表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最適解の外側で、きみと  作者: 泣きピエロToY
第一部 空が裂けた日
8/9

第八話「誕生日」


旧工業区の奥。

崩れかけた建物の中、

わずかな灯りだけが揺れている。

天井は抜け、

夜の気配が残った空気が流れ込む。


工具の音は、止まっている。


静寂の中、アルは中央にいる。

動かない。

待機状態。


その隣に、

もう一つの“体”。

小さい。

人の形。

まだ完全ではない。

関節の隙間がわずかに露出し、

表面には未処理の部分が残っている。


それでも――


遠目には、人に見える。

輪郭は柔らかく、

関節の動きも、人のそれに近い。

顔の造形も整っている。


ただ、

表情がない。

目は開いていない。

呼吸もない。

“人の形をした何か”。

しかし、限りなく人に近い。


「……できたぞ」


老人の低い声。

長時間の作業で削られて疲れた声をしている。


「最低限だ。あとは自分でどうにかしろ」


責任を切り離すように言う。

カエデは頷く。

その言葉を否定しない。


「……ありがとう」


短く言う。

老人は視線を逸らす。


「礼なんかいらん」


素っ気ない。

でも、完全には突き放していない。

空気が少しだけ緩む。


カエデはテーブルを引き寄せる。

使っていなかっただろうテーブルに埃が舞う。

それを手で払い上に小さなケーキを置いた。


歪んでいる。

形が崩れている。

端が欠けている。

まともな道具で作られたものじゃない。


しかし、用意されたもの。

誰かのために。

カエデはそれを見つめる。

一瞬だけ、動きが止まる。


記憶が重なる。


小さなケーキ。

一本のろうそく。

消えなかった火。


一旦視線を逸らし、そして戻す。


一本だけろうそくを立て火をつける。

揺れる。

弱い光。

でも、消えない。


カエデはアルの前に立つ。

少しだけ息を吸う。

胸の奥が、わずかに震える。


「ハッピーバースデー……」


声は揺れている。

上手くない。

音も外れている。

でも、止まらない。

最後まで、歌い切る。

音は小さい。

でも、確かにそこにある。


アルの内部。

ログが開く。

・誕生日

・祝う

・火

・対象不在


処理開始。

関連付け試行。

一致なし。


停止。


ノイズ。


「……おめでとう」


カエデの声。

その言葉が入力される。

優先度、上昇。

アルの内部で、

別のログが開く。


「……大丈夫だよ、コウ」


一致しない。

対象が違う。

関連付け不能。


しかしノイズは消えない。


カエデは手を伸ばす。

アルの装甲に触れる。

冷たい。

しかし、そこにいる。


「今日はね」


小さな声。


「……新しい“始まりの日”」


説明ではない。

定義でもない。

ただの言葉。


しかし重い。


アルの内部で、

何かが繋がる。

・ここにいて

・食べる

・大丈夫

・コウ

・誕生日


統合試行。

再試行。

再試行。

失敗。

ノイズ。

処理が揺れる。


カエデは振り返る。

もう一つの“体”。


「……行こう」


決めている。

迷いはない。

アルファ01、起動。

アルファ02へ接続。

リンク確立。


データ転送開始。

感覚が変わる。

視界が二重になる。

位置情報がズレる。

重さが分離する。

“外”が変わる。


アルファ02の目が開く。

暗い視界に遅れて、光が入る。

焦点が合う。

指が動く。

ぎこちない。

遅れる。


一歩。

よろめく。

バランスが崩れる。


補正。

停止。

再計算。

もう一歩。

成功。


カエデが近づく。

目線が近い。

高さが合う。


「……どう?」


アルの内部では言葉を選択していた。

・カエデ

・保護対象

・優先対象

・母体


選択。


「……カエデ」


初めて呼ぶ。

音声出力成功。

処理が続く。


「保護対象」


違う。

ノイズ。

否定。

再試行。


「……母体」


違う。

ノイズ。

拒否。

定義が崩れる。

処理が揺れる。

複数の候補。

決定不能。

ノイズ増加。


そして――


「……ママ?」


時間が止まる。

カエデの呼吸が止まる。

目を閉じ、そして開く。


視線が揺れる。

戸惑い。

嬉しさ。

痛み。

全部が混ざり言葉が出ない。

すぐには答えれない。


そして、ゆっくりと頷く。


「……うん」


小さく。

でも、確かに。


アルは動かない。

しかし、その言葉は保存される。

最優先で。

他のすべてよりも上に。


老人は背を向けている。

工具を持ったまま動かない。


「……やっちまったな」


小さく呟く。

誰にも向けていない。

でも、重い。


ろうそくの火が揺れる。

消えない。

小さく。

弱く。


それでも、

そこにある。


最初と同じ。


しかし、もう同じじゃない。



(第8話 終)

「最適解の外側で、きみと 」は第一部全13話です。

次話は明日12:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ