第三話「切り離し」
轟音が、遅れて届く。
空に走る光。
味方機の軌道。
敵の影が、崩れる。
遅れて、空気が震える。
衝撃が広がり、街の残骸を揺らす。
「友軍識別コード確認」
無機質な通信。
「交戦を引き継ぐ」
短く、断定的な言葉。
余地はない。
動きが、止まる。
止められた、という感覚。
戦闘が終わる。
終わらされた。
でも――
何かが、抜ける。
さっきまで確かにあった“繋がり”が、消えている。
静かすぎる。
違う。
音がないんじゃない。
何かが、いない。
内側にあったはずの感覚が、急に遠くなった。
「武装解除を要請。機体識別:アルファ01」
冷たい別の声。
距離がある。
「当該機は回収対象と認定」
一切の迷いがない。
「従わない場合、強制措置に移行」
脅しではない。
ただの手順。
「……回収?」
自分でも、聞こえないくらい声は小さかった。
腕が下がる。
構えが解かれる。
意図していないのに、力が抜ける。
「武装、停止」
勝手に。
味方機のはず。
なのに囲まれている。
見覚えのあるシルエット。
銃口はこちらを向いている。
一歩、下がる。
違う。
下がらされる。
見えない圧。
空間そのものが押してくる。
膝が落ちる。
衝撃が、内側に来る。
骨じゃない。
でも、身体の奥で何かがきしむ。
「やめて……」
誰にも届かない。
「操縦者を分離します」
その一言で、理解してしまう。
嫌だ。
そう思った瞬間には、もう遅い。
胸部が開かれる。
金属がずれる音。
外気が流れ込む。
冷たい。
現実の温度。
機体から引き剥がされ接続が切れた。
奥にあった“何か”が、無理やり引き抜かれる。
「待って……!」
手を伸ばすが何も掴めない。
距離がある。
指先が、空を切る。
感覚が、急に軽くなった。
同時に自分の身体の重さが戻ってくる。
支えがなくなる。
白い。
強い光。
眩しい。
何も分からない。
「立ってください」
強く腕を掴まれ外に引き出された。
逃げられない。
選択の余地はない。
従うしかなかった。
足がもつれながらも歩かされる。
でも、止まらない。
支えられているのに、突き放されている感覚。
扉。
また扉。
同じような白。
同じような光。
方向感覚が消える。
音だけが、響く。
足音。
機械音。
自分の呼吸。
全部がバラバラに聞こえる。
椅子に座るよう促された。
抵抗できない。
「生体データの取得を開始します」
機械のごしの声。
淡々としている。
冷たい異物感に恐怖感を感じた。
「やめて……」
しかし、止まらない。
拘束具が締まる。
逃げられない。
身体が、完全に押さえ込まれる。
「拒否反応を確認。拘束レベルを上げます」
さらに締まる。
呼吸が浅くなる。
胸が動かない。
息が吸えない。
何も、届かない。
誰にも。
扉が開く。
ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえ、カエデの前で止まった。
「……コウイチ?」
名前が、自然に出る。
考えていない。
ただ、そこにいたから。
男は動かない。
距離を保ったまま。
一瞬だけ視線だけが揺れる。
しかしすぐ戻る。
「……任務中だ」
それだけ。
それ以上はない。
近づかない。
距離を詰めない。
「なんで……」
「宇宙船のパイロットは……」
声が、弱い。
答えを期待していない。
でも、出てしまう。
「辞めて入隊した」
感情がない。
説明でもない。
ただの事実。
理解してしまった。
ここにいる。
でも、ここにいない。
もう、同じ側じゃない。
埋まらない距離がある。
手を伸ばしても、届かない距離。
「身体に異常は?」
形式的な質問。
「……分からない」
本当の答え。
分からないことしか、分からない。
「何故お前があれに乗っている」
「わからない」
コウイチは一瞬、指が白くなるほど拳を強く握ったが、
すぐ緩ませた。
感情を抑え込んでいるように見えた。
「精密検査を継続する」
他人への声。
自分に向けられていない。
「コウイチ……」
一歩前に出ようとして止まる。
拘束が、邪魔をする。
「規定だ」
それで終わる。
会話は切れ、それ以上はない。
「コウイチ助けて」
「お願い。私は何も知らない」
「……助けて」
コウイチには届かなかった。
警報発令。
鋭い音。
空間が揺れる。
「不正アクセス検知」
機械の声が重なる。
空気が歪む。
光が乱れる。
拘束具が外れ、扉が開いた。
感覚が押し広げられる。
カエデは扉に向い走った。
格納庫に繋がっていた。
「優先対象、再検出」
カエデの呼吸が止まる。
理解する前に、身体が反応する。
「……お願い」
誰に向けたのか分からない。
でも、言葉が出る。
白い装甲のそれが待っていた。
緑の光が周囲を警戒している。
そして確実に“こちら”も見ている。
それに向い足が動く。
怖い。
後ろで銃が上がる。
味方のはずの銃口。
その時、緑の光が銃に向かって照射され銃の安全装置がロックされた。
コックピットが開きカエデは飛び込んだ。
暗い。
奥が見えない。
でも、分かっている。
あそこは戻る場所。
ここは戻ってしまう場所。
振り返る。
コウイチ。
距離はそのまま。
縮まらない。
何も変わらない。
視線を切り一歩踏み出した。
コックピットディスプレイに触れる。
冷たい。
でも、拒否しない。
「……アル」
小さく、でも、はっきり呟く。
一瞬の空白。
無機質な声がする。
「名称を確認」
「識別名:アル」
ほんのわずか。
「登録しますか」
カエデは答えない。
「登録完了」
胸が閉じる。
外部から遮断。
振動が骨に響く。
再起動。
内側から、何かが満ちる。
外が見える。
視界が変わる。
「操縦者カエデ、確認」
「機体名:アルファ01」
「名称:アル」
わずかに、遅れる。
応答の間。
理由は不明。
格納庫の扉を蹴破り外に出ると地球軍が待ち構えていた。
障害を無視する。
銃撃を外す。
予測している。
全部、読んでいる。
そのまま基地外へ飛び出して行った。
夜の空気。
広がる空。
でも、自由じゃない。
止まらない。
止められない。
カエデは、小さく息を吐く。
「……アル、ありがとう」
「あなたには届いた」
返答はない。
機体は止まず、進み続ける。
どこへ向かうのかも、分からないまま。
(第3話 終)
「最適解の外側で、きみと 」は全13話です。
次話は明日12:00投稿予定です。




