第四話「来訪者」
空に光が走る。
一つじゃない。
大型輸送船。
旅客船。
調査艇。
静かだった星の軌道上に、次々と船が入ってくる。
港では人々が空を見上げていた。
歓声。
ざわめき。
初めて見る巨大船に、子供たちが走り回る。
「すご……」
コウセイも空を見上げる。
十歳になった彼は、もう小さな子供ではなかった。
背も伸びた。
走るのも速い。
工具の扱いも覚え始めている。
それでも時々、メイプルには抱き上げられる。
本人は少し不満だった。
「ほんとに来たね」
メイプルが呟く。
アルは端末を見ていた。
「地球圏航路、正式開通」
「観光便は今日が初日」
遠くで拍手が起きる。
この星は今、
宇宙へ開かれようとしていた。
それから街は急激に変わった。
旅行客。
研究者。
商人。
技術者。
様々な人間が訪れる。
市場には見たことのない食べ物が並び、通りでは異星の音楽が流れるようになった。
地球側の技術者は、この星の設備に驚いていた。
自然と機械が共存している。
しかもアンドロイド達が、人間と対等に暮らしている。
地球では珍しい光景だった。
「変な感じ」
コウセイが言う。
広場のベンチ。
隣にはメイプル。
「何が?」
「みんなキョロキョロしてる」
「あー」
メイプルは苦笑する。
「この星、ちょっと特殊だから」
「普通じゃないの?」
「かなり」
コウセイは少し考える。
でも自分には、この生活が普通だった。
アルがいて。
メイプルがいて。
学校があって。
みんなでご飯を食べる。
それ以外を知らない。
夜。
格納庫。
巨大な二機が静かに並んでいる。
青い機体。
オレンジの機体。
コウセイは何度見ても見飽きなかった。
「やっぱりかっこいい……」
メイプルは少し得意そうに笑う。
「頑張ったからね」
アルが機体の脚部を点検している。
二機は既に完成していた。
長い年月をかけて、デブリ回収を繰り返しながら少しずつ組み上げた。
戦うためじゃない。
自由に飛ぶため。
そして、みんなで空を見るため。
試験遊泳も終わっている。
安定性も問題ない。
次は。
「早く乗りたい」
コウセイが言う。
メイプルが笑う。
「もう少し」
「なんで?」
「安全確認」
「まだ?」
「人間は壊れやすいから」
少し離れた場所からアルが言う。
コウセイは不満そうに頬を膨らませる。
「絶対大丈夫なのに」
「絶対はないよ」
アルは真面目だった。
だからこそ、コウセイを乗せることに慎重だった。
オレンジの機体が複座式なのも、そのためだ。
一緒に飛びたい。
一緒に見たい。
だから作った。
数日後。
コウセイは地球軍施設へ呼ばれた。
軽い身元確認。
そう聞いていた。
白い部屋に机が一つ。
笑顔の軍服の男。
でも、少し冷たい。
「緊張しなくていい」
男が言う。
コウセイは頷く。
質問が始まる。
「普段は何をしている?」
「学校とか」
「機械整備は?」
「少し」
「アルとの関係は?」
「家族」
男の指が少し止まる。
「……そうか」
また質問。
「メイプルとは?」
「家族」
「アンドロイドに囲まれて育って、不便はなかったか?」
コウセイは首を傾げる。
意味が分からない。
「別に」
「人間の友達は?」
「いるよ」
質問は続く。
内容が少しずつ変わっていく。
生活。
知識。
技術。
アルファ。
ベータ。
知らない単語も混ざっていた。
そのうちコウセイは気づく。
この人達は、自分を見ていない。
何か別のものを調べている。
「……ぼく、何かした?」
男は笑顔を崩さない。
「いや」
「確認だよ」
その時。
奥のモニターに古い記録が表示される。
炎上する船。
脱出カプセル。
識別コード。
そして。
幼児の生体記録。
男の視線が一瞬だけ鋭くなる。
「やはり一致したか」
小さな呟き。
コウセイは聞き取れなかった。
「え?」
男は端末を閉じる。
「君には、本来別の名前がある」
空気が止まる。
コウセイは固まる。
「……名前?」
「地球で登録されていた正式名称だ」
長い文字列が表示される。
知らない名前。
知らない家名。
貴族階級コード。
コウセイは困った顔をした。
「ぼく、コウセイだけど」
男は静かに言う。
「それは保護後につけられた名前だ」
「違うよ」
思ったより強い声が出た。
「メイプルがくれた名前だもん」
男は少し黙る。
それから静かに続けた。
「君は十年前の戦争で行方不明になった貴族船の生存者だ」
「本来なら死亡扱いだった」
「だが、生きていた」
コウセイは理解できない。
戦争。
貴族。
死亡。
全部遠い。
「……地球に、帰るの?」
男は答えなかった。
その沈黙が少し怖かった。
帰宅後。
コウセイは静かだった。
ソファに座ったまま、ずっと考えている。
メイプルが隣へ座る。
「どうしたの?」
少し沈黙。
コウセイは小さく聞く。
「……地球って、まだ戦争してるの?」
メイプルは答えられない。
代わりにアルが静かに言う。
「してるよ」
コウセイは俯く。
楽しみだった。
行ってみたかった。
アルとカエデがいた場所。
でも今日会った人達は、
この星の人達と少し違った。
優しい顔をしているのに、
少し怖い。
「ぼく、コウセイじゃないのかな」
小さな声。
メイプルが即答する。
「コウセイだよ」
迷いがない。
コウセイが顔を上げる。
メイプルは続ける。
「私が付けたし」
「だからコウセイ」
アルも静かに頷く。
「うん」
それだけで少し安心する。
部屋が静かになる。
その時。
メイプルが立ち上がった。
「じゃあさ」
コウセイが顔を上げる。
メイプルは少し笑う。
「先に、こっち飛ぶ?」
窓の外。
格納庫。
青とオレンジの機体。
コウセイの目が少しだけ輝く。
「……乗っていいの?」
「そのために作ったし」
アルは少し驚いた。
本当は、もう少し先の予定だった。
でも、今なら悪くない気がした。
遠い地球より先に。
まずは、
この星の空を見せたかった。
次話は明日昼12時更新します。
第二部は全14話です。




