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最適解の外側で、きみと  作者: 泣きピエロToY
第二部 恒星
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19/46

第三話「質問」


朝。

窓から柔らかな光が差し込む。

小さな足音。


「メイプルー」


眠そうな声と一緒に、毛布を引きずったコウセイが部屋へ入ってくる。

メイプルは机に突っ伏したまま顔だけ上げた。


「おはよ……」


「起きて」


「あと五分」


「昨日も言ってた」


コウセイが服を引っ張る。

メイプルは観念して起き上がった。

そのままコウセイを抱き上げる。


「重くなった」


「えへへ」


コウセイは嬉しそうに笑う。

三年前は片手に収まるほど小さかったのに、今ではちゃんと走り回るようになっていた。


それでもメイプルは、まだ簡単に抱き上げてしまう。


アルが朝食を運んでくる。


「おはよう、コウセイ」


「おはよ!」


「メイプル、ちゃんと寝た?」


「寝た」


「三時間」


「寝た」


アルが少し困ったように笑う。

メイプルは最近ずっと夜更かししていた。


工房。

設計図。

誰にも見せていない二機の機体。

少しずつ進んでいる。


でもまだ秘密だった。


昼。

街は今日も穏やかだった。

市場では獣型機械が荷物を運び、広場では子供たちが走り回っている。


人間の子供。

アンドロイドの子供。


もう、この街ではそれが普通だった。

移民船で流れ着いた人間。

戦争を嫌って逃げてきた者。

住む場所を失った者。

少しずつ人が増え、この星は街になった。


その通りをアルが歩く。


「北区画の水路、少し流量落ちてるね」


「後で調整します」


「東側の発電塔も軸がずれてる」


周囲の管理アンドロイドが頷く。

アルは毎日街を見て回る。

どこか壊れていないか。

困っている者はいないか。


この星は、託された場所だったから。


昔。

戦争が終わったあと。

コウイチが命を懸けて逃がしてくれた。

カエデとアル。

そして、まだ存在していなかった未来。


最初は本当に何もなかった。

カエデとアルが暮らす、小さな家だけ。

そこから少しずつ広げていった。


畑を作り、

水を引き、

設備を直し、

移民を受け入れ、

街にした。


そして今は、メイプルもいる。

この街を作ったのは、アルとメイプルだった。


その頃。

メイプルは完全にコウセイに捕まっていた。


「メイプル!見て!」


「見てる」


「これ高い!」


「落ちるから降りて」


広場の柵によじ登るコウセイを、メイプルが後ろから支える。

周囲の子供たちが笑っていた。


「コウセイまた抱っこされてる」


「いいなー」


「メイプル、過保護ー」


「違うし」


即答。

でも事実だった。

コウセイが少し見えなくなるだけで探してしまう。

転びそうになると反射的に手が出る。

気づけばずっと隣にいる。

コウセイが両手を伸ばす。


「抱っこ」


「ん」


メイプルは当然みたいに抱き上げる。

人間の子供たちが羨ましそうに見ていた。

アンドロイドの子供たちは「まただ」と笑っている。


コウセイは満足そうにメイプルへ寄りかかった。

その温かさが、メイプルは好きだった。


夜。

家の中に料理の匂いが広がる。

テーブルには湯気の立つスープ。


焼いた野菜。

パン。

果物。


コウセイは椅子の上で足を揺らしていた。


「いただきます」


「いただきます」


食事が始まる。

この時間を、メイプルはかなり気に入っていた。

みんな揃っている。

それだけで安心する。


コウセイがスープを飲みながら聞く。


「ねえ、なんでこの星ってこんな平和なの?」


アルが少し考える。


「遠いからかな」


「遠い?」


「戦争してる場所から」


コウセイは窓の外を見る。

夜空。

遠い星々。


「じゃあ、他の星は危ないの?」


「危ない場所もある」


「なんで戦うの?」


静かになる。

メイプルがパンをちぎりながら呟く。


「欲しいからじゃない」


「なにを?」


「色々」


曖昧な返事。

メイプル自身も完全には理解していなかった。

コウセイは少し考え込む。

それから今度はアルを見る。


「ねえ、なんでアルとメイプルは歳とらないの?」


メイプルの動きが止まる。

アルは普通に答えた。


「僕たちはアンドロイドだから」


「ぼくは?」


「人間」


「違うの?」


「かなり違う」


コウセイは不思議そうな顔をする。


「でも、一緒だよ?」


メイプルとアルが少し黙る。

アルは小さく笑った。


「……うん。一緒だね」


コウセイは満足そうに頷く。

今度は壁に飾られた写真を見る。


古い写真。


まだ小さな家しかなかった頃。

カエデとアルが並んで写っている。


「この人、カエデ?」


「うん」


メイプルが答える。


「ママ?」


少しだけ空気が静かになる。

アルが頷いた。


「そうだよ」


コウセイは写真を見る。


「優しそう」


メイプルが少し笑う。


「優しかったみたいだよ」


「私も会ってみたかったなぁ」


その言葉に、アルの視線が少し柔らかくなる。

コウセイはさらに質問を続ける。


「この星って、最初からあったの?」


アルは窓の外を見る。

夜の街。

暖かな灯り。

笑い声。

昔は本当に何もなかった。


「最初は、小さな家だけだった」


「畑も街も、あとから作った」


メイプルが笑う。


「すっごい狭かったよ」


「雨漏りしてたし」


「それはメイプルが屋根壊したから」


「わざとじゃないし」


コウセイが笑う。

そのあと、また聞く。


「なんでここに来たの?」


静かな沈黙。


アルの内部で、

古いログが開く。


『……2人で逃げろ』

『他の星に』


コウイチの声。

遠い記録。

アルは静かに言う。


「託されたんだ」


「え?」


「大事な人に」


メイプルも黙って聞いている。

アルは続ける。


「この星で、生きてほしいって」


「平和な場所を作ってほしいって」


コウセイはまだ全部は理解していない。

でも、大切な話だとは分かった。


「その人、優しいね」


アルは少しだけ笑う。


「うん」


「強い人だった」


コウセイが首を傾げる。


「ぼくの名前も、その人と関係ある?」


メイプルが少し驚く。

鋭い。

アルは静かに頷いた。


「少しだけね」


コウセイは嬉しそうに笑う。


「じゃあ大事な名前なんだ」


「うん」


メイプルも笑う。


「かなりね」


それからコウセイは、また新しい質問を投げる。


「地球ってどんな場所だったの?」


アルは少し考える。

長い記録。


戦争。

崩れた街。

警報。

泣き声。


本来なら、

そういう記録ばかり残っている。


でも。


最初に開いたログは別だった。


『おやすみ、アル』


『食べるの』


『今日はね、新しい始まりの日』


静かな声。

暖かな灯り。

小さなケーキ。

アルはゆっくり答える。


「……優しい場所だったよ」


メイプルがアルを見る。

アルは続ける。


「戦争は多かった」


「悲しいことも、たくさんあった」


「でも」


少しだけ間。


「カエデがいた」


その言葉だけで、

空気が静かになる。

アルの視線が少し柔らかくなる。


「毎日、一生懸命だった」


「僕に、色んなことを教えてくれた」


『触れると安心するから』


古いログが再生される。

アルは窓の外を見る。

街の灯り。

穏やかな夜。


メイプル。

コウセイ。


「だから、平和を知ったんだ」


コウセイは静かに聞いている。

まだ全部は理解できない。

でも、大切な人の話だと分かった。


メイプルはふと、

壁の写真を見る。

笑っているカエデ。


「……ママっぽい」


アルが少し笑う。


「かなりね」


コウセイが首を傾げる。


「メイプルも?」


その瞬間、

メイプルの動きが止まる。


「え」


「だって、いっぱい抱っこするし」


「それは……」


言葉に詰まる。

アルは小さく笑った。


「似てるよ」


メイプルは視線を逸らす。

少しだけ、

耳が赤くなっていた。

次話は明日昼12時更新します。

第二部は全14話です。


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