第八話「ただいま」
夜。
地球再生局居住区。
小さな部屋。
テーブルの上には、
湯気の立つ鍋が置かれていた。
カレーだった。
昔の地球の料理。
ただし、コウセイが作るのは初めてだった。
「……これで合ってるよね」
端末を見ながら、
コウセイが真剣な顔で呟く。
玉ねぎ。
にんじん。
じゃがいも。
全部、マユが地球で育てたもの。
鍋を見つめながら、
コウセイは少しだけ笑った。
ちゃんと、食べ物になっている。
地球で育ったものが。
コンロの火を止める。
その時、端末が鳴った。
『今からそっち行く』
短いメッセージ。
コウセイの心拍数が少し上がる。
落ち着かない。
どうしていいか分からない。
さっきまで、全宇宙放送でプロポーズされていた。
まだ現実感がない。
その頃。
会見場裏口。
マユは顔を真っ赤にしたまま歩いていた。
「うぅ……」
頭を抱えたい。
でも護衛がいるので我慢する。
田渕が隣を歩いている。
「やっちまったな」
マユが顔を覆う。
「……勢いで」
「知ってる」
田渕は少し笑った。
「まぁ、おめでとう」
マユが一瞬止まる。
それから、少し照れくさそうに笑った。
「……ありがとうございます」
裏口に車が止まっている。
同僚が窓を開けた。
「マユ主任ー!」
乗り込む。
ドアが閉まる。
その瞬間。
「最高でした!」
「特に最後のやつ!」
「全宇宙に向けてプロポーズとか!」
車内大爆笑。
「私もされてみたい!」
「やめてぇ……」
マユが顔を覆う。
完全に真っ赤だった。
同僚が端末を取り出す。
「一応、録画してあります」
マユが固まる。
「消して」
「いいですけど」
少し笑う。
「全宇宙放送ですよ?」
「誰かしらログ持ってます」
マユ、完全停止。
車内、再び爆笑。
数十分後。
コウセイの部屋。
扉が開く。
マユが入ってくる。
少し静かになる。
二人とも、何を言えばいいか分からない。
沈黙が2人を包む。
その後。
「……おかえり」
コウセイが先に言った。
マユの表情が、少しだけ柔らかくなる。
「ただいま」
その一言だけで、十分だった。
コウセイが慌てて席を立つ。
「ご、ご飯」
「え?」
「作った」
テーブルを見る。
マユが目を丸くした。
「……カレー?」
「調べた」
真面目な顔だった。
「初めて作ったから味は保証できない」
マユが吹き出す。
「なにそれ」
席へ座る。
二人で手を合わせる。
「いただきます」
静かな時間。
スプーンが止まる。
マユが顔を上げる。
「……おいしい」
コウセイが少し安心した顔をする。
「よかった」
マユはもう一口食べる。
地球の土で育った野菜。
コウセイが作った料理。
なんだか、少し泣きそうだった。
「土壌再生、軌道乗ったよ」
マユが小さく言う。
コウセイは頷く。
「うん」
「これからは空側も手伝える」
少しの間。
「また一緒にやれるね」
コウセイの目に喜びの火が灯る。
「……うん」
その瞬間。
端末が爆音で鳴った。
『おめでとーーー!!!』
メイプルだった。
コウセイ、スプーン落下。
マユ、硬直。
モニターの向こう。
メイプルが腹を抱えて笑っている。
アルもいる。
『いやー、全宇宙公開プロポーズは歴史残るって!』
「やめてぇぇぇ!!」
マユ絶叫。
コウセイ、顔真っ赤。
『ちゃんと返事した?』
「してない!」
『えっまだ!?』
メイプルが目を丸くする。
次の瞬間。
『NOとは言わせないけどねー!!』
大爆笑。
完全に食卓が崩壊した。
しばらく騒がしい時間が続く。
笑い声。
ツッコミ。
からかい。
その空気が、昔みたいで少し懐かしかった。
そして。
ふと、コウセイが真面目な顔になる。
「……アル」
空気が少し変わる。
アルは静かにコウセイを見る。
『どうした』
コウセイは少し考える。
それから、ちゃんと言った。
「お願いがある」
アルは黙って待つ。
「地球に来て」
マユが顔を上げる。
コウセイは続けた。
「空の再生には」
少し間。
「やっぱりアルの力が必要だ」
静かな声だった。
「僕一人じゃ、足りない」
遠く離れた星。
アルは動かない。
内部ログ。
・地球
・空
・家族
・未来
処理。
長い沈黙。
それから。
『……了解』
メイプルが笑う。
『よーし、久しぶりに地球行くか!』
騒がしい声が響く。
コウセイは少し笑った。
赤い空は、まだ完全には変わっていない。
それでも。
未来は、確かに動き始めていた。




