第二話「最適解のズレ」
揺れる。
視界が、固定されない。
遠くて近い。
全部が、合っていない。
カエデの呼吸は乱れたまま、戻らない。
「……なに、これ……」
自分の声が、遠い。
外が見える。
崩れた家。
砕けたガラス。
歪んだ電柱。
さっきまで、自分がいた場所。
その現実だけが、やけにくっきりしている。
なのに、それ以外は、曖昧だ。
距離が分からない。
重さが分からない。
どこまでが自分かも、分からない。
それでも――動いている。
勝手に。
そして――
空間が、歪む。
裂け目の奥。
まだ閉じていない空。
そこから、現れる。
人の形に似ている。
でも、違う。
関節の数が合わない。
曲がり方が、おかしい。
動きが、滑りすぎている。
“止まらない動き”。
敵。
「敵性反応、検出」
無機質な声。
「戦闘行動を開始」
「待って――」
反応しない。
足が動く。
地面を蹴り一瞬で距離を詰める。
速い。
速すぎる。
景色が引き伸ばされる。
遅れて、理解が追いつこうとする。
でも、間に合わない。
敵が腕を振るう。
見える前に、体がズレる。
「……えっ」
遅れて、風が通る。
さっきまでいた場所が、裂ける。
音が、遅れて届く。
何が起きたのか、分からない。
でも、避けていた。
勝手に。
次の瞬間、踏み込んでいる。
「待って……」
止まらない。
体が、前へ出る。
拳が振られる。
感触が、ない。
殴ったはずなのに、手応えがない。
一瞬遅れて、内側から衝撃が返ってくる。
骨じゃない。
でも、似ている。
「……っ」
気持ち悪い。
ズレている。
全部が。
自分の動きじゃない。
でも、自分の中から出ている。
「敵、構造解析完了」
知らないことば。
でも、理解している。
してしまう。
敵の内部。
硬い部分。
脆い部分。
“壊れる場所”。
最初から、分かっている。
狙いが、自然とそこに合う。
「やめて……」
言葉が、かすれる。
「やめて……!」
止まらない。
体が、正確に動く。
迷いがない。
無駄がない。
“最適解”。
敵の動きに対して、
最短で、最小で、最大効率で。
踏み込み。
回避角度。
力の乗せ方。
全部が、最適化されている。
でも――
それは、“カエデじゃない”。
「やめて……!」
声が、震える。
その瞬間。
動きが、止まる。
ほんの一瞬。
でも、確かに止まった。
敵が迫る。
距離が、詰まる。
間に合わない。
カエデの呼吸が、崩れる。
胸が締め付けられる。
視界が揺れる。
「……やめて……」
恐怖。
その感情だけが、はっきりとある。
何かが、変わる。
さっきまでとは違う。
前に出ず距離をとる。
「……?……」
動きが、変わった。
攻撃しない。
踏み込まない。
回避。
後退。
遮る。
「判断基準、更新」
無機質な声。
「操縦者ストレス値上昇」
「操縦者損傷リスク、最優先項目に設定」
操縦者を守るための動き。
カエデを中心に、位置を取る。
敵との距離を測る。
一定以上、近づけない。
間合いを、維持する。
「防御行動へ移行」
攻撃が、消える。
代わりに――
当たらない動き。
避ける。
受け流しずらす。
早い敵の攻撃が来る。
でも――
当たらない。
紙一重で、外れる。
当たるはずの軌道から、少しだけ外れる。
それが、繰り返される。
「……なに……これ……」
カエデの呼吸が、少しだけ戻る。
さっきより、苦しくない。
でも――
違和感は、消えない。
“逃げているだけじゃない”。
敵を観察している。
動きの癖。
タイミング。
重心。
全部を、拾っている。
「……見てる……?」
自分じゃない何かが、見ている。
考えている。
そして――待っている。
その瞬間。
敵の動きが、わずかに崩れる。
ほんの一瞬。
その瞬間だけ――
踏み込む。
「――っ」
カエデの意思じゃない。
でも、止められない。
最短距離。
最短時間。
最小動作。
拳が、突き刺さる。
さっきと同じ場所。
“壊れる場所”。
今度は――
遅れない。
衝撃が、そのまま通る。
敵の形が歪み動きが止まる。
そして――崩れる。
沈黙。
動かない。
終わった。
「敵性反応、消失」
無機質な声。
カエデは、息を吐く。
止めていたものが、一気に抜ける。
力が抜ける。
でも、倒れない。
まだ、意識はある。
機体に支えられている。
「……今の……」
自分がやったのか。
違う。
でも、やった。
その感覚だけが、残っている。
“最適だった”。
そう理解してしまう自分が、怖い。
視界が、わずかに揺れる。
遠く裂け目の向こう。
まだ、何かが動いている。
終わっていない。
「継続戦闘、可能」
機械の声。
淡々と。
感情はない。
カエデの呼吸が、また乱れる。
嫌だ。
もう、やりたくない。
でも――
足が、わずかに前に出る。
止められない。
理解してしまったから。
逃げきれないことを。
「……やだ……」
声が、震える。
それでも――
機体は、動く。
(第2話 終)
「最適解の外側で、きみと 」は全13話です。
次話は明日12:00投稿します。




