第五話「遊泳」
格納庫の扉がゆっくり開く。
朝日が差し込み、二機の機体を照らした。
青。
そしてオレンジ。
並んで立つ姿は、まるで空と夕焼けだった。
コウセイは思わず見上げる。
「……すご」
何度も見てきた。
でも今日は違う。
今日は乗る。
初めて。
メイプルはオレンジの機体の脚部ハッチを開く。
「おいで」
コウセイが駆け寄る。
複座席。
後部シートには、小型生命維持装置や神経接続補助装置が組み込まれていた。
「これ全部、ぼく用?」
「うん」
少し得意そうに言う。
「作るの大変だったんだから」
アルが隣で確認作業をしている。
「負荷が強かったらすぐ切断するからね」
「大丈夫だって」
「絶対はないよ」
真面目だった。
メイプルが笑う。
「心配しすぎ」
「人間は壊れやすいから」
「コウセイは丈夫」
「根拠がない」
そんなやり取りを聞きながら、コウセイは笑っていた。
いつもの空気。
安心する。
接続開始。
コウセイの視界が白く揺れる。
一瞬遅れて、
感覚が広がった。
重さ。
空気。
振動。
機体の内部情報。
全部が流れ込んでくる。
「わっ……!」
自分の体が巨大になったみたいだった。
いや、違う。
本当にそこにいる。
指を動かす感覚。
姿勢制御。
空気抵抗。
全部が直接分かる。
メイプルの声が聞こえる。
『大丈夫?』
頭の奥へ直接響く通信。
「う、うん……!」
鼓動が速い。
でも怖くない。
むしろ。
気持ちいい。
起動音。
低く静かな振動が格納庫に響く。
青い機体の背部スラスターが光る。
続いてオレンジ。
柔らかな橙色の光。
コウセイの感覚へ推進出力が流れ込む。
「綺麗……」
『行くよ』
浮上。
重力が少し遠ざかる。
格納庫を抜け、空へ出る。
その瞬間。
世界が開いた。
青空。
雲海。
巨大な森。
街。
川。
全部が遥か下へ流れていく。
風。
加速。
空気を裂く感覚。
コウセイは思わず叫ぶ。
「うわぁぁっ!!」
歓声。
子供みたいにはしゃぐ声。
実際、まだ子供だった。
青い機体が隣へ並ぶ。
空へ溶け込むみたいに飛んでいる。
メイプルは少しだけ嬉しくなる。
アルは飛んでいる時が一番綺麗だ。
ずっとそう思っていた。
高度が上がる。
雲を抜ける。
空の青が、少しずつ暗く変わっていく。
やがて。
星空。
大気圏突破。
静かな宇宙が広がった。
コウセイが息を呑む。
感覚共有越しに、
宇宙がそのまま流れ込んでくる。
青い星。
白い雲。
光る海。
その周囲を、無数の船が行き交っている。
輸送船。
旅客船。
作業艇。
新しく開かれた航路には、たくさんの光が流れていた。
暗闇の中。
青とオレンジの軌跡が走る。
二機は並んで飛ぶ。
寄り添うみたいに。
コウセイは興奮した声を上げる。
「綺麗!」
「すごい!」
「気持ちいい!」
メイプルが笑う。
『でしょ』
『これ見せたかった』
コウセイは嬉しくなる。
本当に、
空を飛んでいた。
しばらくして。
遠くで光が瞬いた。
小さい。
でも分かる。
爆発。
砲撃。
戦闘光。
コウセイの声が静かになる。
『……まだやってる』
アルの声は落ち着いていた。
『遠い宙域だね』
今もどこかで戦争が続いている。
コウセイは宇宙を見る。
こんなに綺麗なのに。
こんなに静かなのに。
どうして。
『戦争なんかしなくたって』
小さく呟く。
『こんなに平和な世界があるのに』
メイプルは何も言わない。
コウセイは少し黙る。
それから、ぽつりと聞いた。
『……僕は僕で良いよね?』
静かな通信。
メイプルは少し驚く。
コウセイは続ける。
『地球の名前じゃなくて』
『コウセイで』
不安そうだった。
十年。
この星で生きてきた。
でも地球の人達は、
違う名前で呼ぼうとする。
違う存在として扱おうとする。
メイプルは即答した。
『当たり前でしょ』
迷いがない。
『コウセイはコウセイ』
コウセイが黙る。
メイプルは少し笑う。
『私、人間は産めないはずなんだけど』
少しだけ間。
『でも、産んだつもりなんだよね』
コウセイの感情が揺れる。
接続越しに伝わってくる。
次の瞬間。
後部座席から、メイプルへ抱きついた。
「うわっ」
機体が少し揺れる。
『危ないって』
でもメイプルは笑っていた。
コウセイは強く抱きしめる。
「……ありがとう」
小さな声。
メイプルは静かに抱き返した。
『ん』
少し離れた場所を、
青い光が並走している。
アルはその様子を見ながら、小さく笑った。
青い星が下にある。
宇宙は広い。
遠くでは、まだ戦争の光が瞬いている。
それでも今だけは。
この空は、
三人だけのものだった。
次話は明日昼12時更新します。
第二部は全14話です。




