第九話「近道」
アルとメイプルが地球へ来てから、
一週間が経っていた。
地球再生局は慌ただしい。
ナノマシン散布計画。
大気循環シミュレーション。
極地飛行ルート。
巨大モニターには、
地球全域の気流データが映し出されている。
赤い星。
でも、以前より少しだけ色が薄い。
コウセイは端末を操作しながら言う。
「やっぱり南極と北極が問題だ」
隣にはアル。
巨大モニターへ、
地図が映し出される。
「現在の飛行機だと航続距離が足りない」
「補給ポイント作っても効率が悪い」
コウセイが視線を上げる。
「アルの機体でやってほしい」
静かな声だった。
アルはデータを見る。
気流。
汚染濃度。
ナノマシン寿命。
数秒。
『現在の計画では』
アルが静かに言う。
『ナノマシン寿命は約一週間』
モニターへ予測が映る。
『完全浄化には長期間の反復散布が必要』
コウセイは頷く。
知っていた。
アルは続ける。
『散布濃度を上げれば期間短縮可能』
静かな工房。
コウセイは少し黙る。
それから。
「知ってる」
短く返した。
「でも」
窓の外を見る。
赤い空。
「急に環境変えたら」
「死滅する動植物が出てくる」
マユも静かに聞いている。
コウセイは続けた。
「彼らも地球の一部だから」
少し間。
「時間をかけないと」
静かな声だった。
「近道はしない」
工房が静まる。
アルは動かない。
内部ログ。
――怖いと、近道しないの。
カエデの声。
古い記録。
長い時間を越えて、静かに開く。
アルはコウセイを見る。
かつて守った子供。
今、自分で答えを選んでいる。
『……了解』
短い返答。
でもそこには、確かな尊重があった。
数日後。
格納庫。
青い機体。
オレンジの機体。
二機の背部へ、巨大な散布ユニットが取り付けられていた。
ナノマシン広域散布装置。
整備員達が慌ただしく動いている。
メイプルが機体越しに笑う。
『北と南、どっちがいい?』
『どちらでも対応可能』
『つまんない答えー』
コウセイが少し笑う。
「じゃあアルが北」
「メイプルが南」
『りょーかい!』
メイプルのオレンジ機が軽く浮く。
アルの青い機体も起動する。
地球再生局の人々が見上げていた。
戦うためじゃない。
空を戻すための飛行。
それは、昔とは全く違う光景だった。
『行ってくる』
次の瞬間。
青とオレンジの光が、赤い空へ飛び立った。
その一週間後。
工房でコウセイは呆然としていた。
机の上。
新型散布装置設計図。
長距離用。
しかも、もう試作品が完成している。
「……早すぎる」
コウセイが呟く。
アルは静かに答える。
『既存技術の応用だ』
「いや、それを一週間でやるのがおかしいんだって……」
コウセイは椅子へ座り込む。
完全に落ち込んでいた。
自分も、かなり技術者として成長した。
でも。
やっぱり届かない。
アルは、ずっと先にいる。
マユが隣へ来る。
「落ち込んでる?」
「ちょっと」
素直だった。
マユは設計図を見る。
それから、少し笑う。
「私たち、まだまだだね」
コウセイも少し笑った。
悔しい。
でも、嫌じゃない。
まだ先がある。
まだ学べる。
それが少し嬉しかった。
翌日。
宇宙港。
アルとメイプルの機体が並んでいる。
地球での作業は一段落した。
メイプルが笑う。
『じゃ、またねー!』
「またすぐ呼ぶかも」
コウセイが言う。
『その時はカレーよろしく』
「また作るの……?」
次の瞬間。
『NOとは言わせない!』
メイプルが即答する。
マユが吹き出した。
「うつってるじゃん」
『名言だからねー!』
コウセイ、顔を覆う。
騒がしい笑い声。
でも、その空気が少し嬉しかった。
アルは静かにコウセイを見る。
『空の変化速度は安定している』
「うん」
『焦るな』
短い言葉。
でも、コウセイには十分だった。
青い機体。
オレンジの機体。
二機がゆっくり浮かび上がる。
地球の空はまだ赤い。
それでも、昔より少しだけ青が増えていた。
『じゃあねー!』
光が飛ぶ。
二機は宇宙へ消えていく。
コウセイは空を見上げる。
近道はしない。
時間はかかる。
それでも。
この星は、ちゃんと未来へ進んでいた。




