第一話「赤い地球」
赤い地球が、窓の向こうに見えていた。
完全な赤ではない。
ほんの少しだけ、オレンジが混ざっている。
大型輸送船の工房区画。
複数のモニターが浮かび、環境シミュレーションが表示されていた。
大気浄化予測。
ナノマシン散布計画。
土壌再生データ。
コウセイが端末を操作している。
「マユ、地球まで三週間」
工具を弄っていた少女が顔を上げる。
「うん?」
「もう一回シミュレーションしようよ」
少女が笑う。
「お、コウセイやる気満々じゃん」
「青い地球、早く見たいし」
即答だった。
マユが少し笑う。
「楽しみだね」
コウセイも小さく笑う。
「うん」
モニターの中。
赤い空に、
少しだけ青の予測領域が広がっていた。
船団は静かに地球へ向かっていた。
この八年間で、
アル達が住む、あの星は大きく変わった。
壊れた街は修復され、
技術も発展した。
地球再生のための準備も進み続けていた。
今回地球へ向かうのは、
その中でも選ばれた技術者達。
環境制御。
農業。
再生工学。
機体整備。
様々な分野の人間が乗っている。
その中で、コウセイとマユは最年少だった。
十八歳。
船団の中では期待の新人。
それでも、二人を知る者達は理解していた。
コウセイは特別だ。
アルとメイプルに育てられた。
作ることも、
直すことも、
守ることも、
この少年にとっては普通の日常だった。
だからこそ、途中で諦めた者も多い。
追いつけない。
隣に立てない。
それでも。
マユだけは残った。
悩みながらも、競い続けた。
隣に立つことをやめなかった。
コウセイもそれを知っている。
だから自然と、いつも二人は並んでいる。
「コウセイ」
「ん?」
「また徹夜してたでしょ」
「してない」
「した顔してる」
即答だった。
コウセイが少し視線を逸らす。
マユは呆れたように息を吐いた。
「地球着く前に倒れたら笑うからね」
「笑わないでよ」
「笑う」
小さな笑い声。
その空気だけは、
昔から変わらなかった。
三週間後。
船団は地球軌道へ到達した。
窓の外。
赤い空。
しかし以前とは違う。
ほんのわずかだが、
青が混ざり始めていた。
「……変わってる」
コウセイが小さく呟く。
地球側も、この八年間止まっていたわけではない。
再生は始まっている。
ゆっくりと。
少しずつ。
近道をしないように。
宇宙港。
巨大な施設に船団が着艦する。
大勢の人間。
警備。
報道機関。
その中央に、一人の男が立っていた。
軍服ではない。
しかしコウセイは知っている。
「……田渕さん」
男が小さく笑う。
「ああ。久しぶりだな」
あの頃より老けていた。
それでも目は変わっていない。
地球再生支援組織代表。
現在、船団受け入れの責任者。
八年間。
地球側はこの日を待ち続けていた。
案内されたのは政府施設だった。
休む間もなく、
大きな会見場へ通される。
ライト。
カメラ。
無数の視線。
ざわめきが広がる。
船団側の代表が座る。
コウセイとマユもその一角にいた。
会見開始。
直後、
質問が飛ぶ。
「地球再生計画について具体的な年数は!」
「大気浄化技術の即時提供予定は!」
「アルファ技術は地球側へ共有されるのですか!」
言葉が重なる。
焦り。
期待。
恐怖。
全部混ざっていた。
そして。
「あなたがアルの後継者ですか?」
視線が、いきなりコウセイへ集まる。
少し失礼な質問だった。
空気が止まる。
団長が口を開こうとする。
しかし。
「んー……」
コウセイが少し考える。
静かになる会場。
それから、
普通に言った。
「まず、一番最初にしなきゃいけないことがあります」
記者達が止まる。
「みんなで一緒にご飯食べましょう」
沈黙。
「……は?」
誰かが漏らした。
コウセイは続ける。
「お腹空いてると、ちゃんと考えられないし」
「これから長い付き合いになるんだから」
少し笑う。
「まずはそこから」
完全な沈黙。
マユが吹き出しそうになっている。
船団側は苦笑していた。
田渕だけが、
少しだけ笑っていた。
きっと、あの星を思い出していた。
その日、記者会見は途中で中断された。
代わりに、大量の食材が船から運び込まれる。
地球の人々は困惑していた。
しかし船団の人間達は、
慣れた様子で準備を始めていた。
赤い空の下。
地球で初めての、
大きな食卓が作られようとしていた。




