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コウイチ編 第三話「あの星へ」


戦後、コウイチは軍に拘束。

取り調べを受けていた。

アルファを逃したこと。

宇宙軍との戦闘を止めたこと。


しかし、軍はコウイチを処分出来なかった。

コウイチには才能がありすぎた。

まだ利用価値があった。



高高度試験空域。

灰色の試験機が、

雲の上を滑っていた。


速い。


けれど、力で押し切る飛び方じゃない。

空気へ馴染むように、自然に軌道が変わる。


旋回。

反転。

減速。


機体が、空へ溶け込んでいた。


管制室。


誰も喋らない。


モニターには、大量の解析ログ。

AI予測ラインが、

何度もズレる。


「また外れた」


技術士官が眉を寄せる。


「なんでこのタイミングで姿勢変更する」


「理由が取れない」


別の男が低く言う。


「……リズムだ」


「でも一定じゃない」


モニターの中。

コウイチは、小さく鼻歌を歌っていた。

誰も知らない歌。


昔から、飛ぶ時だけ無意識に出る。


空。

重力。

機体。


全部で少し変わる。

だからAIが掴めない。

ただの操縦技術じゃなかった。


もっと感覚的な何か。


コウイチは、そんなことを気にする様子もなく飛んでいた。


試験終了後の格納庫。

機体から降りる。


整備員達が、

少し緊張した顔で待っている。


「お疲れ様です」


「お疲れさん」


コウイチは軽く笑う。

その時。

上階見学通路。


上品な服装の女性が、静かにこちらを見ていた。


試験結果を見てる訳ではない。

飛行そのものを見ていた。


コウイチが軽く会釈する。

女性も、少し遅れて頭を下げた。


それから、時々その姿を見るようになる。

コウイチが飛行訓練の日だけ。


格納庫。

試験空域。

帰還時。


いつも静かに見ている。


ある日。

試験後の格納庫。


コウイチが機体脚部へ座っていると、

足元に缶コーヒーが置かれた。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


少し沈黙。

気まずくはなかった。

女性が小さく言う。


「飛んでる時だけ」


「少し自由そうですね」


コウイチは少し驚く。

それから、小さく笑った。


「そう見えます?」


「はい」


女性は頷く。


「空でダンスしてるみたい」


コウイチは少し黙る。

それから、静かに言った。


「帰る場所があると」


「飛ぶの、楽しいんですよ」


女性は何も言わない。

ただ、静かに聞いていた。



軍は、コウイチにあらゆる試験機に乗せた。

試験。

解析。

AI学習。

何年経っても、再現できない。

軍は執着していた。


「人格同期率を上げろ」


「感覚領域解析を優先」


「操縦神経波形を――」


コウイチは、全部理解していた。

利用されていることも。

技術として扱われていることも。


それでも拒否しない。


アルとカエデを逃がした。

だから、自分の責任は果たす。

そう決めていた。


ただ一度だけ、若い解析官へ言ったことがあるった。


「AIじゃ、ここまでは飛べませんよ」


「なぜです」


コウイチは少し考える。

それから、静かに笑った。


「空、好きじゃないでしょう」


解析官は、意味が分からない顔をした。



年月が流れる。

コウイチは、再婚した。

あの女性の父親が身元引受人になってくれた。


広い家。

静かな庭。

自分には不相応だと思えたが、

帰る場所が出来た気がした。


そして子供が生まれた。


さらに年月が流れる。

孫も生まれる。


今でも空を見る癖だけは変わらない。

時々、古い航路記録を開く。


未登録宙域。

誰にも提出しなかった星。


何もない。

でも、豊かだった。


昔。

カエデとコウに見せたかった星。

一緒に行きたかった星。


結局、行けなかった。

大事な記憶。



反政府組織からの接触は、

年々強くなっていった。


「あなたは象徴になれる」


「戦争を終わらせた英雄」


「我々にはあなたが必要だ」


コウイチは断り続けた。


「もう戦争はいい」


それだけだった。

だが、相手は諦めない。


監視。

接触。

周囲への干渉。

やがて、家族へも視線が向き始める。


そこで初めて、コウイチは決めた。

地球を出ることを。

今度こそ家族を守ることを。


出航の日。

小型長距離船。


コウイチ自身が組んだ、

古い個人航路を使う。

軍にも、反政府組織にも残していない航路。


窓の外。

静かな宇宙。

コウイチは少し目を細める。


「あそこなら」


コウイチの妻が聞く。


「安心できますか」


コウイチは頷く。


「ええ」


少し間。


「静かな星なんです」


警報。

赤い光。

船体が揺れる。

追撃艦。


反政府組織。

見つかった。


コウイチは静かにモニターを見る。

逃げ切れない。

すぐ分かった。

もう若くない。

船も武装していない。


それでも、焦りはなかった。

コウイチは、静かに航路画面を開く。


周囲デブリ帯。

重力流。

漂流物軌道。

微調整。


脱出カプセル射出位置変更。


ほんの少し。

誤差みたいな修正。

でも、発見確率が変わる。


コウイチは、昔からそうやってきた。

辿り着ける可能性を、少しずつ積む。


脱出カプセルには小さな赤ん坊。


眠っている。


コウイチは、そっと抱き上げる。

軽い。

温かい。

胸が少し痛む。


昔を思い出す。

それでも、手は止めない。


生命維持確認。

航路入力。

目的地。

あの星。


最後まで、消さなかった場所。


外で爆発。

時間がない。


コウイチは、小さく笑う。


「やっと行けると思ったんだけどな」


静かな声だった。

射出準備完了。


コウイチは、小さなカプセルへ手を置く。

眠る赤ん坊。

静かな呼吸。


未来だった。

コウイチは、窓の外を見る。


遠い星々。


あの星の方向。

アルがいるかもしれない。

もう、いないかもしれない。


それでも。


あそこには、未来がある気がした。

コウイチは、静かに射出ボタンを押す。


小さな光が、宇宙へ飛んでいく。

その軌道を、最後まで見ていた。

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