第十一話「家族」
病院。
白い廊下。
慌ただしく人が動いている。
田渕は端末を握りながら走っていた。
「まだコウセイと繋がらないのか!?」
「研究区画に人を向かわせてます!」
その時。
奥の窓が光った。
赤い空。
そこを、オレンジの光が突き抜ける。
轟音。
病院屋上へ、オレンジの機体が強引に降り立った。
装甲は赤熱している。
まだ煙を上げていた。
コックピットが開く。
メイプルが飛び出す。
『田渕何やってるんだ!!』
空気が凍る。
『すぐにコウセイ呼んでこい!!』
「い、今探して――」
『急げ!!』
田渕が走り出す。
完全に巻き込まれていた。
病室。
マユが苦しそうに呼吸している。
額に汗。
手が震えていた。
扉が開く。
「マユきたよ!」
メイプルだった。
マユの表情が一気に崩れる。
「……メイプル」
安心した瞬間だった。
涙が溢れる。
「ありがとう……早いね」
今まで、ずっと気を張っていた。
強くいようとしていた。
でも本当は、怖かった。
メイプルが隣へ座る。
マユの手を握る。
温かい。
『私は壊れないから』
静かな声。
『強く握って良いよ』
マユが涙を流しながら頷く。
メイプルは笑った。
『がんばれ、マユ』
その言葉だけで、少し呼吸が落ち着いた。
長い時間が過ぎる。
病室へ、小さな泣き声が響いた。
女の子だった。
マユが泣いている。
疲れ切った顔。
でも、幸せそうだった。
看護師が赤ん坊を抱く。
その時。
「……あ」
小さく声が漏れる。
赤ん坊が、メイプルへ手を伸ばしていた。
メイプルが少し戸惑う。
それでも、そっと抱き上げる。
小さくて、温かい。
内部ログ。
――コウセイ初期育成記録
古いデータが静かに開く。
泣いていた赤ん坊。
抱き上げる。
触れる。
落ち着く。
遠い記憶。
メイプルは赤ん坊を見る。
赤ん坊も、安心したみたいに静かだった。
「……甘えてるみたい」
看護師が小さく笑う。
メイプルは静かにマユへ赤ん坊を返した。
その瞬間。
赤ん坊が泣き出す。
マユが少し慌てる。
「なんでよぉ」
メイプルが少し笑った。
『触れると安心するよ』
静かな声だった。
それから、そっと立ち上がる。
『ごゆっくり』
病室を出ていった。
廊下。
ちょうど、コウセイと田渕が走ってきた。
コウセイが病室へ向かおうとする。
『待った』
メイプルだった。
空気が変わる。
『二人とも、来な!』
有無を言わせない声。
屋上。
夜風。
赤い空。
メイプルが二人を睨む。
右手が淡く光っていた。
かなり危ないやつだ。
『絶対NOって言うんじゃないよ』
コウセイが姿勢を正す。
完全に怒られる空気だった。
『コウセイ』
低い声。
『何やってた?』
「……研究を」
『それはマユより大事か?』
コウセイは即答した。
「マユの方が大事」
『地球は大事じゃない?』
「マユのが大事」
メイプルが叫ぶ。
『なんで両方大事と言わない!!』
コウセイが少しだけ目を逸らす。
「……理不尽」
『理不尽じゃない!!』
横で田渕が恐る恐る口を開く。
「まぁまぁメイプルさん……」
『黙れ、田渕』
「……はい」
即終了。
メイプルの右手が上がる。
コウセイが覚悟を決める。
初めてだった。
メイプルに本気で怒られるのは。
次の瞬間。
バシッ!!
「ぐはっ!?」
コウセイの隣で、田渕が吹き飛んだ。
床へ倒れる。
「なんで俺ぇ……」
メイプルが睨む。
『コウセイがこういう性格だって知ってんだろ』
田渕が頬を押さえる。
『それをコントロールするのが田渕、お前の仕事だろ』
「……はい」
反論できない。
メイプルの声が震える。
『もし、マユや赤ん坊に何かあったら……』
そこで言葉が止まる。
静かな夜。
メイプルの頬を、涙が流れていた。
そんな機能は、本来存在しないはずだった。
でも。
確かに泣いていた。
コウセイが目を見開く。
メイプルは顔を背ける。
『……行け』
小さな声。
それから、強く言った。
『コウセイ、すぐマユのとこ行く!』
一歩前へ出る。
『走れ!!』
コウセイが走り出す。
病院の廊下を、全力で。
田渕は床に倒れたまま、
小さく息を吐いた。
「……痛ぇ」
『田渕、色々ありがとう』
『苦労かけるね』
メイプルは優しく田渕に話かけた。
『でさ……苦労ついでに、アレの修理もお願い』
メイプルはオレンジの機体を指差して言った。
田渕は引き受ける以外無かった。




