第一話「恒星」
柔らかな風が街を抜けていく。
高く積み上がった建物の隙間を、小型輸送機が静かに横切った。
蔦に覆われた鉄骨。
木材で継ぎ足された通路。
窓辺には植物。
屋根の上には太陽熱パネル。
何もなかった星に、少しずつ積み上げてきた街。
通りでは獣型機械が荷物を運び、犬がその横を駆け抜ける。
猫は窓辺で丸くなり、鳥型ドローンが空を横切る。
人間と動物とアンドロイドが暮らす国。
まだ大国とは言えない。
けれど確かに、ここには日常が存在していた。
その屋根の上で、メイプルは寝転がっていた。
白い髪が風に揺れる。
「……暇」
空を見ながら呟く。
昔は毎日忙しかった。
畑を作り、
水を引き、
壊れた設備を直し、
住む場所を増やす。
やることだらけだった。
でも最近は違う。
街は安定した。
人口も増えた。
工房も増設された。
平和な時間が増えた。
それは良いことのはずなのに、少しだけ落ち着かない。
屋根へ続く扉が開く。
メイプルは顔だけ向けた。
「終わった?」
アルが工具箱を持って出てくる。
黒髪。
落ち着いた表情。
人間と変わらない姿。
昔の無機質な外装はもうどこにも残っていない。
「うん。あとは自動処理」
アルはメイプルの隣へ座った。
「またここで寝てたの?」
「寝てない」
「五分前まで寝息聞こえてた」
「聞かなかったことにして」
アルが少し笑う。
メイプルはその横顔を見る。
変わらない。
何十年経っても。
それが嬉しかった。
「アル、今日時間ある?」
「あるよ」
即答。
メイプルは少しだけ笑う。
「じゃあさ、デブリ回収行こうよ」
「珍しいね」
「なんとなく」
本当は違う。
ただアルと遠くへ行きたかった。
街の外。
静かな宇宙。
二人きりになれる場所。
アルは立ち上がる。
「準備してくる」
「うん」
去っていく背中を見送りながら、メイプルは小さく息を吐いた。
胸の奥が少しだけ熱い。
理由は、まだ整理できていなかった。
回収船は静かに大気圏を抜ける。
青い星が遠ざかっていく。
窓の外には宇宙。
無数の光。
そして遠くには、戦争の残火が見えていた。
小さな閃光。
砲撃。
爆発。
この星の外では、今も争いが続いている。
終わっていない。
だからこそ、この星へ来る者は少ない。
だからこそ、平和だった。
「またやってる」
メイプルが窓の外を見る。
アルも視線を向ける。
遠い宙域。
小さな光が散っていた。
「最近は少し近いね」
「ここまで来ないといいけど」
「来たら追い返す」
メイプルが即答する。
アルは少し困ったように笑った。
「できれば戦いたくないな」
「私もアルに戦ってほしくない」
その言葉に、アルは少しだけ黙る。
メイプルは視線を逸らした。
変なことを言った気がした。
船内に静かな空気が流れる。
回収船がデブリ帯へ入る。
古い輸送コンテナ。
破損した設備。
放棄された機械。
戦争で流れ着いた物も多い。
回収できるものは貴重な資源になる。
「今日は当たりあるかな」
「期待しすぎると大抵ゴミ」
「夢ないなぁ」
「現実的って言って」
回収アームが伸びる。
大型コンテナを掴み、船内へ固定する。
メイプルは端末を覗き込んだ。
「これ使える?」
「外装は駄目。でも内部素材は再利用できそう」
「じゃあ当たりだ」
メイプルは嬉しそうに笑う。
その時。
警告音が短く鳴る。
二人の視線が同時に端末へ向いた。
「SOS信号?」
微弱。
断続的。
今にも消えそうな反応。
アルが周辺スキャンを展開する。
暗い宙域のデブリの影。
その奥に、小さな反応。
「いた」
映像が拡大される。
傷だらけの脱出カプセル。
外装は焼け焦げ、推進部も半壊している。
かなり古い型式だった。
メイプルが眉を寄せる。
「こんなの、よく残ってたね」
「漂流期間が長い」
アルの声が少し低くなる。
「生命反応は?」
数秒。
解析。
そして。
「……ある」
メイプルが息を止めた。
回収船がゆっくり接近する。
静かな宇宙を壊れたカプセルだけが、ぽつんと漂っていた。
まるで誰かを待ち続けていたみたいに。
ドッキング。
固定完了。
船内へ搬入される。
メイプルは立ち上がった。
「開ける?」
アルは頷く。
「念のため後ろにいて」
ロック解除。
古い装甲が軋む。
白い蒸気。
停止寸前の生命維持装置。
そして。
小さな音。
メイプルの動きが止まる。
聞いたことのない声だった。
弱く。
小さく。
それでも確かに生きている音。
アルが中を覗く。
そのまま数秒動かない。
「……アル?」
返事がない。
メイプルも覗き込む。
そこにいた。
毛布に包まれた、小さな赤ん坊。
閉じた目。
小さな手。
弱々しい泣き声。
メイプルは言葉を失う。
記録では知っている。
映像でも見た。
でも、本物は違った。
小さすぎる。
壊れそうで。
温かい。
アルが慎重に抱き上げる。
赤ん坊は泣いていた。
その声が静かな船内に響く。
メイプルは呟く。
「……人間」
アルは静かに頷く。
弱い小さな命。
でも確かに、そこに存在していた。
メイプルがそっと聞く。
「どうするの?」
少しの沈黙。
アルは赤ん坊を抱き抱えたまま答える。
「連れて帰ろう」
その瞬間。
赤ん坊の小さな手が、アルの指を掴んだ。
弱い力だった。
次話は明日昼12時更新します。
第二部は全14話です。




