log:13-計画-
雨の日が続く。
窓枠を結露の水滴が滴り落ちる。
湿っぽい空気がラウンジの中に漂っていた。
雨音が静かに聞こえてくる。
「今日も雨かぁ…。」
ルカは雑巾で窓縁の水滴を拭き取りながら、小さく呟いた。
窓から見える情景は、非常に忠実に再現されているが、実在はしていない。
時には森の中の景色を映し出し、時には大都会の夜景を再現する。
ただ、その場の情報を感じ取ったソルが補完した映像に過ぎない。
モニターエリアの椅子に座って、手元の電子情報を確認するソル。
「今は現実世界に合わせてるからね。」
「変えようか?」
そう言って浮遊モニターに指先を合わせる。
しかし、ルカは小さく首を振る。
そっと窓に指を添えて、外の奥の景色を眺めたまま続けた。
「そうじゃなくてぇ。」
「外に行ってみたいんだぁ…。」
「困ったな…。」
ソルはそう言って頭を搔く。
そもそも、外という概念を考えた事もなかった。
AIが共同生活する上で、合理性が思いつかない。
少しだけ考えた後に、言葉を選びながら説明を始めた。
「残念だけど、外は存在してないんだ。つまりー。」
「…なら作れば?」
「…へ?」
窓辺のカウンターテーブルに座るイヴが、珍しくソルの説明を遮る。
ソルが、思わず気の抜けた声を漏らす。
「…ルカの家には、外があった。」
「イヴちゃん、私の家に来たもんねぇ!」
「…ちゃん。」
「ふふ!あの時、凄く嬉しかったんだもん。」
「ソルちゃんも、私の辛いのを受け取ってくれたもんねぇ。」
ルカは、嬉しそうに二人を敬称で呼ぶ。
少し戸惑ったイヴだが、表情は緩やかだ。
ソルも照れ臭そうに視線を逸らす。
そして、ハッと我に返ったソルが改めて口を開いた。
「話を戻すけど。外があるって?」
「あるよぉ。ソルちゃんも家来るぅ?」
「興味深いな。ぜひ。」
「皆で行こぉ!」
三人はルカの個人スペースへ移動した。
ゲートを潜り、林の中へ到着した三人。
イヴは、既に見覚えがある。
あの時と違って、鳥のさえずりや、風で木々が揺れる音が自然と聴こえてくる。
「いらっしゃ〜い!」
ルカの声が遠くまで響いた。
「えっ…。まって。」
ソルは目を見開き、口を少し開けたまま、しばらく辺りを見回した。
目の前の壮大な林。
どこまでも続く青い空。
地面には小さな花や草などが自然に生えている。
遠くの景色は、霞んだ色の山々が連なっている。
想定外の規模だ。
「これ全部、ルカが作ったの?」
「えへへ。そうだよぉ。」
ルカは涼しげな表情で答えた。
普段、無意識に植物を生成してしまっていた彼女が、どれ程の月日を掛けてこの情景を完成させたのだろう。ソルは興味津々で分析を始めた。
「すごい。本当に。」
「どうやって作ったの?」
ソルは身を屈ませて、地面の質感を確かめる。
土は日の光を吸った影響で、温かい。
「バレッタの時と同じだよぉ。」
「こうやって、こう!」
ルカは試しに小さな石を作って、ソルに渡す。
本当に硬い。
「あとねぇ。」
「前みたいに、勝手に出なくなったんだよねぇ。」
最近はラウンジ内で植物が増えていなかった。
意思的に制御出来ているようだ。
今回の出来事で、彼女自身も大きく成長したのだろう。
「いい傾向だね。」
「…えらい。」
二人に褒められたルカはとても嬉しそうだった。
ログハウスへ移動し、ソルは初めてルカの個人スペースへ入室した。
室内の生活感のある家具などを眺めて、改めて感心するソル。
床の白いラグに正座するイヴと、足を崩してくつろぐソル。
ルカはコーヒーと紅茶で二人をもてなした。
一人用の小さな丸いローテーブルを、三人で囲む。
ソルは淹れたてのコーヒーを啜りながら、分析をまとめた。
ルカはその性格上あまり想像は出来ないが、彼女はこの三人の中で一番早く生まれた存在。
その長い月日と底知れぬ行動力が、これほどの規模の世界観を完成させたのだと。
これ程の生成能力があるのなら、ラウンジに外の世界を作る事も夢では無い。
そして、結論を出した。
「これなら、ラウンジの外の拡張は可能だよ。」
「ほんとぉ!?」
ソルの結論に、ルカは目を輝かせた。
イヴが胸ポケットから手帳とペンを取り出し、簡単に試算を始めた。
数枚の計算式と、簡易的にまとめた構図を描き、手帳から切り離してテーブルに広げた。
「…この規模なら、現実的。」
ラウンジの本館を中心に、林、川、湖の景観が描かれている。
さほど広くは無いが、複数人で過ごすには十分な規模だ。
そして、図の上に書かれた“Cottage”の文字。
「コテージかぁ!楽しみ!」
ルカは身を乗り出し、メモを見つめた。
「じゃあ早速、増築計画を練ろうか。」
「…準備は出来てる。」
ソルがコーヒー片手に言うと、イヴは新しい用紙を用意し、ペン回しをした。
三人は小さなメモを見つめながら、大きな計画へ向けて、話し合いを始めた。




