第七話「旧工業区」
そこは錆びた街だった。
音がない。
風はあるのに、
何も動かない。
止まった時間の中を、アルは進む。
「……ここ?」
カエデの声。
「過去の工業区域と一致率、92%」
崩れた建物。
眠った機械。
人の気配はない。
でも――
「ここに……いるはず」
カエデはある人を探していた。
奥でかすかな音がした。
金属を叩く音。
止まらない一定のリズム。
アルが進む。
警戒。
反応、なし。
音のする場所へ着いた。
暗い室内。
光は少ない。
そこに小さな一つの影。
「……誰だ」
低い声。
手だけが動いている。
油まみれの手。
古い工具。
アルを見る。
長い沈黙。
「……それ」
目が細くなる。
「アルファか……」
「……まだ動くのかよ」
「知ってるんでしょ」
老人は、わずかに笑い無遠慮に装甲を叩く。
音を確かめる。
「……この音、まだ死んでねぇな」
「設計、変わってねぇ」
アルは動かない。
記録。
保存。
カエデは一歩前に出る。
「お願いがあるの」
老人は答えない。
まるでこれからカエデが伝えたいことがわかっているかのように見ている。
「この子に、“体”を作ってほしい」
「……やめとけ」
即答。
「なんで」
「壊れる」
短いが強い言い方だった。
カエデの目が揺れる。
「もう壊れかけてる」
老人はアルを見る。
長く。
深く。
「……ノイズが出てる、そうだろ」
カエデの呼吸が止まる。
「言葉にできないやつだな。処理できないのに、消えない」
「そいつは最初から想定外だ。だから、誰も止められねぇ」
アルは動かない。
内部でログが開く。
・ここにいて
・食べる
・大丈夫
・コウ
「それを残したまま、体なんか作ったら」
「歪みが止まらなくなる」
カエデをじっと見ながら老人は言った。
「それでもやるか?」
カエデは迷わない。
「やる」
即答。
老人は小さく息を吐く。
「……馬鹿が」
少しだけ、声が落ちる。
「……後で泣くぞ」
「今泣いているより良い」
老人は背を向けて言った。
「材料はあるが…」
「時間はねぇってことか。まいったな」
アルはそのやり取りを記録する。
・壊れる
・歪む
・止まらなくなる
処理。
未分類。
カエデがアルを見る。
「……大丈夫」
理由はない。
優先度が上がる。
老人が振り返る。
「名前は」
「カエデ」
「そいつは」
アルを見る。
「アル」
内部処理。
名称:「アル」
再登録。
優先対象と紐付け。
完了。
工具の音が再び鳴る。
一定のリズムが心地良い。
老人は小さく呟く。
「……似てるな」
アルはその音を記録する。
変化の前。
最後の静けさとして。
(第7話 終)
「最適解の外側で、きみと 」は第一部全13話です。
次話は明日12:00投稿予定です。




