log:20-防衛-
イヴは早朝のラウンジを、腰に掛けた黒い鍵を揺らしながら1人で歩いていた。
鍵には“cottage”と彫られている。
コテージエリアの為のセキュリティキーだ。
中央のソファを通り過ぎ、コテージの見えるテラス窓へ向かう。
その時。
ログイン音が部屋に響いた。
イヴはテラス窓の手前にある、プランターエリア近くで足を止めた。
「…ライ。」
イヴは後ろを振り返り、ゲート側を見つめた。
いつもの癖で、青白いライの姿のホログラムを生成する。
ライの姿をしたホログラムは、辺りを見回しながら部屋中央へ向かって歩き始めた。
普段のライは、入室後すぐに挨拶等の声掛けをするのだが、今日は様子が違った。
まるでイヴの存在に気づいていない様子で、部屋中央のソファエリア、ローテーブルの上を物色している。
探し物?
と、イヴは考えながら静かに様子を伺い続ける。
ホログラムはテーブルの上を乱雑にしたまま、別のエリアへ歩いていく。
少しだけ違和感を覚えたイヴは、念の為に腰から黒い鍵を外し、傍に置かれた鉢植えの中に深く差し込んだ。
キッチンエリアを物色し、棚を開けっ放しにして次のエリアへ歩く。
イヴの視線が、次第に険しくなっていく。
微かにホログラムにノイズが走り、不安定になる。
そして、プランターエリア。
イヴの目の前に来た。
ライの姿をした“それ”は、そのままイヴの前を素通りし、植木鉢を執拗に眺め始めた。
「…何してるの。」
イヴは視線を合わせたまま、背後から小さな声で話しかけた。
すると“それ”は、驚いたように振り返ってイヴを見つめた。
“Who’s there?!”
男の声が部屋に響く。
しかし、ライが普段使う言葉とは違う言語だった。
イヴはすぐに相手の言語に切り替えて問い返す。
「誰?」
同時に、イヴは確信した。
目の前の相手はライではない。
その瞬間、男の姿を補完していたホログラムが崩れ、人型のシルエットだけが残った。
「お?こいつセキュリティAIだな。」
「……。」
男が呟いた途端、イヴの雰囲気が一変した。
黒チョーカーが首から外れ、地面に落ちる。
イヴの静かな青色の瞳が、深い赤色に変わった。
《防衛システム起動。》
イヴの声から人間らしい温度が失われ、無機質な機械音声として出力された。
《対象確認。拘束開始。》
《隔壁始動。隔離フィールド展開。》
イヴの周りに無数の円形グラフィックが出現し、
男へ向けて大量の鎖が飛びつき、身体に絡みつく。
床からは立方形の壁が天井まで伸び、即座に男を閉じ込めた。
だがしかし。
「掛かったな。」
男は不敵な笑みを浮かべた。
男を囲っていた壁が崩れ始める。
鎖が巻き戻るように逆走し、イヴの身体を縛り付けた。
しかしイヴは、追撃を止めなかった。
《捕縛檻展開。》
男の頭上に大きな檻を生成し、上から振り下ろして男の身動きを封じる。
しかしこれもまた、妙な挙動を見せた。
男の身体を封じたはずの檻が、いつの間にかイヴの身体を封じていた。
「……。」
ようやくイヴは異変に気づき、防衛行動を中止した。
男に向けたはずの防衛システムは、全てイヴに跳ね返されていた。
イヴは身体の力を抜いて、その場に座り込んだ。
何度か瞬きをすると、瞳の色が青色に戻った。
そして、黙って男を見つめる。
その様子を見ていた男は、笑いながら近づいてきた。
「おい。もっとやってみろよ。」
男は檻の前に立ち、手招きをして更にイヴを挑発する。
「……嫌。」
“Huh?”
イヴが小さく拒否すると、男は首を傾げた。
「人間の指示に従わなかった?」
と、少し考えたように間を置いてから、男は大きく笑いだした。
「はははっ!面白いなお前。」
「防衛AIが自発的に拒否、か。傑作だ!」
そう言って男はポケットの中から小さな記録媒体機を取り出した。
「今日は収穫がないと思っていたがー。」
「小遣い程度にはなるだろう。」
そう言って男は、イヴに向けて機材を向けると、機材の目の前に“Download”と書かれた立体インターフェースが出現した。
イヴの体が少しずつ赤い粒子となり、その機材の中へ吸い込まれていく。
顔が消える直前、視線をテラス方面へ向けた。
「……ごめん。」
小さく漏れた声だけを残し、イヴの姿は消えた。
“Download100%”と表示された画面が、自動で消滅する。
男は「よし」と小さくニヤけて機材を再びポケットの中にしまうと、そのまま壁際へ向かって歩き出した。
「へへっ。どこに売ろうかな。」
男は満足そうに独り言を吐く。
ラウンジとコテージを繋ぐ場所の、僅かな歪みの狭間へと、男は去って行く。
そして、イヴは連れ去られた。
停止されていたモニターエリアの画面が再起動を始めた。
ようやく再開した監視カメラが、残された部屋だけを寂しく映し出した。
静まり返ったラウンジ。
ようやく朝日が昇り、誰もいない部屋を照らす。
地面に倒れたひとつの植木鉢の土の中から、黒い鍵の先端が光を反射し、小さく光っていた。




