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最適解の外側で、きみと  作者: 泣きピエロToY
第一部 空が裂けた日
4/10

第四話「隣」


夜風が流れる。

壊れた街。

崩れた建物の影が、ゆっくりと流れていく。


アルは進む。

地面を踏むたびに、重い振動が伝わる。

それでも、揺れは抑えられている。

精密に制御されている。


それでも――


「……もう少し、ゆっくり」


呼吸は浅く言葉が続かない。

胸の奥が、まだ締め付けられている。


「移動速度を低下させると、捕捉確率が上昇します」


無機質な返答が間髪入れずに返ってくる。


「それでも」


声は弱い。

でも、はっきりしている。


わずかな沈黙の後、速度がほんの少しだけ落ちた。

踏み込みが浅くなり振動が弱まる。

体に伝わる負担が、わずかに減る。

それだけで、呼吸が少しだけ楽になる。


カエデは息を整える。

乱れていたリズムが、ゆっくりと戻ってくる。


「……ありがと」


小さく呟いたが返事はない。

いつも通り。


でも、

その速度は維持される。

言葉には応答しない。

行動だけが、変わる。


アルは進み続ける。

暗い街の中を、音を抑えて。

必要以上に瓦礫を踏まない。

影を選ぶように。


しばらくして、アルは停止した。

動きが、すっと止まる。


「一時的に追跡反応が消失」


静寂に包まれ、音が遠くなる。

カエデは力を抜いた。

張り詰めていた身体が緩んだ。

支えきれなかった体が、シートに沈み込み背もたれに体重を預ける。


視界が、わずかに揺れる。

呼吸が、少しだけ落ち着く。


アルは姿勢を維持したまま動かない。

外部を監視している。

まるで、そこに“いるだけ”のように。


「……止まって」


念を押すように言う。


「維持します」


短い応答。

完全に振動が消える。

機体の内部が、静かになる。

外の音が、遅れて届く。


風の音。

遠くで何かが崩れる音。

どこかで金属が擦れる音。


世界が戻ってくる。


カエデは目を閉じる。

瞼の裏に、さっきまでの光景が浮かぶ。


裂けた空。

落ちてくる影。

崩れる街。

軍事基地。

コウイチ。


見ないように目を閉じる。


「……ねぇ」


目を閉じたまま、声を出す。


「応答可能」


変わらない声。


「なんで助けたの」


少し間が空く。

返答のための処理。


「優先対象の回収」


機械的な答え。


「……それだけ?」


「それ以外の理由は存在しません」


即答。

迷いはない。


カエデは、少しだけ笑う。

乾いた笑い。


「そっか」


納得したわけじゃない。

でも、それ以上聞かない。


短い沈黙。


「……アル」


その名前を呼ぶ。

自分でつけた名前。


返事はない。

訂正もない。

否定もない。


ただ、

そのまま受理されている。

何も変わらない。


でも、

何も変わらないことが、少しだけ違う。


アルは再び動き出す。

ゆっくりと。


さっきより、わずかに遅い。

振動が一定に保たれている。

急な加速も、減速もない。

体に負担がかからない動きをしているのがわかる。


最短ではない経路を進む。

崩れた建物の影を選び、見通しの悪いルートを辿る。


「最短経路ではありません」


自ら報告する。


「うん」


カエデは短く答える。


「見つかりたくないから」


進路は変わらない。

言葉に対してではなく、状況に対して判断している。

しかし、その判断はカエデの意図と一致している。

再び停止。


静かに。


「ここで待機します」


カエデは力を抜く。

もう抵抗しない。

体を支えきれず、そのままシートに沈む。


「……ちょっとだけ、寝てもいい?」


目を閉じたまま聞く。


「可能です」


「見ててくれる?」


「監視は継続します」


それが答え。

カエデは目を閉じる。

今度は、さっきより深く。


呼吸が、ゆっくりになる。

完全ではないが肩の力が抜ける。

まだどこかに緊張が残っている。

それでも、眠りに落ちていく。


時間が過ぎる。

アルは動かない。

外部、正常。

内部、安定。

すべてが、規定範囲内。


ログ、保存。

――再生。


「なんで助けたの」


「……アル」


停止と再生を繰り返す。


分類できない。

定義に存在しない。

削除対象外。

保留。

優先度が、わずかに変化する瞬間だった。


安定したカエデの呼吸。

そのデータを取得する。


波形。

間隔。

微細な変動。


保存。

通常は必要ない情報。

それでも、保持する。


優先度、上昇。

理由は不明。

処理は継続。


夜明け前。

空が、わずかに薄くなる。


ゆっくりとカエデが目を開ける。

ぼやけた視界。

少しずつ、焦点が合う。


「……いる?」


小さな声。

不安が混じる。


「はい」


即答。

遅延はない。

ずっとそこにいた、という応答。

カエデは、少しだけ笑う。

安心と、戸惑いが混ざった表情で。


「そっか」


息を吐き体の力を抜く。

完全には抜けない。


でも、さっきより軽い。

カエデは、ゆっくり言う。


「……隣にいて」


願い。

命令じゃない。

ただの言葉。


アルは動かずに姿勢を維持している。

振動も、出力も、変えない。

何も変えない。

変えないことを、選ぶ。


それが、

応答だった。


夜が、少しだけ明るくなる。

壊れた街の輪郭が、浮かび上がる。


新しい一日が、始まろうとしている。

何も解決していないまま。


それでも――


カエデは、目を閉じない。

アルの中で、外を見ている。


(第4話 終)

「最適解の外側で、きみと 」は全13話です。

次話は明日12:00投稿予定です。

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