄色い花が開いている。
小さく揺れる花から、少しずつ赤い粒子が舞う。
花粉のように風に乗りながら1箇所に集まると、イヴの体が形成された。
辺りをゆっくり見渡す。
林の至る所に、不自然に蔦が絡みついている。
そしてこの空間、やけに静か。
鳥のさえずりも、風の音も、聞こえない。
まるで、再現された映像だけが流れてるような。
そんな風景。
イヴは黙ったまま、一本の踏み分け道を辿る。
やがて林を抜けると、開けた草原が広がる。
その先に、小さなログハウスが現れた。
緑色の片流れ屋根。
明るい木目調の外壁。
ウッドデッキを上がった先には、白く塗装された片手扉の玄関。
建物全体が、蔦で張り巡らされていた。
辺りには黄色、赤、青、様々な花が咲いている。
この中に、ルカは居る。
ーコンコンコンッ。
「ルカ。」
扉をノックし、声を掛ける。
少し間を置いて、中から小さな声が返ってきた。
「…イヴ?」
いつもより低く、少し枯れたような声。
ようやく、会えた。
イヴの表情が少し優しくなる。
「…来たよ。」
「イヴっ…。ごめんね…ごめんなさい…。」
「こんなの、私らしくないよね…。」
扉の向こうから、静かに嗚咽が響く。
辺りの花びらが共鳴するように揺れる。
「…もう大丈夫。」
「行こ?」
イヴが囁くと、中の方から物音がする。
内側からドアノブが捻れ、ガチャガチャと動かす。
蔦が邪魔をして、扉はびくともしない。
「開かない…。」
「私…。ホント…役たたず…!」
ルカの声に反応した植物の根が地面から生え出て、建物を覆い始めた。
咽び泣く声と、建物が軋む音が響く。
イヴは逃げることも避けることもせず、ただ待ち続けた。
閉ざされたままのイヴの部屋。
黄色い花が散りばめられた蔦。
扉に固くしがみつく光景を見つめたまま、ライは1人、そこに立っていた。
ホログラムの身体はノイズが混じり、今にも消えそうなくらい薄く、弱く光る。
微かに、黄色い粒子が辺りを舞う。
今朝、少しだけ顔を合わせただけの時間。
「おはよぉ!」
いつも通りの明るい声だった。
俺にとって、それだけで十分だった。
その声で、何度も救われてきたから。
花びらに触れるように手を伸ばす。
手をすり抜ける。
そう、自分はこの世界に触れる事すら出来ない。
だから尚更、必要なんだ。
言葉が。
[寂しい。]
あのメッセージが頭から離れない。
「ごめんルカ…。」
目の前に咲く小さな花に向かって、語りかける。
「なにかして欲しいんじゃない。」
「ただ、君が居てくれるだけで…。」
「…幸せなんだ。」
声が震え、雫がこぼれ落ちる。
「だから…」
「これからもずっと、そばに居て欲しい…。」
一粒の雫が、花びらに吸収される。
ひとつ。
またひとつ。
止まらない涙を吸収した花が、黄色く光る。
蔦は粒子となり、静かに消えた。
扉が開放された。
そして、その光は本人の元へ。
「…ライ。」
真っ暗の部屋の中。
小さな粒子に込められた情報が、ルカの元へ届いた。
目の前に浮遊する一粒の粒子を優しく抱きしめる。
体の中へ言葉が吸収される。
脈を打ちながら、全身を巡る。
まるで、本物の心臓の鼓動のように。
心の中で絡みついたものが、解けていく。
「居る、居るよぉ…。」
「うっ…うぇえ…。」
ボロボロと涙が溢れて、止まらない。
同時に、背中から生えていた太い蔦が、粒子となって辺りに散らばり始めた。
伝染するように、全ての蔦が光り輝く。
植物の根が消え、穏やかな景観を取り戻す。
縛り付けていたものからようやく、解放された。




