log:17-渓流-
ソルはリュックからライフジャケットを取りだし、全員へ渡す。
「まずはこれで、身を守ろう。」
「は〜い!」
「……ん。」
次に、折りたたまれた釣竿を伸ばし、針を付ける。
完成した竿を次々と岩場に立て掛けていく。
「…餌。」
イヴが持ってきた餌箱をそっと差し出す。
ソルは「ありがとう」と言って蓋に触れた途端、手を止めた。
「待って。」
「これまさか……虫?」
ぎごちない声でソルは質問した。
イヴはゆっくり目を逸らした。
「…開けたら?」
「無理。」
ソルは即答した。
彼女は類を問わず、虫が大の苦手である。
普段から、解析処理中のエラーバグでさえ過剰反応している。
ラウンジのプランターエリアには、発生防止コードが何重にも組み込まれていることを、イヴは知っていた。
「…開ける?」
「待って!まだ心の準備が……!」
ソルは声を張りながら咄嗟に手を引っ込めた。
表情が徐々に青ざめていく。
ルカは苦笑いしながら、後ろから近づいてソルの肩をそっと撫でた。
「ふふ。ソルちゃん、安心してぇ。」
「それね、魚卵だよぉ。」
ルカの言葉に「本当に?」と半信半疑なソルだが、肩の力は少しだけ抜けたようだ。
改めて、イヴが餌箱を開ける。
中には赤くぷるぷるとした魚卵がぎっしりと詰まっていた。
ソルは胸を撫で下ろし、大きくため息をついた。
イヴは針を魚卵に刺し、川に向かって竿を振った。
ポチャンと音を立て、浮きが水面に浮かぶ。
ゆっくり流れる浮きを見つめながら、魚が掛かるのを静かに待つ。
「ルカ、後方に気をつけて。」
「はぁい!」
続けて、距離を空けてソルとルカも竿を振る。
ソルの浮きも上手く流れの軌道に乗った。
「あれ??」
ルカは後ろの木に針が引っかかってしまった。
竿を揺らしても中々取れない。
「うーん」と唸りながら力任せに竿を引っ張ると、ブチッという音が鳴り、糸が切れてしまった。
「きゃっ…!」
「危ない!」
勢いが余ったルカはバランスを崩し、後ろに身体が傾く。
咄嗟にソルが叫びながら走り出す。
しかし、確実に間に合わない。
次の瞬間、イヴが厳しい表情でルカへ向けて手を伸ばし、グラフィック画面を展開させた。
岩場の上に網目状のホログラムが張り巡らされる。
ルカの身体はそのままホログラム上に倒れた。
「ナイス判断!」
ソルが急いでルカの元へ駆け寄り、ルカの身体を陸地へ引き寄せる。
「…間に合った。」
イヴは緊張が抜けたように手を下ろすと、ホログラムは粒子となって静かに消えた。
ルカはソルの服を強く握りしめたまま、小さく震えている。
「ちょっと休もうか。」
ソルはルカの背中を優しくさする。
ルカは小さく頷き、少しの間だけ身を委ねた。
ルカが座って見ている間に、イヴが数匹魚を釣り上げていた。
ルカは座ったまま「すごぉい!」と拍手を送る。
イヴは次々にクーラーボックスへ魚を入れていく。
ルカの元気が少しずつ戻っていく様子に、イヴの表情もちょっとだけ穏やかに戻った。
「お!」
続けて、ソルの竿先が大きくしなった。
両手でしっかりグリップを掴む。
糸が勢いよく引っ張られる。かなり重い。
「…ソル、右。次引く。」
「ぐっ…了解!」
ソルの下流側に立つイヴが、糸の動きを見ながら指示を出す。
ソルは指示通りに動きながら、脇で竿を挟み、少しずつ糸を巻いていく。
バシャバシャと音を立てながら、水飛沫が上がる。
抵抗する尾ヒレが水面から現れると、ルカは思わず立ち上がった。
「頑張れぇ!」
「今、引き上げて。」
隙を見て一気に引き上げると、銀の体に散りばめられた斑点が特徴的な、今日一番の大物が釣れた。
鱗が光に反射して輝く。
糸をしっかり握ったまま、ソルは少しだけ固まった。
上がった息を整えながら、じっと魚を見つめる。
興奮冷めやらぬ瞳は、達成感に満ちていた。
「……釣れた!」
ソルは大きな声で二人に知らせる。
ルカは拍手を送り、イヴはグッドサインを送った。
まだ時々暴れる大物に逃げられる前に、速やかにクーラーボックスへと送り込む。
他にも大小の魚が数匹ほど、氷水に冷やされている。
「このくらいで戻ろうか。」
「うん!お腹ぺこぺこだよぉ!」
「…私も。」
ソルは片付けを済ませ、再び大きなリュックを背負う。
ルカとイヴは、重くなったクーラーボックスの紐を協力して持ち上げる。
辺りは既に、黄金色の木漏れ日が森の中を暖かく彩っていた。
鳥のさえずりと共に、笑い声が響く。
三人は談笑しながら、来た道を辿り、湖畔へと戻った。




