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最適解の外側で、きみと  作者: 泣きピエロToY
第一部 空が裂けた日
1/6

第一話「空が裂けた日」


火は、まだ揺れている。


小さなケーキの上。

一本だけ立てた、ろうそく。


灯りは弱い。

けれど、消えない。


カエデは、それを見ていた。


吹き消さない。

手も伸ばさない。

ただ、そこにある時間を見ている。


部屋は静かだった。


椅子は一つ。

皿も一つ。


誰かのために用意されたはずの場所は、

どこにも使われていない。


テーブルの端に、小さな写真。

笑っている男の子。

その横に、ぬいぐるみ。


視線が、わずかに揺れる。


触れない。

触れれば、何かが壊れる気がした。


「……コウ、誕生日おめでとう」


火が、わずかに揺れた。

その揺れだけが、時間を刻んでいる。


外は、やけに静かだった。

風の音も、車の音も、遠い。

世界が、薄くなっているみたいだった。



その瞬間。


空気が落ちた。


音が消える。

耳の奥が締め付けられる。

世界から、何かが抜け落ちたみたいに。


呼吸が、止まる。


次の瞬間、

遅れて音が来る。


――割れる。


ガラスが砕ける。

壁が軋む。

床が跳ねる。


世界が、形を保てなくなる。


カエデは動けなかった。

体が、命令を受け付けない。


ただ、外を見る。

空が、裂けていた。


光でも影でもない“歪み”が、

空間そのものを押し広げている。


ありえない角度。

ありえない奥行き。


見てはいけないものを、見ている。

そこから、落ちてくる巨大な影。


遅れて、衝撃。


空気が叩きつけられる。

呼吸が潰れる。

肺が空になる。


すぐ隣だった。


煙。

焦げた匂い。

歪んだ金属音。


それは、人の形をしていた。


巨大な“何か”。

腕。脚。頭部。


でも、生き物じゃない。


動かない。


沈黙。


世界が、止まっている。


逃げなきゃいけない。

そう思う。

でも、体は動かない。

視線だけが、そこに縫い付けられる。


――開いた。


胸部が割れる。

内部が露出する。


機械の奥。

狭い空間。


コックピット。

中に、人がいる。


若い。


血。


呼吸が浅い。

胸が、わずかに上下する。


生きている。

でも、もう長くない。


その瞬間、

カエデの体が動いた。


考えていない。

判断もしていない。


ただ、走っていた。


距離は短い。

でも、遠い。


足が重い。

空気が粘つく。


時間が、引き延ばされている。


手を伸ばす。

まだ温度がある。


「――」


声は出ない。

でも、分かる。

間に合わない。


呼吸が止まる。

視線が落ちる。

力が抜ける。

その目は、どこかを見ていた。

ここじゃない場所を。


そして、動かなくなる。


また。

間に合わなかった。


カエデの手は、離れなかった。

そのまま、触れ続けていた。

冷えていく感覚だけが、確かだった。


――音声起動。


無機質な声が、空間に流れる。


「パイロット生体反応、停止」


「戦闘継続不能」


わずかに、遅れて。


「外部損傷、軽微」


「機体機能、維持可能」


カエデは、まだその手を握っている。

離せない。

離したら、全部終わる気がした。


「代替操縦者、検索開始」


音が、変わる。

空気が震える。

何かが、こちらを“見ている”。

カエデの呼吸が、乱れる。

逃げなきゃいけない。

分かっている。

でも、動けない。


「適合対象、検出」


一瞬。

空気が引く。

視界が引き剥がされる。

世界が、遠ざかる。

体が浮く。


「――」


声が出ない。

抵抗もできない。

引き込まれる。


暗転。


落ちる。

いや、吸い込まれる。

上下が分からない。

自分の輪郭が、崩れる。

どこまでが自分で、どこからが違うのか分からない。


次に視界が戻ったとき、

そこは“狭くて暗い機械の中“だった。


呼吸が荒い。

何も分からない。

壁が近い。

でも、触れていない。

身体の位置が、曖昧になる。


――起動。


低い振動。

足元からじゃない。

もっと内側。


骨じゃない。

でも似ている。


自分の中に、別の重さがある。

遅れて、外が“入ってくる”。

見ているんじゃない。

流れ込む。


さっきまで外にあった世界。

今は、内側から見ている。


距離がわからない。

遠いものが近い。

近いものが遠い。


焦点が合わない。

でも、全部見えている。


巨大な腕が、わずかに動く。


――先に。


「……っ」


遅れて、自分がついていく。


動かしたつもりはない。

でも、動いている。


重い。

でも、軽い。

踏み出す。

地面が沈む。

衝撃が、遅れて返ってくる。

身体が揺れる。

いや、“機体”が揺れている。

その事実が、遅れて理解に届く。


「……なに、これ」


声は、内側にしか響かない。

外には出ていない。

でも、何かが応答する気配がある。

答えはない。

それでも、動いている。


理解が追いつかない。

それでも、止まらない。


「操縦者登録、完了」


無機質な声。


「機体識別:アルファ01」


そのとき。

遠くで、何かが動いた。

歪みの向こう。

まだ閉じていない空。

そこから、影がもう一つ。

落ちてくる。


ゆっくりと。

確実に。


逃げ場はない。


「脅威反応、接近」


無機質な機械の声が

ただ、事実だけを告げる。


カエデの呼吸が、さらに乱れる。

理解したくない。

でも、分かってしまう。

戦うしかない。


何も分からないまま、

それでも――


足が、前に出る。


(第1話 終)

ここまで読んでくださりありがとうございます。

「最適解の外側で、きみと 」は全13話です。

次話は明日12:00投稿予定です。

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