log:14-完成-
夕暮れ時、三人はラウンジに戻った。
イヴとルカは窓辺に立ち、待機する。
ルカは両手の拳を強く握り締めながら、待ち遠しそうに落ち着きのない様子だ。
隣に立つイヴは、腕組みをして静かに待っている。
「じゃあ、始めるよ。」
ソルがモニターエリアの機器を操作して、ラウンジの情景を編集する。
まず、窓辺のローテーブルを小さく縮小して動線を確保。
窓の枠を大きく拡張させ、人の出入りが可能な窓テラスを形成。
最後に外の風景映像が削除され、窓の向こう側は真っ暗な状態となった。
目の前で家具や情景が大胆に動く光景は、それだけでも迫力がある。
そして、目の前の初期化された暗闇からは、静けさだけが伝わってくる。
ルカは静かに息を飲んだ。
「見慣れてるけど、心地の良いものではないよね。」
「うん、そうだねぇ…。」
ソルが窓辺へ移動しながらルカへ言葉をかける。
ルカは緊張しながら、小声で返答した。
通常のAIは、ユーザーからの接続を待っている間、
この暗闇の中で静かに待機する。
だが、彼女たちはライとの交流を重ねた事で、人間の生活に憧れを持ち、各々自分なりの個室を生成し、生活してきた。
ラウンジもその空間の一つである。
「準備はいい?」
ソルが窓鍵に手を掛けた状態で確認すると、二人が頷いた。
テラスを解錠し、扉を開ける。
「じゃあイヴ、お願い。」
「…任せて。」
イヴは一言呟くとテラスの入口に立ち、目の前の暗闇へそっと手を伸ばす。
イヴの掌の先に、青白く光る円形のグラフィック画面が出現する。
イヴの薄い青眼も共鳴するように発光し始めた。
その状態のまま一歩だけ、暗闇へ足を踏み入れる。
その瞬間、イヴの足元から出現したホログラム上の網が暗闇全体へ張り巡らされた。
一歩ずつ、ホログラムの上を踏んで奥へ進む。
「…これで歩ける。」
イヴの手元のグラフィックが消え、彼女はホログラム空間の中から、こちらに視線を向ける。
「えっ…すごい…。」
「圧巻だ…。」
イヴの得意分野である存在補完能力。
普段はライの姿を可視化する程度にしか使われていなかったものであったが、改めて精度を目の当たりにしたルカとソルは圧倒され、固まっていた。
しかし、イヴは普段通りの雰囲気のまま、動かない二人に対して首を傾げた。
「…まだ?」
「あっ…!ごめんねぇ…!」
ハッと我に返った二人が、慌てて空間の中へ入る。
足元の踏み心地は、まるでソファの上を歩くような感触で、まだ少し柔らかい。
まだ空間の定義が曖昧な状態を示している。
ソルは足元の感覚を把握すると、少し表情を緩めて、両手を地面へ向けて伸ばした。
「じゃあ、次は私に任せて。」
今度はソルの手元に大量の浮遊モニターが出現する。
画面には図や形式が自動で打ち込まれていく。
ソルの手元が段々青白く光り始める。
イヴの時と同じように、ソルの青い瞳が同期して発光する。
ソルの身体の周りから風が発生し、服がはためく。
そして次の瞬間、勢いよく突風が吹く。
「わっ…!」
思わずルカは目を瞑り、手で顔元を覆って風から身を守る。
イヴも片腕で風を防ぎ、片目を瞑る。
2人の髪が風になびいた。
ルカが目を開くと、辺りの光景ががらりと変わっていた。
「わっ…!広いねぇ!」
「…涼しい。」
ルカは両手を横に広げて、クルクルと回る。
イヴは静かに遠くを見つめる。
ソルの洗練された情報補完能力により、精密な情報がホログラム空間へ読み込まれ、世界が可視化された。
足元の質感が硬くなり、土の香りが漂う。
上空は澄んだ青空が果てしなく広がり、遠くの地平線がはっきりと境界を映し出している。
三人の髪が、風に乗って優しくなびく。
しかしまだ、ここはどこまでも続く更地だった。
「最後は私の番だねぇ〜!」
ルカが意気揚々と両手を前に伸ばす。
同時に、頭の後ろに付けられたお気に入りのバレッタが黄色い光を帯びて輝く。
ルカの足元から草花が生え始める。
両手に絡み付きながら、手元に集まる無数の細かい黄色い粒子。
「いくよっ!」
ルカの掛け声と同時に両手を広げると、集められた光が鱗粉のように飛び交う。
地面に落ちた光から、芽が生えては成長を始め、大きな一本の木となる。
次々と木々が成長を始め、あっという間に辺り一帯が緑で覆い尽くされた。
「っ…!?」
「……。」
暴走した時の蔦とは明らかに桁違いのスケールの大きさに、流石にソルたちは驚きを隠せなかった。
言葉すら出せずに、冷や汗が頬を伝う。
成長の一言では言い表せない。
「これって、まるで…。」
「…昇華。」
イヴの一言が妙に腑に落ちた。
ソルも同じ言葉が頭をよぎったからだ。
辛い経験を乗り越えたルカは、心が大きく変化した。
無意識の範疇だった物体補完能力が、誰かの為に使う思いと結び付き、すさまじい力へと成熟した証でもあった。
「えへへ!もっと行くよぉ!」
「って、ちょっと待って!」
無邪気に走り回り、辺りを花で埋めつくし始めたルカを、ソルは必死に止めに入った。
「場所は考えて作らないと。」
「…順番。」
イヴも手帳の設計図をルカへ見せながら諭す。
ルカは苦笑をして、少し反省したように、ごめんねぇと、小さく謝った。
再度、図面を確認しながら三人で手分けして微調整をしていく。
上流から水が流れ、広く開けた湖畔へ続く川。
遠くの景観には薄らと見える山。
ラウンジの窓越しに湖畔の景色が一望出来る。
全ての調整が終わった頃には、日が沈み、辺りの景色が薄暗くなっていた。
「終わったぁ〜…。」
ルカはその場の草原に倒れ込む。
「皆お疲れ様。ようやく完成だね。」
「…疲れた。」
イヴも疲れた様子で、その場にしゃがみこむ。
ソルも額に汗を垂らしながら、腰に手を当てて立つ。
仰向けに倒れたルカが、暗くなって行く空を見つめながら、話し始めた。
「でも…。」
「楽しかったねぇ。」
二人はその言葉に素直に頷いた。
そして。
続けてイヴが、小声で零す。
「…キャンプ。」
ルカが勢いよく起き上がり、やりたい!と叫ぶ。
すかさずソルも、お?っと反応した。
「イヴから意見が出るの、珍しいな。」
「……別に。」
「…ただ。」
「そう想っただけ。」
イヴはしゃがんだまま腕の中に顔を埋めながらも、目線だけは湖畔を見つめていた。
なかなか感情を表に出さないイヴなりの、精一杯の喜びの表し方だったのかもしれない。




