第十話「夜明け前」
あれから、さらに二年が経っていた。
空はまだ赤い。
それでも、変化は確かに起きていた。
朝と夜の区別がつく。
それだけで、人々は空を見上げるようになった。
朝焼け。
夕焼け。
昔の地球では当たり前だった景色。
今は、それが希望だった。
空再生局。
巨大モニターには、
大気循環データが表示されている。
コウセイは端末へ向かっていた。
新型ナノマシン設計データ。
従来型より寿命を延ばし、
自然分解速度も安定化させている。
問題はない。
少なくとも、計算上は。
それでも。
「……検証は必要か」
小さく呟く。
昔なら、すぐ実装していたかもしれない。
でも今は違う。
急がない。
壊さない。
そのために、確認する。
コウセイはデータを送信する。
送信先。
アル。
数秒後、通信が開く。
アルの姿が映る。
『データ受信完了』
「どう?」
アルは静かに処理を進める。
長い沈黙。
それから。
『問題は確認されない』
コウセイが少し息を吐く。
しかし。
『ただし長期環境検証が必要』
「うん」
『一年欲しい』
即答だった。
コウセイは頷く。
「了解」
アルは静かにコウセイを見る。
『……良い設計だな』
短い言葉。
でも。
コウセイは少し目を見開いた。
アルに褒められる。
それは、今でも特別だった。
少し照れくさそうに笑う。
その時。
アルが続ける。
『ちゃんと寝てるか?』
コウセイが止まる。
『食べてるか?』
完全に保護者目線。
アルにとって地球環境と同じくらい
コウセイが大事なのだとわかる。
しかし大事とは言わない。
コウセイはこの感じが懐かしかった。
横から、別の声が入る。
「しっかり管理してますよ」
マユだった。
アルが視線を向ける。
そこには、大きなお腹を抱えたマユがいた。
今月、出産予定。
マユは少し笑う。
「大事な事ですから」
アルは静かに頷く。
内部ログ。
・食事
・睡眠
・家族
保存。
メイプルの声が割り込む。
『え、コウセイちゃんと寝てるの!?』
「寝てる!」
『怪しいー』
「ほんとに!」
マユが吹き出した。
数日後。
深夜。
地球。
マユが苦しそうに息を吐く。
通信端末を握る。
「……コウセイ」
繋がらない。
研究区画。
没頭している時は、本当に周囲が見えなくなる。
マユは少し困った顔をした。
それから。
別の番号を押す。
数秒後。
『マユー?』
メイプルだった。
「ごめん」
少し息を吐く。
「……始まったかも」
『わかった』
次の瞬間。
『ちょっと地球行ってくる』
後ろでアルが反応する。
『現在位置から地球までは最低でも三日必要』
『ブースター借りるね』
『推力計算上――』
『うるさい!』
メイプルが叫ぶ。
『NOとは言わない!!』
格納庫。
オレンジの機体が起動する。
大型長距離ブースター接続。
警告灯点灯。
アルが静かに言う。
『機体負荷率が危険領域だ』
『リンク、そんで共鳴』
メイプルの声が落ちる。
『行く!』
次の瞬間。
爆音。
オレンジの光が、宇宙へ飛び出した。
一瞬で加速。
視認不能。
アルは静かに軌道を見つめる。
『……共鳴』
宇宙空間。
オレンジの機体が限界速度で飛ぶ。
警告音。
『推進剤残量低下』
『ブースター限界温度到達』
機体が震える。
火花。
それでもメイプルは止まらない。
『……遅い!』
次の瞬間。
背部ブースターが火を吹いた。
『外部ユニット損傷』
『推力維持不能』
アルの通信。
『速度低下を確認』
『切り離す』
即答。
固定アーム解除。
焼けたブースターが宇宙へ流れていく。
『推力が低下する』
『邪魔』
メイプルは前を見る。
地球。
まだ遠い。
『軽い方が速い』
さらに加速。
アルが少し黙る。
『そのブースターは高価な物だ』
『また作れば良い!』
迷いゼロ。
オレンジの光が、
さらに宇宙を裂いた。
地球。
病院前。
田渕が慌ただしく走っている。
「コウセイは!?」
「まだ連絡取れません!」
「くそっ……!」
その瞬間。
夜空が光った。
赤い空を、オレンジの流星が貫く。
轟音。
病院屋上へ、オレンジの機体が強引に着地した。
まだ熱を持っている。
装甲が赤熱していた。
コックピットが開く。
メイプルが飛び出す。
『田渕何やってるんだ!!』
空気が凍る。
『すぐにコウセイ呼んでこい!!』
完全に有無を言わせない声だった。




