第六話「芽」
地球へ来て、七年が経った。
赤かった空は、少しずつ色を変えていた。
まだ完全な青ではない。
それでも、朝焼けと空の境界が分かる日が増えた。
地球再生局。
かつて仮設だった施設は、今では巨大な研究都市へ変わっている。
工房。
観測塔。
培養施設。
農業区画。
人も増えた。
笑う声も。
その中を、白衣姿のマユが歩いていく。
二十五歳。
昔より少し大人びた。
でも、歩く速さは変わらない。
「マユ主任!」
後ろから声が飛ぶ。
若い研究員が駆け寄ってくる。
「第四区画、微生物定着率安定しました!」
マユの顔が少し上がる。
「ほんと?」
「はい! 土壌崩壊も止まってます!」
マユはすぐ端末を開く。
表示される数値。
土壌循環反応。
微生物活性。
有機分解率。
七年間、ずっと追い続けてきた数字だった。
ナノマシンでは、土は戻らなかった。
壊れた大地は、もっと時間を必要としていた。
落ち葉。
微生物。
水。
動物。
発酵。
死んだものを、次へ返していく。
地球が昔、当たり前にやっていた循環。
マユはそれを、一つずつ地球へ戻していった。
簡単じゃなかった。
何度も失敗した。
土が死ぬ。
微生物が定着しない。
植物が育たない。
それでも。
「急がない」
マユは何度もそう言った。
「生きてるもの相手だから」
その言葉は、もう研究区画全体へ広がっていた。
外へ出る。
風が吹く。
遠くに、赤い森が見えている。
あの場所は今、地球再生保護区域として管理されていた。
マユは少し笑う。
「助けられてばっかだなぁ」
小さく呟く。
通信が入る。
『マユ』
コウセイだった。
少しだけ、間が空く。
昔みたいに、四六時中一緒ではない。
連絡は必要事項が多くなった。
それでも。
嫌ではなかった。
『そっちどう?』
「第四区画、安定した」
少し間。
『そっか』
その声は、本当に嬉しそうだった。
マユも少し笑う。
「そっちは?」
『今日、七回目散布』
空側は、今も戦っている。
濃度を上げすぎれば、地上へ影響が出る。
だからコウセイは、何度も計算を繰り返していた。
空を急激に変えないために。
生き物を壊さないために。
その代わり、時間がかかる。
気の遠くなるくらい。
マユは知っていた。
コウセイが一度、その計算結果を見て落ち込んでいたことも。
自分達の世代では、完全な青空へ届かないかもしれないことも。
それでも、コウセイはやめなかった。
「今日さ」
マユが歩きながら言う。
「植える」
通信の向こうが静かになる。
『……本当に?』
「うん」
マユは空を見る。
少し薄くなった赤。
「やっと畑できた」
沈黙。
それから。
通信の向こうで、
コウセイが少し笑った。
昔と変わらない笑い方だった。
『見に行っていい?』
マユも笑う。
「仕事は?」
『終わらせる』
「徹夜禁止」
即答。
少し間。
『……了解』
その返事がおかしくて、
マユは吹き出した。
夕方。
小さな畑。
まだ広くはない。
でもそこには、ちゃんと作られた土があった。
マユがしゃがみ込む。
箱を開ける。
じゃがいも。
玉ねぎ。
にんじん。
昔の地球では、どこにでもあった作物。
でも今は違う。
地球で育つこと自体が奇跡だった。
周囲には、研究員達が静かに集まっている。
誰も騒がない。
ただ見ていた。
マユは土へ触れる。
柔らかい。
温かい。
小さく息を吐く。
「……よろしくね」
そう言って、祈るように最初の種を植えた。
一年後。
畑。
風が吹く。
赤かった大地の中。
小さな緑が広がっていた。
研究員達が息を呑む。
マユはしゃがみ込む。
土へ触れる。
崩れない。
死んでいない。
ちゃんと生きている。
その中央。
土の中から、じゃがいもが姿を見せていた。
「……できた」
誰かが呟く。
マユは震える手で、
土を掘る。
次々と現れる。
じゃがいも。
玉ねぎ。
にんじん。
全部、地球で育った。
七年間。
何度も失敗した。
土が死んだ。
微生物が消えた。
それでも、やめなかった。
風が吹く。
少しだけ青くなった空。
マユは立ち上がる。
そして。
「できたぞーー!!」
赤い大地へ、声が響いた。
研究員達が笑う。
泣いている人もいる。
誰かが拍手する。
マユは空を見る。
まだ赤い。
でも。
ちゃんと、未来の色が混ざり始めていた。




