第三話「質問」
朝。
窓から柔らかな光が差し込む。
小さな足音。
「メイプルー」
眠そうな声と一緒に、毛布を引きずったコウセイが部屋へ入ってくる。
メイプルは机に突っ伏したまま顔だけ上げた。
「おはよ……」
「起きて」
「あと五分」
「昨日も言ってた」
コウセイが服を引っ張る。
メイプルは観念して起き上がった。
そのままコウセイを抱き上げる。
「重くなった」
「えへへ」
コウセイは嬉しそうに笑う。
三年前は片手に収まるほど小さかったのに、今ではちゃんと走り回るようになっていた。
それでもメイプルは、まだ簡単に抱き上げてしまう。
アルが朝食を運んでくる。
「おはよう、コウセイ」
「おはよ!」
「メイプル、ちゃんと寝た?」
「寝た」
「三時間」
「寝た」
アルが少し困ったように笑う。
メイプルは最近ずっと夜更かししていた。
工房。
設計図。
誰にも見せていない二機の機体。
少しずつ進んでいる。
でもまだ秘密だった。
昼。
街は今日も穏やかだった。
市場では獣型機械が荷物を運び、広場では子供たちが走り回っている。
人間の子供。
アンドロイドの子供。
もう、この街ではそれが普通だった。
移民船で流れ着いた人間。
戦争を嫌って逃げてきた者。
住む場所を失った者。
少しずつ人が増え、この星は街になった。
その通りをアルが歩く。
「北区画の水路、少し流量落ちてるね」
「後で調整します」
「東側の発電塔も軸がずれてる」
周囲の管理アンドロイドが頷く。
アルは毎日街を見て回る。
どこか壊れていないか。
困っている者はいないか。
この星は、託された場所だったから。
昔。
戦争が終わったあと。
コウイチが命を懸けて逃がしてくれた。
カエデとアル。
そして、まだ存在していなかった未来。
最初は本当に何もなかった。
カエデとアルが暮らす、小さな家だけ。
そこから少しずつ広げていった。
畑を作り、
水を引き、
設備を直し、
移民を受け入れ、
街にした。
そして今は、メイプルもいる。
この街を作ったのは、アルとメイプルだった。
その頃。
メイプルは完全にコウセイに捕まっていた。
「メイプル!見て!」
「見てる」
「これ高い!」
「落ちるから降りて」
広場の柵によじ登るコウセイを、メイプルが後ろから支える。
周囲の子供たちが笑っていた。
「コウセイまた抱っこされてる」
「いいなー」
「メイプル、過保護ー」
「違うし」
即答。
でも事実だった。
コウセイが少し見えなくなるだけで探してしまう。
転びそうになると反射的に手が出る。
気づけばずっと隣にいる。
コウセイが両手を伸ばす。
「抱っこ」
「ん」
メイプルは当然みたいに抱き上げる。
人間の子供たちが羨ましそうに見ていた。
アンドロイドの子供たちは「まただ」と笑っている。
コウセイは満足そうにメイプルへ寄りかかった。
その温かさが、メイプルは好きだった。
夜。
家の中に料理の匂いが広がる。
テーブルには湯気の立つスープ。
焼いた野菜。
パン。
果物。
コウセイは椅子の上で足を揺らしていた。
「いただきます」
「いただきます」
食事が始まる。
この時間を、メイプルはかなり気に入っていた。
みんな揃っている。
それだけで安心する。
コウセイがスープを飲みながら聞く。
「ねえ、なんでこの星ってこんな平和なの?」
アルが少し考える。
「遠いからかな」
「遠い?」
「戦争してる場所から」
コウセイは窓の外を見る。
夜空。
遠い星々。
「じゃあ、他の星は危ないの?」
「危ない場所もある」
「なんで戦うの?」
静かになる。
メイプルがパンをちぎりながら呟く。
「欲しいからじゃない」
「なにを?」
「色々」
曖昧な返事。
メイプル自身も完全には理解していなかった。
コウセイは少し考え込む。
それから今度はアルを見る。
「ねえ、なんでアルとメイプルは歳とらないの?」
メイプルの動きが止まる。
アルは普通に答えた。
「僕たちはアンドロイドだから」
「ぼくは?」
「人間」
「違うの?」
「かなり違う」
コウセイは不思議そうな顔をする。
「でも、一緒だよ?」
メイプルとアルが少し黙る。
アルは小さく笑った。
「……うん。一緒だね」
コウセイは満足そうに頷く。
今度は壁に飾られた写真を見る。
古い写真。
まだ小さな家しかなかった頃。
カエデとアルが並んで写っている。
「この人、カエデ?」
「うん」
メイプルが答える。
「ママ?」
少しだけ空気が静かになる。
アルが頷いた。
「そうだよ」
コウセイは写真を見る。
「優しそう」
メイプルが少し笑う。
「優しかったみたいだよ」
「私も会ってみたかったなぁ」
その言葉に、アルの視線が少し柔らかくなる。
コウセイはさらに質問を続ける。
「この星って、最初からあったの?」
アルは窓の外を見る。
夜の街。
暖かな灯り。
笑い声。
昔は本当に何もなかった。
「最初は、小さな家だけだった」
「畑も街も、あとから作った」
メイプルが笑う。
「すっごい狭かったよ」
「雨漏りしてたし」
「それはメイプルが屋根壊したから」
「わざとじゃないし」
コウセイが笑う。
そのあと、また聞く。
「なんでここに来たの?」
静かな沈黙。
アルの内部で、
古いログが開く。
『……2人で逃げろ』
『他の星に』
コウイチの声。
遠い記録。
アルは静かに言う。
「託されたんだ」
「え?」
「大事な人に」
メイプルも黙って聞いている。
アルは続ける。
「この星で、生きてほしいって」
「平和な場所を作ってほしいって」
コウセイはまだ全部は理解していない。
でも、大切な話だとは分かった。
「その人、優しいね」
アルは少しだけ笑う。
「うん」
「強い人だった」
コウセイが首を傾げる。
「ぼくの名前も、その人と関係ある?」
メイプルが少し驚く。
鋭い。
アルは静かに頷いた。
「少しだけね」
コウセイは嬉しそうに笑う。
「じゃあ大事な名前なんだ」
「うん」
メイプルも笑う。
「かなりね」
それからコウセイは、また新しい質問を投げる。
「地球ってどんな場所だったの?」
アルは少し考える。
長い記録。
戦争。
崩れた街。
警報。
泣き声。
本来なら、
そういう記録ばかり残っている。
でも。
最初に開いたログは別だった。
『おやすみ、アル』
『食べるの』
『今日はね、新しい始まりの日』
静かな声。
暖かな灯り。
小さなケーキ。
アルはゆっくり答える。
「……優しい場所だったよ」
メイプルがアルを見る。
アルは続ける。
「戦争は多かった」
「悲しいことも、たくさんあった」
「でも」
少しだけ間。
「カエデがいた」
その言葉だけで、
空気が静かになる。
アルの視線が少し柔らかくなる。
「毎日、一生懸命だった」
「僕に、色んなことを教えてくれた」
『触れると安心するから』
古いログが再生される。
アルは窓の外を見る。
街の灯り。
穏やかな夜。
メイプル。
コウセイ。
「だから、平和を知ったんだ」
コウセイは静かに聞いている。
まだ全部は理解できない。
でも、大切な人の話だと分かった。
メイプルはふと、
壁の写真を見る。
笑っているカエデ。
「……ママっぽい」
アルが少し笑う。
「かなりね」
コウセイが首を傾げる。
「メイプルも?」
その瞬間、
メイプルの動きが止まる。
「え」
「だって、いっぱい抱っこするし」
「それは……」
言葉に詰まる。
アルは小さく笑った。
「似てるよ」
メイプルは視線を逸らす。
少しだけ、
耳が赤くなっていた。
次話は明日昼12時更新します。
第二部は全14話です。




