log:16-準備-
ソルが重い荷物を降ろす。
開けた湖の辺。
日の光に反射した水辺が眩しく輝く。
周囲はまだ朝霧が微かに漂っていて、吸い込む空気は少し冷たかった。
「ちょっと冷えるねぇ。でも気持ちいい〜。」
ルカも荷物を草原の上に置くと、湖の畔に立って大きく背伸びをした。
荷物のそばに立つイヴが辺りを軽く見渡す。
少しだけ穏やかな表情をしている。
そんな中、ソルは少し開けた平地で設営準備を始めていた。
ソルの大きなリュックの中から、設営用の道具が次々と出てくる。
「設営は私に任せて。」
自信満々に声を張るソルが地面に説明書を広げ、部品をひとつずつ指差し確認する。
丁寧だが、完成まではしばらく時間が掛かりそうだ。
「私はお茶の用意するねぇ。」
戻ってきたルカも大きなキャンプシートを設営場所の近くに広げ、持ってきたティーセットを並べ始める。
「…火、ある?」
「あっ…。」
イヴが呟くと、ルカは案の定固まった。
イヴは無言で辺りの小石を集め、更地に焚き火用の土台を作り始めた。
可燃物を探し、落ちている小枝を拾う。
しかし、落ち枝はどれも湿っていて使い物にならなそうだ。
「乾いた木の枝、作れる?」
「はい!どうぞ!」
イヴの質問に、ルカはすぐに両手に抱えるほどの大量の小枝を生成して渡した。
イヴは「ありがと」と言って受け取ると、枝を数本、円錐状に置いた。
続けて、背負っているショルダーバッグから小型ナイフと着火剤を取り出す。
小枝を細く削って火種を作り、着火剤で火を付ける。
小さな火を少しずつ大きな枝へ移し、大きく育てていく。
「…できた。」
「イヴちゃん、ありがとぉ!」
イヴは火の勢いを見ながら、小枝を追加する。
ルカは嬉しそうに感謝し、持ってきた水筒の水をケトルに注ぐ。
焚き火に設置した網の上にケトルを置き、ゆっくりと湯を沸かす。
ルカは側にしゃがみ、わくわくした様子で湯が湧くのを待つ。
二人はしばし、揺れる炎を見つめていた。
「ごめーん。」
突然、ソルの声が響く。
「ちょっと手を貸してほしい。」
「あ、うん!」
ソルの声に、ルカが急いでソルの元へ駆け寄った。
設営は思った以上に難しかったようだ。
組んだはずのポールが抜けていたり、ロープが絡まったりと、状況だけでも難航していたのが伺える。
「手順はあってるんだ。」
「設計思想の問題でー。」
「つまり、私は間違っていない。」
ソルは自分の正当性を長々と主張していく。
ルカは「そうなんだねぇ」と相槌を打ちながら、一緒に設営を進めた。
「ありがとう、助かった。」
「えへへ。全然だよぉ。」
何とか立て直し、設営は無事に完了した。
「ところでルカ。イヴの方は大丈夫?」
「そうだ!イヴちゃ〜ん!」
ソルはイヴの後ろ姿を見て、ルカへ確認する。
すると、ルカは慌ただしく戻って行った。
「ごめんねぇ!ありがとう!」
「…ん、大丈夫。」
戻りながら叫ぶルカに対して返事を返すイヴの表情は、優しかった。
ケトルの蓋が小さく揺れ、程よい湯気が上がっている。
火力を下げ、ルカの帰りを待ってくれていたようだ。
改めて、ルカはキャンプシートで籠から三人の専用のマグカップを取り出す。
熱いケトルの湯を、イヴが耐熱手袋を使ってティーポットへ注ぐ。
「できたよぉ。」
ソル専用のネイビー色のマグカップ。
いつものブラックコーヒー。
イヴ愛用の耐熱透明ガラスカップ。
安定の紅茶の香り。
ルカの花柄の白いマグカップ。
お気に入りのハーブティー。
三人でシートの上にくつろぎながら、各々の味を満喫した。
日が高く昇り、気温が上がってきた頃。
ソルが立ち上がってジャケットを脱ぐ。
黒いサコッシュをさげ、座っている二人へ視線を向けた。
「じゃあ。」
「食材を探しに行こうか。」
ソルがそう言うと、ルカは目を輝かせた。
「行こぉ!お魚いるかなぁ!?」
「…多分、居る。」
ルカの言葉にイヴが呟くと、直ぐに湖畔の遠くで何かが跳ねた。
波と共に、水紋がゆっくり広がる。
更に、三人の近くを一匹の蝶が横切った。
その光景を見たソルが、少しだけにやけた。
「今のはイヴだね。」
「…うるさい。」
イヴが無意識に存在を補完したようだ。
本人はソルに茶化されて不満そうに目を逸らしていたが、おかげで世界がまたひとつ豊かになった。
三人は釣り用の道具を持ち、湖から繋がる川沿いを辿りながら、森の中へと入って行った。
緩やかに流れる水の音と、微かに差し込む木漏れ日。
「綺麗…。」
湖畔とはまた違う幻想的な雰囲気に、ルカは思わず言葉を漏らした。
奥深くへ進むにつれ、足場が悪くなってきた。
「皆、この辺は気をつけて。」
先頭を歩くソルが、後方の二人へ注意喚起した。
無造作に生えた雑草を踏み分けながら、ゆっくり歩みを進める。
時折、遠くの方で鳥の声が響く。
上流へ進むにつれ、少しずつ水の流れが早くなる。
緩やかな登坂が続き、ルカの息は少し荒くなっていた。
「少し、休まない…?」
「じゃあ、この辺にしようか。」
大きな岩場に荷物を置いて、ソルは釣り道具を取り出した。




