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最適解の外側で、きみと  作者: 泣きピエロToY
第二部 恒星
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18/46

第二話「コウセイ」


回収船は静かに星へ降下する。

窓の外に広がる青。


雲。

海。

街の灯り。


メイプルは後部座席に座ったまま、ずっと赤ん坊を見ていた。


小さい。

本当に小さい。


少し前まで泣いていたのに、今は静かに眠っている。

呼吸に合わせて胸が上下していた。


「壊れそう」


思わず呟く。

アルは操縦桿を握ったまま答えた。


「人間は元々かなり脆いよ」


「これで生き物なんだ」


「うん」


メイプルはもう一度赤ん坊を見る。

不思議だった。

弱いのに、目が離せない。


工房へ戻ると、アルはすぐに端末を開いた。

古いログ。

カエデとの生活記録。

育児。

食事。

睡眠周期。

体温管理。

膨大なデータが展開される。


メイプルはソファに座り、赤ん坊を膝の上に乗せた。


どう扱えばいいのか分からない。


強く持てない。

でも弱すぎても落としそう。


怖い。


「アル、これ大丈夫?」


「大丈夫。首だけ支えて」


「首……」


メイプルはぎこちなく手を添える。

赤ん坊は小さく動いた。


その瞬間。


ふに、と指を握られる。

メイプルが止まる。

温かい。

柔らかい。

知らない感覚だった。


胸の奥が少し苦しくなる。

でも嫌じゃない。

むしろ。

離したくない。


アルは端末を見ながら言う。


「ミルクが必要みたい」


「ミルク?」


「栄養液の代用品を作れそう」


アルは立ち上がる。


「材料探してくる」


「う、うん」


工房を出ていくと、一気に静かになった。

メイプルは赤ん坊を見る。

すると赤ん坊が顔をしかめた。


数秒後。

泣き出す。


「え、あ、ちょっと」


メイプルが慌てる。

どうしたらいいのか分からない。

揺らす。

駄目。

声をかける。

もっと泣く。


「アルー!」


返事はない。

赤ん坊は泣き続ける。

メイプルは困って、そっと抱き寄せた。

胸へ近づける。


その瞬間。


赤ん坊の泣き声が少し弱くなる。

小さな手が服を掴む。

静かに呼吸する音。

メイプルは動けなかった。


安心している。

そう分かった。

理由は分からない。


でも、自分に触れて安心している。

その事実が、胸を熱くする。


愛おしい。


たぶん、そういう感情。

けれど言葉にはできなかった。


メイプルは赤ん坊を見ながら、小さく呟く。


「……触れると安心するんだ」


工房の入口で、アルが止まった。

手には材料箱。

驚いた顔をしている。


「アル?」


アルは少し黙ったあと、小さく笑った。


「ううん。なんでもない」


でも内部ログは激しく揺れていた。


『こうやって触れると安心する』


昔、カエデが言った言葉。

まったく同じだった。


アルは嬉しくなる。

理由は整理できない。

ただ、嬉しかった。


メイプルは赤ん坊を抱いたまま聞く。


「アルもそうなの?」


「え?」


「触れると安心する?」


アルは数秒黙る。

そして静かに頷いた。


「……するよ」


「ふーん」


メイプルは少しだけ笑った。

その顔があまりにも穏やかで、アルは視線を逸らした。


それから数日。

工房の一室は完全に赤ん坊中心になった。


小さなベッド。

温度管理装置。

哺乳用ボトル。


メイプルは毎日振り回されていた。


泣く。

眠る。

また泣く。


「なんで!?」


「理由は色々あるみたい」


「多すぎる!」


それでも。

嫌ではなかった。

抱くと安心する。

小さな手を握ると、胸の奥が温かくなる。


メイプルは知らないうちに、赤ん坊の隣で眠るようになっていた。


一方、アルは発信機を修復していた。

脱出カプセルに残されていた識別コード。


救難信号。


そこへ新しい電波を乗せる。

生存確認。

位置情報。


「誰か来るかな」


メイプルが聞く。

アルは少し考えた。


「……来てほしいとは思う」


親がいるなら会わせてあげたい。

人間は、家族を大切にする生き物だから。


だから待った。


一日。

三日。

一週間。


しかし誰も来なかった。

信号を受信した形跡もない。

返答もない。

静かな宇宙だけが広がっている。


夜の工房で赤ん坊は眠っていた。

メイプルはその横顔を見る。


「来ないね」


「……うん」


アルも理解していた。


もう。

迎えは来ない。


長い沈黙の後、先に口を開いたのはメイプルだった。


「じゃあ、私たちが育てる?」


アルはメイプルを見る。

迷いはなかった。


「うん」


静かな返事。

それだけで決まった。

メイプルは赤ん坊を見る。


「名前、必要だよね」


「そうだね」


少し考える。

名前。

存在を示すもの。

この世界で生きていくための言葉。


メイプルはふと、昔のログを思い出す。


カエデ。

コウイチ。


そして。


「コウ」


小さく呟く。

アルが顔を上げた。


メイプルは考え込む。

コウ。

でも、それだけじゃ足りない気がした。


この小さな命は、もっと強く光っている。

弱いのに。

消えそうなのに。

それでも、そこにいる。


メイプルは静かに言った。


「……コウセイ」


アルが繰り返す。


「コウセイ」


メイプルは頷いた。


「うん」


「恒星のコウセイ」


「自分で光る星」


静かな部屋。

赤ん坊が小さく寝息を立てる。

アルは少し笑った。


「いい名前だ」


メイプルも笑う。


「でしょ?」


その時。

眠っていた赤ん坊が、小さく指を動かした。

まるで返事みたいに。

次話は明日昼12時更新します。

第二部は全14話です。

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