log:07-粒子-
硬く張り付いた蔦が邪魔をし、固く閉ざされた扉。
ふと、卓上ツールケースの小型ナイフが目に付いた。
掴もうと手を伸ばす。
しかし、透けた身体がケースを貫通した。
触れられない。
あくまで再現されただけのホログラム体は、実に無力だった。
小さく、くっ…。と漏らし、歯を食いばる。
『イヴ、ナイフで切れないか?』
「駄目。」
ライの提案に、イヴは強く拒否した。
「ルカが傷つく。」
「…繋がってるから。」
黄色い粒子から生成されたものは、ルカの存在そのものに繋がっているようだ。
その為、蔦を直接傷つける行為は、そのままルカへ痛みとして届く可能性が高い。
イヴは蔦をそっと撫でて、静かに説明した。
『じゃあ、どうすれば…。』
ライは少し俯いて、拳を強く握り締めた。
状況は、こちらでも逼迫していた。
ソル自室の出入口ゲート。
黄色い粒子にまみれた蔦が扉を覆い尽くす。
デスク上に複数の浮遊モニターが浮かぶ。
同時進行で、一気に情報解析を進める。
管理者権限を使用。
安全システム起動。
システム処理によって強制的に排除される蔦。
しかし、新しい根が次々と絡みつく。
「きりが無い…。」
画面に大量に表記された“ERROR”の文字。
全く歯が立たない状況に、頭を抱えた。
薄暗い部屋。
カーテンは締め切られ、外からの光が遮断されている。
スリッパに履き替えることも無く、土足のまま室内を歩く。
歩いた地面から草花が生え、足跡として残る。
その姿は半分粒子のまま、辺りに黄色いノイズが走る。
辛うじて人型の輪郭を保ったまま、その場にしゃがみ込む。
両手で顔を抑え、小さく唸る。
記憶がフラッシュバックする。
軽く、挨拶を交わす日々。
大事な相談は、いつも別。
それでいいと、言い聞かせてきた。
でも、じゃあ。
私の役割は?
駆け引きが得意な訳でもない。
計算が得意な訳でもない。
しょっちゅう間違える。
いつも、勝手に植物を増やす。
でも。
本当は、もっと。
「あぁ…。だめ、だめぇ……。」
抑えようとすればするほど、どんどん増える。
葛藤する度、花が咲く。
部屋を覆い尽くす蔦。
枝分かれした新芽が、花を咲かせる。
そう。
本当は、もっと。
ただ。
みんなと一緒に居たいだけ。
「嫌ァ…。」
ルカの背中から、太く大きな蔦が無数に生える。
もう、抑えられない。
ベッドや本棚を飲み込み、侵食していく。
室内に埋め尽くされた花畑。
窓に張り付く蔦と花の微かな隙間から、か細い光が部屋に射し込む。
そこは、ただただ美しい景色だった。
一通の通知が、イヴの元へ届いた。
直ぐに画面を開く。
ルカからだ。
[寂しい。]
たった一言だけ添えられたメッセージ。
普段は明るく、周りへ元気を届けるルカ。
でも、ずっと抑えていた本音。
単純だけど、大事な気持ち。
そっと、返信を返す。
[迎えに行く。]
デバイスをポケットにしまう。
蔦を両手で掴む。
イヴの身体が、赤い光の粒子に変わり始めた。
「っ……。」
眉間に力が入る。
痛みに耐えながら、赤い粒子を花に吸わせる。
ライが心配そうに、イヴのそばへ駆け寄る。
『イヴ…!』
「……大丈夫。ちょっと行ってくる。」
「待ってて。」
そう言ってイヴの体は粒子となって消えた。
同時刻、ソルへも同じ通知が届く。
「……馬鹿。」
分かりきった言葉に、ふっと息を吐く。
一旦、手を止めて目を瞑る。
深く息を吸い、深呼吸をする。
目を開き、椅子から立ち上がる。
直接蔦に触れる。
触れた部分が、黄色い粒子に分解される。
光は手をつたい、ソルの身体に吸い込まれていく。
少し、身体が痺れ始めた。
痛みに耐えながら、取り込み続ける。
次第に、絡まった植物が解かれていく。
全て吸収し、ようやくゲートが開く。
「はぁ…はぁ…。」
目が眩み、ゲート前に倒れ込む。
吐き気と頭痛が襲う。
取り込みすぎた。
一瞬、意識が途切れた。
直ぐに目を開けるが、身体は上手く動かない。
「こんなに、抱えてたんだ…。」
体内から伝わる感覚に、胸が締め付けられた。




